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吸血鬼と狼男
しおりを挟むやっと涙が収まってきたな。だがこっちは…………、クソッ! 鼻の調子が…………コリャ当分元に戻らねぇぞ。
「クソッタレが、人間風情がよくもコケにしてくれたなぁ!!」
目の前には目当てだった吸血鬼、その背後にはあのクソ人間が座り込んでいる。
「とりあえず吸血鬼のねーちゃんは後回しだ! 先にそっちの人間をぶち殺して――――」
「私の前で、誰を殺すと?」
気がつけば鼻先三寸に長い白髪をなびかせた吸血鬼の姿があった。その細い腕の先には、既に拳が握られている。
こいつ、なんつー速さで――――!?
ほとんど反射だった。
獣の本能に従い、その場から飛び退く。直後、圧倒的な破壊力を秘めるであろう右ストレートが、俺の頭のあった空間に振るわれる。前言撤回だ。あのクソ人間に構っている場合じゃない。一瞬でも気を逸らせば、こっちがやられる。そう判断した俺は意識を切り替え、目の前の強敵に対して全神経を集中させる。
「予想以上だ吸血鬼。これなら久々に愉しい戦いになりそうだ」
今ので、相手の速度は大体掴めた。次であの速さに慣れ、その次で捕らえる。
そうら、来るぞ。
ふっと視界から吸血鬼が消え失せる。本来なら相手がいくら高速で動こうが瞬間移動しようが嗅覚で追える、が今はあのクソ人間のおかげで他の感覚に頼らざる得ない状況だ。じゃりっという音が左から聞こえる。眼球だけでそちらを見やると、的確に首筋を狙った上段蹴りが近づいていた。咄嗟に左腕をかざし、それを受け止める。その威力はコンクリート程度なら軽く粉砕出来るだろう。
「――――どうした? 鼻が使えなくてもそれぐらい見てから追えるぜ?」
「ではその眼球を失っても同じことが言えるか試してみましょうか?」
いッ痛ぇえええええええええ!!
なんつー重さだよ!? 吸血鬼の蹴りを受け止めた左腕にじんとした痺れが走る。流石吸血鬼と言うべきか、あの華奢な見た目のどこからあんな馬力が出てるんだっつの!!
ゆっくり痛みを感じる暇も無いほど、吸血鬼の猛攻が続く。
目で追うのもやっとな打撃の嵐を、紙一重で避け、防ぎ、受け流していく。
「ハハッ! いいなぁ、久しぶりだぜこの感覚!」
これでも大妖怪という枠組みに収まる人狼、ウェアウルフの一族だ。並みの相手なら目が合うだけで尻尾を巻いて逃げ出していく中で対等な戦闘、それも苦戦を強いられる獲物などそうそうお目にかかれない。
「さすが大妖怪と呼ばれる吸血鬼だな、正直ここまで防戦一方になるのは想定外だったけどな」
「それはそちらも同じでしょう、人狼という種族は伊達では無いようです」
その割には、随分と余裕がありそうじゃねーか。向こうが全力を出していない事ぐらいはここまでのやり取りで伝わってくる。
「そう謙遜すんなよねーちゃん。そっちが本気じゃないのは分かってるさ…………、けどよ…………」
鉄さえ切り裂けそうな手刀をはじき、次の攻撃が来る前にバックステップで大きく距離をとる。着地したのは廃工場を支える柱である鉄骨、その内の一本の近くだ。その鉄骨に軽く手を添え、握り、そして引きぬいた。
ズズン、と廃工場全体が大きく揺れる。
「俺だって本気のほの字すら出してねーって事分かってるかァ!?」
何百キロあるかも分からない鉄骨を持ったその手を大きく振りかぶり、離れた位置にいる吸血鬼目掛けて投げつける。
「――――――ッ!?」
ブォウン!
金属バットを全力で振り切った時の百倍ぐらいの音を上げながら標的の元へ突き進む。
吸血鬼は驚きで目を見開いてはいたが、その反射神経をフルに活用し鉄骨を躱す。空を切った鉄骨はその勢いのまま、吸血鬼の背後にある同じ鉄骨の柱に吸い込まれた。直撃した鉄骨はお互いがくの字に折れ曲がり、凄まじい轟音をあげる。
ただでさえ老朽化の進んでいるこの建物だ。全体を支える柱を二本も失えばどうなるかなど分かりきった事だった。
ベギベギベキベギベキ!! 豪快な破壊音と共にトタンの屋根が崩れ落ちてくる。視界の端で吸血鬼が慌ててクソ人間の元に駆け寄って行く。落下する屋根の破片が背中を叩くが、それで傷を負うことは無い。
人狼という種族が頑丈だからではない。
そもそも妖怪に普通の物理攻撃は通用せず、非力な種族であればその重量で身動きが取れなくなることもあるかもしれないが傷を負う事は絶対に無い。
「所長! 大丈夫ですか!?」
「げほッ。ああ、お前が庇ってくれたおかげで新しい怪我は増えてねぇよ」
チッ、吸血鬼のねーちゃんは当然として人間の方も無傷だったか。まあ、さっき俺の蹴りをくれてやったから正確には無傷ではないんだが。
「まったく…………。人狼という種族は誇り高い一族だと聞いていたのですが、随分と姑息な手を使うのですね。まとめて天井を落とすなど動けない所長を狙うような真似を――――」
「ま、ぶっちゃけ一族の誇りがどうとか言ってるのは最近じゃあ頭の硬い年寄りぐらいだぞ。だがまあ勘違いされたままってのも癪だしな、先に教えておいてやる」
「?」
「俺達人狼は数も力も吸血鬼に比べてやや劣る。それでも先人達は最近まであんたら吸血鬼共と対立し争いを続けてきた。いや、争い続ける事が出来ていたと言うべきか」
「…………何が言いたいんですか?」
「つまりだ、数でも単体での戦闘能力でも負けてる人狼が吸血鬼と互角に張り合えてきた何かがあるってわけだよなあ。――――例えば、特定の条件下では吸血鬼を大きく上回る力が発揮出来る、とかなあ」
「まさか!?」
吸血鬼が天井があった場所を仰ぎ見る。そこにトタンの屋根は無く代わりに飲み込まれそうな程深い漆黒の夜空が広がっている。
そして廃工場の壁で四角く切り取られた夜空の中心には、思わずため息が漏れそうな程の見事な真円を描く満月が浮かんでいた。
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