吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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満月を背負うようにして人狼のシルエットが3人に襲いかかる。

「――――時間切れだあ、人間!!」

そして鋼鉄を紙のように引き裂く鋭い爪が相一目掛けて振り下ろされる。

その直前に。

「――――時間切れだぜ、狼男」

ッドォォォオオオオン!!

体を芯から揺さぶるような爆音と色鮮やかな爆発が辺り一面を塗りつぶした。

狼男自身も何が起きたか、すぐには理解が追いつかなかった。

ただ一つ分かる事はほんの一瞬前まで体中に漲っていた無尽蔵に近いエネルギーがふっと消え失せた事だけだ。

「な、に…………が?」

そして短い滞空時間の中で視線を前に向けると、もう一つ分かる事があった。

人間と雪女。

その二人を庇うように一歩前に出た吸血鬼がにっこりと…………それはもう楽しそうな笑みを浮かべながらパキポキと拳を鳴らしている所だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

どさりと一般男性の2倍以上の体格を誇る獣人状態の銀月が地面に倒れこんだ音も、連続する爆発音にかき消され誰の耳にも届かない。

「ふぅ、スッキリしました」

満足気な表情を浮かべる美人秘書は両の手に付着した自分のモノでは無い赤い液体をハンカチで拭い取る。

その光景を後ろから覗いていた人間と雪女は吸血鬼の恐ろしさを改めて噛み締めながら、倒れ伏す人狼(いつの間にか変化が解け見た目普通の人間)の冥福を祈る。

「それにしても今回は随分ギリギリだったな」

「ええ、人狼という種族の潜在能力は計り知れないものがありますね」

連続で炸裂する色とりどりの打ち上げ花火に照らされた銀月の顔は、モザイク無しでは地上波に乗せられない程冗談のようにボッコボコにされていた。

「うーん、このスプラッタな現場を見せられたこっちとしてはイマイチ同意しかねるわね」

目の前に広がる惨状に氷柱が顔をしかめる。

「所長の言うとおりです。今日は都合よく夏祭りの花火があったおかげで何とかなりましたが、次また彼ら人狼に狙われるとしたら何か対策を考えないといけませんね」

「まぁ難しい話は今度にしよう。事務所に帰ってゆっくり休もう」

「そうですね、千里さん達にも心配かけさせてしまいましたし早く事務所に…………」

天柳探偵事務所の面々がその場を後にしようした時、彼らの足元からごぶっと、排水口が逆流したような音が聞こえた。

「ガはっ――――ま、待ってくれ!!」
口から赤黒い液体の塊をまき散らしながら銀月大牙が吠える。

「もう動けるようになったんですか驚きです。…………それで、何ですか? これ以上続けるのであれば今度は立ち上がれなくなるまで殴ります」

「――――――――ほ」

「ほ?」

「惚れたあああああああああああ!!」

息も絶え絶えで仰向けに倒れる人狼の口から飛び出た言葉にその場の三人は口をぽかんと開けたまま目を白黒させる。

フリーズ状態から真っ先に復活したのは璃亜だった。

「どうやら少し頭を殴りすぎたみたいですね。脳に深刻なダメージを負わせてしまったようです」

「いやいやいや、俺は正気だぜ!」

そう言って銀月はフラつきながらも立ち上がり、璃亜を正面から真っ直ぐに見据える。その目は冗談や酔狂で言っているとは思えない真剣なものであった。

「俺は出来るかぎりの全力を出し切った。出しきった上でアンタに叩きのめされたんだ」

「ええと、それがどうしてそんな話に…………?」

「初めての経験だった…………立ち上がれなくなるまでボコボコにされたのなんてな。そんな中…………一発ごとに意識が飛びそうになる衝撃の中で目についたのが、アンタの笑顔だった」

「失礼な。私が人を殴り倒す事に快感を覚えるサディストだとでも…………?」

心外だと言うように璃亜が鼻を鳴らすがその後ろでは…………。

(いやぁ、実際日が落ちた後の璃亜はSっ気があるというか。特に血を吸った直後なんかは…………なぁ?)

(ちょっとこっちに振らないでよ。――――まあ、確かに自覚の有る無しは置いといても夜の璃亜の言動って完全にサディストのそれ――――)

「二人共、何か言いましたか? …………何か?」


「な、なにも言ってない! 言ってないわよ!? ――――ね、ねぇ相一?」
「お、おぅそうだぞー、何も言ってないぞー。強いて言うなら夜の璃亜は頼りになるなーって話をしてたんだよなー」
うんうんと頷きながら冷や汗を流す人間と吸血鬼。
普段は言い争いの絶えない二人だがピンチの時は息がぴったり合うのだった。

そんなやり取りに気づいていないのか、あるいは気づいた上で無視しているのか銀月は引き続きその思いを璃亜にぶつけていく。

「アンタに殴られる度に胸が高鳴るのを感じた! 生まれて初めての感覚に俺の全身の細胞がもっと寄越せと吠え立てた! だから、俺の気持ちを受け取って――――」

「――――たまるかぁぁああああああああ!!」

ベッギィ!! と吸血鬼の白くしなやかな脚がまともに回避行動もとれない銀月の頭部を容赦無く撃ちぬいた。

「ごッがぁ――――!?」

脳天を貫く衝撃に銀月が膝から崩れ落ちる。

「なッ、なん、何ですかあなたは!? 殴られすぎて頭のネジが飛んだんですか!? それとも唯の被虐趣味の変態ですか!?」

変態を蹴り飛ばした自慢の美脚を地に降ろし、彼女にしては珍しく取り乱した様子を見せる。

(うーん、璃亜があんなふうに取り乱すなんてなかなか無いよな)

(そりゃまあ。自分がボッコボコにした相手に告白されたと思ったらそいつがとんだ変態ドM野郎だったなんて言われれば、あたしだってどんな顔すればいいかわからないわよ)

だが銀月はそんな璃亜の様子を気にかける事は無く。

「ク、ハハ…………やっぱりだ。この衝撃、この痛みが俺の心に潤いを与えてくれる!」

満身創痍の体を引きずりながら璃亜の足元に這いよる銀月。

「ああもう! いい加減しつこいですね――――ってぎゃぁあ這いずって来るな擦り寄ってくるな脚にしがみつくなぁああああ!?」

白髪の美人が足元にまとわりつくガタイのいい男の顔面を何度も踵で踏みつける、という傍から見たら馬鹿馬鹿しい事この上ない光景を眺める相一と氷柱。

「なぁ氷柱そろそろ止めておこうぜ。このまま放っておいたらあの狼男、つぶれたあんぱんみたいになっちまうぞ」

「しょうがないわね」

璃亜から足蹴にされながら恍惚の表情を浮かべる狼男に向けて両手を突き出す氷柱。

ビュゥン!! と、肌を刺すような冷たい冷気が狼男を包み込んだ。

まともに動けない銀月は声一つ上げる間も無く氷漬けになる。

「はぁはぁ、あ、ありがとうございます氷柱さん」

足元に転がる棺桶サイズの氷(in銀月)を離れた所へ蹴り飛ばし肩で息をする。

「結局、何がしたかったのよあの変態狼は」

「さぁ? 腕試しに吸血鬼に挑んでみたら返り討ちにあってドM趣味に目覚めてしまった…………って感じじゃないか?」

「うん聞いてても意味分かんないわ」

「大丈夫だ俺もわからん」

「とにかく一刻も早くここを離れて事務所に戻りましょう! いつまたあの変態が動き出すかわかりません!」

氷漬けの変態を残し3人はそそくさとその場を後にした。
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