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平穏は静かに崩れ去る
しおりを挟む時刻は午後4時。街のどこかで中原詩織がガラの悪い少年達に絡まれている時、落ちかけた夕日は街を赤く照らしていた。
「ただいまー」
買い出しに出ていた三人が事務所に帰ってきた。相一の両手は先ほど買ってきた、かき氷のシロップや日用品で塞がっているため氷柱に扉を開けてもらう。
「いやぁー、この時間でもまだまだあっついわねー。早く冬にならないかしら」
「……ただいまです」
三人の帰宅に、台所から璃亜が顔を出す。
「買い出しご苦労様です。祭の前に軽く食べられる物をと思い、素麺を用意しておきましたがすぐ食べられますか?」
「おっ、さんきゅー璃亜。丁度腹も減ってきたところだったし、ありがたくいただくよ」
秘書の気遣いに感謝しながら早めの夕食をとる一同。夏バテ一歩手前の身体にひんやりとした素麺が気持ちいい。
「そういえば、詩織ちゃんはまだ戻ってきてないのか」
サイドテールが特徴の女子高生がこの場に居ないことに気がつく。
「さっき連絡がありましたよ。事務所に着くのが祭開始直前になるかもしれないと、謝っていました」
「そっか。じゃあこっちは先に準備だけでもしておこう」
相一が残った素麺を手早く飲み込むと席を立った。
「璃亜ー買ってきたやつだけど、どこに置いとけばいいんだ?」
言われた通り荷物を動かしながら、ここに居ない少女の事を考える。普段なら真っ先に集まってみんなを急かす彼女が約束の時間ギリギリになるとは珍しい。
「まあ、そのうち来るだろ」
思考を中断し作業に戻る。当の少女は現在、街の建物の屋上を飛ぶように駆ける男の小脇に抱えられているのだが、相一はそんな事を知る由もない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
通行人の数が少ない通りにある背の高いにビルに挟まれた探偵事務所。その事務所の前に二人の人影がたっていた。
「う、うぷっ……。こ、ここが天柳探偵事務所です」
青い顔で口元を押さえているのは中原詩織、自称探偵助手の女子高生だ。そんな詩織の顔を少しばつが悪そうに覗きこんでいるのは銀月大牙、天柳探偵事務所を探していた所中原詩織と出会い丁度目的地が同じだったため案内してもらう事となった。
「おう、ご苦労さん。つか大丈夫か? そんなに速く走ったつもりはなかったんだが……」
中原詩織にとっては速さよりも高さの方が問題だったのだが、そこに気付く様子は無い。
「そういえば。えーと、銀月さん……でしたったけ? 今更ですけど、事務所に何の用ですか? 依頼の話でしたら今日はちょっと無理だと思いますけど……」
「依頼、か。そう言えないことも無いな。まぁ、時間は取らせねぇから心配すんな」
詩織の質問に含みのある言い方で返す銀月。その表情は獲物を見つけた肉食獣のそれに近い。
「そうなんですか? とりあえず中に入りましょう」
銀月の表情の変化には気づいていない詩織が事務所の扉に手をかけた。
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