37 / 72
吸血鬼と狼男⑤
しおりを挟む
瞬間、吸血鬼が視界に写す景色がブレた。神経が研ぎ澄まされ、時間の経過が酷く緩慢に齧られる。あまりの速度に璃亜の体が軋むが彼女の心配はそこには無い。
吸血鬼である彼女なら時速300キロあるだろうこのスピードのまま岩盤に叩きつけられても大きなダメージは受けることはあるまい。しかし、天柳相一は人間、ただの人間なのだ。
およそ40~50キロの質量を持った物質が、時速300キロで激突すれば生身の人間など水風船の様に破裂してしまうのは間違いないだろう。
当然彼自身も身を守る術はいくつか持っている、が今からでは到底間に合わない。
そこに――――。
「相一! 伏せてなさい!!」
全てを凍りつかせる少女の声と分厚い氷の壁が割り込んだ。
当然、時速300キロ近くあるだろうこの勢いを氷の壁一枚で殺しきるのは不可能だ。
一枚ならば、だ。
ガシャバギバゴガギィッ!!
氷壁はドミノのように無数に並び立っていた。
一枚目が砕ける前に二枚目を、二枚目が砕ける前に三枚目を…………、という要領で徐々に、しかし確実に勢いは弱まっていった。
そして、最終的に――――
「よっ――――と、ぅグふッ!? …………痛てて」
殆ど勢いを殺しきった璃亜の体は誰かの手によって抱きとめられていた。
「あ、ありがとうございます。 って、所長!?」
彼女自身、我ながら珍しいと思う程素っ頓狂な声が出た。
「ん、おう俺だけど。大丈夫か? 凄い勢いで氷の壁ぶち抜いてたけど」
「いえ、あの、私は大丈夫です。それより所長の方こそお怪我は…………」
「あー、うん今のでは何とも無かったんだけど…………、さっきアイツにやられた方が結構…………っ!」
体が痛むのか所長が顔を引きつらせる。
「受け止めていただいのは、あの…………う、嬉しいのですが、あまり無茶な事は…………」
「こらー! 二人していつまでイチャついてるのよ! まだ目の前に敵がいるでしょーが!」
先ほど自分達を危機から救ってくれた声の主がツインテールを揺らしながら駆け寄ってくる。
「はっ! そうでした、所長の腕の中が居心地良すぎてつい…………」
「つい、じゃないわよ! あんたもあんたで相一絡みになると途端にポンコツぶりを発揮するわね!」
わーぎゃー騒ぎ出した三人に銀月がため息をつく。
「ハ、なんか白けちまったなあ。もう少し続けたかったんだが…………まあいいか」
そこで銀月の体格が更に一回り大きくなる。
「ここまで付き合ってもらった事には感謝するぜ。だが、まあ、アンタの力はそこで打ち止めのようだしこれ以上続けても得られるものは無さそうだ」
味の無くなったのガム、今の自分は銀月にとってその程度の存在でしかないということだろう。
己の力を試すため吸血鬼という存在に挑み、そしてその力は十分に通用する事を確認した。
故に目の前の吸血鬼には何の価値も無いと、そう判断したのだろう。
「いやぁ、それはどうかな」
その声に振り返ると氷柱さんに支えられながら所長が不敵な笑みを浮かべている。
「確かにこのまま続けても満月の下で無尽蔵の力を発揮できるお前には勝てないかもな」
銀月からすればそれを確かめるためにここまで来たのだから当然だといった様子で鼻を鳴らす。
「このままだったらな」
「…………あ?」
「正直、ウチの璃亜を正面からの力押しでここまで圧倒するとは思いもしなかった。――――さすがは吸血鬼に並ぶとされる人狼だ」
含みのある言い方に銀月が眼を細める。
「何が言いたい」
「それ程の大きな力をただ満月が出ている、それだけの条件で得られるとは思えないんだよ」
「所長、それはどういう…………?」
「満月がトリガーになっているのは間違いない。実際、工場をぶっ壊して月の光を浴びた直後にお前の力が跳ね上がったんだからな。そこまでは良いんだ、気になるのはその先」
「気になる所、ですか?」
「直接闘ってた璃亜は気づかなかったかもしれないけど、少し離れて見てるとはっきりしたよ」
相一の言う気になる所とは。銀月も含めその場の全員が黙って所長の言葉を待つ。
「狼男、お前は璃亜とぶつかり合う度に派手に周囲を破壊していたよな。…………自販機だの街灯だの強い明かりを発するものは特に、だ」
「どうりで…………。いくら街から離れた場所だからってやけに明かりが少ないと思ったわ」
ついさっき合流したばかりの氷柱さんが納得したように頷いている。
「…………で? ウェアウルフと吸血鬼が全力で暴れてたんだ、周りへの被害なんざいくらでも――――」
「話は最後まで聞けよ狼男。お前の力は満月の光を浴びる事で爆発的に上昇する、それこそ吸血鬼を上回る程のな。でもそこには制限が一つある。それは――――」
相一の言葉はそこで途切れた。
吸血鬼である彼女なら時速300キロあるだろうこのスピードのまま岩盤に叩きつけられても大きなダメージは受けることはあるまい。しかし、天柳相一は人間、ただの人間なのだ。
およそ40~50キロの質量を持った物質が、時速300キロで激突すれば生身の人間など水風船の様に破裂してしまうのは間違いないだろう。
当然彼自身も身を守る術はいくつか持っている、が今からでは到底間に合わない。
そこに――――。
「相一! 伏せてなさい!!」
全てを凍りつかせる少女の声と分厚い氷の壁が割り込んだ。
当然、時速300キロ近くあるだろうこの勢いを氷の壁一枚で殺しきるのは不可能だ。
一枚ならば、だ。
ガシャバギバゴガギィッ!!
氷壁はドミノのように無数に並び立っていた。
一枚目が砕ける前に二枚目を、二枚目が砕ける前に三枚目を…………、という要領で徐々に、しかし確実に勢いは弱まっていった。
そして、最終的に――――
「よっ――――と、ぅグふッ!? …………痛てて」
殆ど勢いを殺しきった璃亜の体は誰かの手によって抱きとめられていた。
「あ、ありがとうございます。 って、所長!?」
彼女自身、我ながら珍しいと思う程素っ頓狂な声が出た。
「ん、おう俺だけど。大丈夫か? 凄い勢いで氷の壁ぶち抜いてたけど」
「いえ、あの、私は大丈夫です。それより所長の方こそお怪我は…………」
「あー、うん今のでは何とも無かったんだけど…………、さっきアイツにやられた方が結構…………っ!」
体が痛むのか所長が顔を引きつらせる。
「受け止めていただいのは、あの…………う、嬉しいのですが、あまり無茶な事は…………」
「こらー! 二人していつまでイチャついてるのよ! まだ目の前に敵がいるでしょーが!」
先ほど自分達を危機から救ってくれた声の主がツインテールを揺らしながら駆け寄ってくる。
「はっ! そうでした、所長の腕の中が居心地良すぎてつい…………」
「つい、じゃないわよ! あんたもあんたで相一絡みになると途端にポンコツぶりを発揮するわね!」
わーぎゃー騒ぎ出した三人に銀月がため息をつく。
「ハ、なんか白けちまったなあ。もう少し続けたかったんだが…………まあいいか」
そこで銀月の体格が更に一回り大きくなる。
「ここまで付き合ってもらった事には感謝するぜ。だが、まあ、アンタの力はそこで打ち止めのようだしこれ以上続けても得られるものは無さそうだ」
味の無くなったのガム、今の自分は銀月にとってその程度の存在でしかないということだろう。
己の力を試すため吸血鬼という存在に挑み、そしてその力は十分に通用する事を確認した。
故に目の前の吸血鬼には何の価値も無いと、そう判断したのだろう。
「いやぁ、それはどうかな」
その声に振り返ると氷柱さんに支えられながら所長が不敵な笑みを浮かべている。
「確かにこのまま続けても満月の下で無尽蔵の力を発揮できるお前には勝てないかもな」
銀月からすればそれを確かめるためにここまで来たのだから当然だといった様子で鼻を鳴らす。
「このままだったらな」
「…………あ?」
「正直、ウチの璃亜を正面からの力押しでここまで圧倒するとは思いもしなかった。――――さすがは吸血鬼に並ぶとされる人狼だ」
含みのある言い方に銀月が眼を細める。
「何が言いたい」
「それ程の大きな力をただ満月が出ている、それだけの条件で得られるとは思えないんだよ」
「所長、それはどういう…………?」
「満月がトリガーになっているのは間違いない。実際、工場をぶっ壊して月の光を浴びた直後にお前の力が跳ね上がったんだからな。そこまでは良いんだ、気になるのはその先」
「気になる所、ですか?」
「直接闘ってた璃亜は気づかなかったかもしれないけど、少し離れて見てるとはっきりしたよ」
相一の言う気になる所とは。銀月も含めその場の全員が黙って所長の言葉を待つ。
「狼男、お前は璃亜とぶつかり合う度に派手に周囲を破壊していたよな。…………自販機だの街灯だの強い明かりを発するものは特に、だ」
「どうりで…………。いくら街から離れた場所だからってやけに明かりが少ないと思ったわ」
ついさっき合流したばかりの氷柱さんが納得したように頷いている。
「…………で? ウェアウルフと吸血鬼が全力で暴れてたんだ、周りへの被害なんざいくらでも――――」
「話は最後まで聞けよ狼男。お前の力は満月の光を浴びる事で爆発的に上昇する、それこそ吸血鬼を上回る程のな。でもそこには制限が一つある。それは――――」
相一の言葉はそこで途切れた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる