35 / 72
一つの決着
しおりを挟む「これでっ! 終わりよ犬っころぉぉおおおおお!!」
散弾銃のように撃ちだされた氷のつぶてが、白山氷柱の前に最後まで立ち塞がっていた群れのリーダーである傷ありの狼の体を打ち付けた。
最後の一匹が動かなくなったのを確認して氷柱はその場に座り込む。
「はあっはあっ、――――やっと終わった。こいつらちょっと元気なだけの狼かと思ったら…………巨大化するやら合体して首が3つの地獄の番犬みたいになるやら予想以上にてこずったわね」
大きな傷こそ無いものの雪のように白い肌には狼の牙や爪による切り傷かすり傷がいくつも浮かんでいる。趣味で着ている中学校の制服には所々にできた裂け目が目立っており、その事がさらに彼女の表情を曇らせる。
「まったく、この学校の制服は一着しか持ってないのに…………。ま、帰って璃亜に繕って貰えばいいか」
一息ついたところで懐からスマホを取り出す。
青と白のカラーリングに雪だるまをあしらったデコレーションで飾られた彼女らしいスマホだ。
「あーもしもしちびっ子、見てたと思うけどこっちは片付いたわ。向こうの様子は?」
「今璃亜さんが所長さんの血を吸って人狼さんと正面から殴りあっている所です。あと、氷柱ちゃんを中心に半径100メートル以内を視てみたけど周囲に敵はいないみたいだから安心してください」
千里の言葉に安堵し雪女がふっと息を吐く。
普段のおどおどとしたものとは違いその言葉ははっきりとしていて力強いものだった。彼女の普段の態度は人と直接接する事が苦手なためにああなってしまうだけで、電話や無線など相手の顔が見えない状態なら普通に会話をする事はできる。
「さんきゅーちびっ子、さすがにちょっと疲れたわ。ちょっと休んだら向こうに合流するから最適ルートの検索よろしく頼むわ」
「…………氷柱ちゃん、あまり無理はしないで下さい。さっきの狼さんの群れはともかく事務所で人狼さんにやられた傷は軽いものじゃないですよね?」
千里の声色から彼女本気で自分を心配してくれているのが伝わってくる。
「わーかってるわよ、別に吸血鬼と人狼の間に割って入ろうって考えてる訳じゃない。ただ、ウチの事務所で一番打たれ弱いくせに一番無茶する馬鹿がいるでしょ。その馬鹿が無茶しないように見張りに行くのよ」
天柳探偵事務所の所長であり唯一の『人間』である天柳相一。探偵らしく数々の難事件を解決し警察からも一目置かれる存在である彼にも欠点はある。その一つに親しい人間の身に危険が及ぶと途端に冷静さを失うというものがある。過去に自分の命を種銭にした生死を賭けたギャンブルに巻き込まれた事もあったが、終始冷静さを失うことはなく己のペースを保ち続ける事で勝利している。だがそれがもし仲間の命が賭かったものだったらそう簡単にはいかなかったかもしれない。
(普段は頼りになるくせに身内が危ない目に合うとすぐにオロオロする、…………まったく、困った所長だわ)
心の中で悪態をつくこの少女もまた、天柳相一に助けられた過去がある。
「さ、そろそろ出発しようかしらね。璃亜が動けるようになった今なら心配ないと思うけど、放っといたら妖怪の私でもドン引きしそうな無茶をやらかしそうだし」
別れの言葉を告げると通話を切り、スマホを懐に戻す。
そして調子を確かめるようにゆっくり立ち上がると、満月に照らされ夜道を一人駆け出した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる