吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

文字の大きさ
上 下
24 / 72

玄関先の死闘

しおりを挟む

「遅くなってすいませーん! 中原詩織ただいま戻りました―!」

「おう、お帰り詩織ちゃ……、ん? そっちの人は?」

「ええと、この人は――――」

言いかけた言葉を遮るように、一歩前へ出る銀月。

「銀月大牙だ。 用件は一つ、吸血鬼を出せ」

「なんだと……?」

吸血鬼、というキーワードに相一の顔つきが一変し、彼の後ろでは璃亜を始めとする事務所のメンバーが息を飲む。

「隠しても無駄だぜ。微かだが吸血鬼の匂いが残ってやがる。他の奴らに用はねぇよ、いらねぇ怪我をしたくねぇなら大人しく吸血鬼を差し出しな」

銀月の後ろでは、状況に頭が追いついて居ない詩織が慌てふためいている。

「え? あの……銀月さん、それってどういう……!?」

「悪いな嬢ちゃん。騙したみたいになっちまったが、ここまで案内してくれた事は感謝してるぜ」

「まーた詩織は、そうやって面倒事を持ち込んでくる。ま、いーけど。銀月とか言ったっけ? 一応、目的ぐらいは聞いてあげるわ、吸血鬼に会ってどうするつもりなのかしら」

吸血鬼という存在を知っており、なおかつそれが目的でやってきたような男がまともな人間なはずが無い。未だ夕日が街照らしているこの時間だ。今この事務所で荒事に対応できるのは特殊なスマホを操る相一を除けば、雪女である自分だけだと判断した氷柱は他のメンバーを庇うように最前線に歩み出た。

「氷柱さん!」

璃亜が雪女の名を呼ぶ。陽が落ちていない今、ただの人間である自分の無力さを悔やむように。

「俺は吸血鬼を出せって言ったんだが……。ま、いいだろう、教えてやるよ。吸血鬼を見つけてぶっ潰す、それが目的みたいなもんだ」

「それはまた、ハードな目的ね。大方、力試しか売名目当てのつもりなんだろうけど、やめておいたほうがいいんじゃない? 多分アンタが考えてるより、ずっと凶悪よ、吸血鬼って」

「……氷柱さん」

雪女の言葉に思わずため息を吐く吸血鬼だった。

「そうじゃなけりゃ、意味がない。ほんの少し歴史が違えば世界を支配していたのは吸血鬼だったかもしれない、なんて言われる程の種族だ。腕試しの相手にはもってこいだろうが」

「ソレなんだけどさ、居ない相手でどうやって腕試しするんだよ?」

ここまで黙っていた相一が軽い調子で言葉を発する。

「あ?」

「わざわざ出向いて来てもらってご苦労な事だが……。見ての通りこの事務所に吸血鬼なんていやしない、無駄足だったな」

「おいおい、……おいおいおい。あんまりナメた事言ってんじゃねぇぞ、人間が」

銀月がその鋭い眼光が相一を見据える。その言葉には若干の苛立ちが含まれているようだった。
「俺の鼻を見くびるなよ。微かだが、この部屋からは吸血鬼の匂いがする。そうだな……、そこの黒髪の女から僅かに吸血鬼の残り香がしやがる……。」

「――――ッ!」

銀月の言葉に璃亜が息を飲む。

「……おいおい、何言ってんだよ。うちの秘書は正真正銘ただの人げ」

「くどいぜ――ッ!!」

銀月が動く。

その獣の如き俊敏性を爆発させ一秒にも満たない時間で璃亜との距離を縮める。鉄をも切り裂く鋼の爪を備えた五指が、左右それぞれ標的目掛けて振るわれる。

………………が、凶爪が彼女の身体を引き裂く事は無かった。

「ああ? 何だこりゃ」

右は光鎖、左には氷鎖。獣の両腕が左右それぞれ異なる方法で縛られていた。獣を縛る二つの鎖はそれぞれ相一と氷柱の元へと繋がっている。動きを止めた銀月、その隙に後ずさり襲撃者との距離をとる璃亜。

「おいコラ。……人サマの秘書に手出そうってなぁどういう了見だこの野郎!?」

「ま、アタシも一応ここでお世話になってる身だし? 身内が傷付けらるのを黙って見過ごす程、薄情者のつもりは無いわよ?」

相一の手には彼のスマホが握られており、その画面からはコード3の術式である伸縮自在の光の鎖が伸びている。一方の氷柱は、腕から伸びる氷の柱で己と銀月の腕を繋いでいた。

「……怪我したくなけりゃ、邪魔をするなといったはずだが?」

銀月が首だけ動かし己を拘束する背後の二人を振り返る。

「それはこっちの台詞だ、このまま大人しく引き下がればいらねぇ怪我をする事も無いぞ」

「ハッ」

銀月が嘲る様に息を吐く。

「まさかとは思うが、この程度で俺の動きを封じたつもりかよ――――ッ!」

縛られた銀月が全身に力を込める。それに呼応してジーンズと革ジャンの上からでも分かる筋肉質な身体が僅かに膨張したかのように、いや、実際に膨張したのかもしれない。そして、全身を覆う様に獣の体毛が現れる。

パキィ!! と、雪女の氷鎖が先に悲鳴を上げた。その表面に亀裂が入り、それは徐々に大きくなっていく。

(こ、の――――!! なんて力なのよ! 冬ならまだしもこの季節に扱える妖力程度じゃ、こいつを繋ぎ止めておけない!?)

氷でできた鎖に妖力を込め、亀裂を覆う様に補強をしていく氷柱だが、それを上回るスピードで亀裂が長く、大きく伸びていく。

「雪女か……、真冬ならその力は吸血鬼を始めとする大妖怪にも匹敵する言われているらしいが……ッ!!」

トドメとばかりに大きく振るわれた獣人の左腕が、バギン!! という、小気味いい音と共に氷の戒めから解放される。

「雪女が、夏真っ盛りのこの時期に、俺と力比べをしようとするのが間違いだったな」

犬歯をむき出しにして笑う彼の頭にはいつの間にか狼の様な耳がピンと立っていた。その特徴的な獣の耳に、心当たりはひとつしか無い。

「お前…………、狼男か!!」

未だ右腕は光の鎖で縛られながらも彼の目には余裕の色が映る。

「もっとカッコ良く――――、ウェアウルフって呼んでくれよ、人間ッ!!」

狼男が力にものを言わせて右腕を振るった。当然、そこに繋がれた鎖を握る相一の身も引っ張られることになる。

ぐん! と、まるで釣り上げられた魚の様に、身体全体が宙に浮き慣性に引っ張られる形で狼男に引き寄せられる。

「この鎖! 強度自体はなかなかのモンだがそれを操るのが人間の力じゃこうなって当然だよなぁ!!」

獰猛な笑みを浮かべる狼男の顔が間近に迫る。急速にブレる視界の端で、獲物を狩るための鋼の五指が閃いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...