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到着、廃工場
しおりを挟む天柳相一と白山氷柱が狼の群れと遭遇した頃、兎楽璃亜はどこか廃れた雰囲気の工場らしい場所で目を覚ました。所々に穴の空いたトタン屋根に、使われなくなってから久しいであろう大型の機材、何に使うのかわからない錆びついた工具の山が見える。
(ここは…………、どこかの廃工場ですか。そして身動きは、取れないと)
急速に覚醒していく意識の中で、自分の置かれている状況を再確認していく。手足をロープで縛られ、芋虫の様な格好で冷たい床に投げ出された状態である。
(外の様子は窺えませんが、この程度の拘束も解けないという事はまだ日が沈んでいないという事ですか…………。全く不便なものですね、半分人間というのも)
本来であれば、吸血鬼にとってロープによる拘束など無いも同然だ。だが彼女、兎楽璃亜はその身の半分には人間の血が流れている。純粋な吸血鬼とは違い、その人間離れした力を振るう事が出来るのは日没から日の出までの間だけである。
それ以外の時間は、少しばかり頑丈というだけの唯の人間と変わらない。首だけを動かして辺りを見渡し、何か脱出に使えそうなものが無いか探していると、背後から足音が聞こえた。
「お、目が覚めたか」
声の主が、璃亜の顔色が窺える位置まで回りこんでくる。革ジャンの上からでも見て取れる筋肉質な体とツンツンに逆立てた黒い短髪が特徴的な人狼、銀月大牙である。
「さっきはどついて悪かったな。コレ、祭で適当に買って来たから腹減ってるなら食えよ」
そう言って四肢を縛られた彼女の前に、屋台で購入してきたであろう食べ物を並べていく。ご丁寧に手を使わなくても食べられるものばかりだ。
「気持ちだけで結構です。それよりもこの縄を解いてもらえるほうが嬉しいのですが」
縛られたままの手足をパタパタと振る。
「悪いがまだ無理だ、アンタのとこの吸血鬼が来るまではそのままでいてもらうぜ」
(…………私がその吸血鬼なんですけど、信じてもらないでしょうね)
勘違いとはいえ、吸血鬼をおびき出すための人質に目当ての吸血鬼を引き当てる辺り、勘が良いのか悪いのか。
(千里さんもいますし、私が無事だという事に加え、夜まで待てば自力で脱出できるようになるのも所長達は把握しているでしょう。…………それでも、きっと今頃ボロボロの体を引きずってこちらに向かってくれているんでしょうね)
普段は冷静で頼りになる自慢の所長ではあるものの、その仲間想いな性格が強すぎるため、事務所の誰かが危険な目に合うと途端に冷静さを失うという欠点も存在する。
(その辺りは氷柱さんがうまくフォローして、所長が無茶をしないように抑えてくれているとは思いますが…………)
普段事務所のソファを独占しているぐうたらで小生意気な雪女、白山氷柱を思い描く。日頃の振る舞いが振る舞いなので分かりづらいが、よく観察すれば彼女も何だかんだで事務所のメンバーの事を大切に思っているのが分かる。それを本人に言っても絶対に認めないだろうが。
(あの日、所長を…………相一様を一生守ると決めた時から、私は何度あの人を危険な目に合わせてきたのでしょう。今だってこうして、守るべき相手である相一様の助けをただ待つだけ。…………それで良く、守るなんて言葉が言えたものですね。本当に私は――――)
「おい、考え事してるところ悪いが来たぜ。――――迎え」
銀月の言葉にハッとして顔を上げる。
と、同時に―――――――――。
ズバァン!! と、重い鉄製の扉が豪快に開かれ、そこに立つ人影が一つ。その人物が口を開いて一言、こう言った。
「ウチの大事な秘書を返して貰いに来たぜ、狼男!」
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