吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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吸血鬼と狼男⑤

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瞬間、吸血鬼が視界に写す景色がブレた。神経が研ぎ澄まされ、時間の経過が酷く緩慢に齧られる。あまりの速度に璃亜の体が軋むが彼女の心配はそこには無い。

吸血鬼である彼女なら時速300キロあるだろうこのスピードのまま岩盤に叩きつけられても大きなダメージは受けることはあるまい。しかし、天柳相一は人間、ただの人間なのだ。

およそ40~50キロの質量を持った物質が、時速300キロで激突すれば生身の人間など水風船の様に破裂してしまうのは間違いないだろう。

当然彼自身も身を守る術はいくつか持っている、が今からでは到底間に合わない。

そこに――――。

「相一! 伏せてなさい!!」

全てを凍りつかせる少女の声と分厚い氷の壁が割り込んだ。

当然、時速300キロ近くあるだろうこの勢いを氷の壁一枚で殺しきるのは不可能だ。

一枚ならば、だ。

ガシャバギバゴガギィッ!! 

氷壁はドミノのように無数に並び立っていた。

一枚目が砕ける前に二枚目を、二枚目が砕ける前に三枚目を…………、という要領で徐々に、しかし確実に勢いは弱まっていった。

そして、最終的に――――

「よっ――――と、ぅグふッ!? …………痛てて」

殆ど勢いを殺しきった璃亜の体は誰かの手によって抱きとめられていた。

「あ、ありがとうございます。 って、所長!?」

彼女自身、我ながら珍しいと思う程素っ頓狂な声が出た。

「ん、おう俺だけど。大丈夫か? 凄い勢いで氷の壁ぶち抜いてたけど」

「いえ、あの、私は大丈夫です。それより所長の方こそお怪我は…………」

「あー、うん今のでは何とも無かったんだけど…………、さっきアイツにやられた方が結構…………っ!」

体が痛むのか所長が顔を引きつらせる。

「受け止めていただいのは、あの…………う、嬉しいのですが、あまり無茶な事は…………」

「こらー! 二人していつまでイチャついてるのよ! まだ目の前に敵がいるでしょーが!」

先ほど自分達を危機から救ってくれた声の主がツインテールを揺らしながら駆け寄ってくる。

「はっ! そうでした、所長の腕の中が居心地良すぎてつい…………」

「つい、じゃないわよ! あんたもあんたで相一絡みになると途端にポンコツぶりを発揮するわね!」

わーぎゃー騒ぎ出した三人に銀月がため息をつく。

「ハ、なんか白けちまったなあ。もう少し続けたかったんだが…………まあいいか」

そこで銀月の体格が更に一回り大きくなる。

「ここまで付き合ってもらった事には感謝するぜ。だが、まあ、アンタの力はそこで打ち止めのようだしこれ以上続けても得られるものは無さそうだ」

味の無くなったのガム、今の自分は銀月にとってその程度の存在でしかないということだろう。

己の力を試すため吸血鬼という存在に挑み、そしてその力は十分に通用する事を確認した。

故に目の前の吸血鬼には何の価値も無いと、そう判断したのだろう。

「いやぁ、それはどうかな」

その声に振り返ると氷柱さんに支えられながら所長が不敵な笑みを浮かべている。

「確かにこのまま続けても満月の下で無尽蔵の力を発揮できるお前には勝てないかもな」

銀月からすればそれを確かめるためにここまで来たのだから当然だといった様子で鼻を鳴らす。

「このままだったらな」

「…………あ?」

「正直、ウチの璃亜を正面からの力押しでここまで圧倒するとは思いもしなかった。――――さすがは吸血鬼に並ぶとされる人狼だ」

含みのある言い方に銀月が眼を細める。

「何が言いたい」

「それ程の大きな力をただ満月が出ている、それだけの条件で得られるとは思えないんだよ」

「所長、それはどういう…………?」

「満月がトリガーになっているのは間違いない。実際、工場をぶっ壊して月の光を浴びた直後にお前の力が跳ね上がったんだからな。そこまでは良いんだ、気になるのはその先」

「気になる所、ですか?」

「直接闘ってた璃亜は気づかなかったかもしれないけど、少し離れて見てるとはっきりしたよ」

相一の言う気になる所とは。銀月も含めその場の全員が黙って所長の言葉を待つ。

「狼男、お前は璃亜とぶつかり合う度に派手に周囲を破壊していたよな。…………自販機だの街灯だの強い明かりを発するものは特に、だ」

「どうりで…………。いくら街から離れた場所だからってやけに明かりが少ないと思ったわ」

ついさっき合流したばかりの氷柱さんが納得したように頷いている。

「…………で? ウェアウルフと吸血鬼が全力で暴れてたんだ、周りへの被害なんざいくらでも――――」

「話は最後まで聞けよ狼男。お前の力は満月の光を浴びる事で爆発的に上昇する、それこそ吸血鬼を上回る程のな。でもそこには制限が一つある。それは――――」

相一の言葉はそこで途切れた。
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