吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

文字の大きさ
上 下
9 / 72

妖怪と妖怪②

しおりを挟む
「はぁああああああああああああああああ!!」

「ッがぁぁあああああああああああああああ!!」

咆哮と共に二人の怪物が激突する。

鬼が拳を振り上げ目の前の少女を叩き潰さんと頭目掛けて振り下ろす。璃亜はそれに対し、避けるでも防ぐでも無く、拳に拳をぶつけて応戦する。

ゴッガァアアアアアアアアア!!!! と、二トントラックが正面衝突でもしたかのような衝撃が廊下に響く。
と、同時に鬼の腕が大きく弾かれる。力比べは璃亜の勝ち、……だが相手には炎がある吸血鬼の肌すら焼き焦がす灼熱の壁が。

「はは、さすがに腕力で吸血鬼には勝てないか! だが、君が僕の身体に触れるたび皮は焼け肉は焦げるぞ! そちらは肉弾戦しかなさそうだから、僕は防御に徹して君が燃え尽きるのを待てばいい!!」

確かに、鬼の言うとおり璃亜は奴に触れるだけでダメージを負う。状況は圧倒的に不利なように見える。だが、そんな些細な問題は今の璃亜にとってはハンデにすらならいないと言う事を……奴は知らない。

「防御に徹して私が燃え尽きるのを待つ、ですか。なるほどいい作戦じゃあないですか、是非試してみてください――出来るものなら」

璃亜は軽く腕を引くと、なんの躊躇いもなく鬼の岩の様な腹部へと思い切り突き込んだ。

「ごぶッ!? がばごほっ、な、なんッ!?」

今度は油断などしていなかった、防御を怠ったわけでも無かった。ただただ璃亜の一撃が鬼の想像を遥かに上回っていた、それだけの事だ。床に両膝をつき、目線の高さが同じになった鬼へ言葉を投げる。

「おや、私の攻撃を全て防御するのでは? 今からそんな調子ではどちらが先に力尽きるかは一目瞭然ですね」

その時、鬼の両腕が左右それぞれ璃亜の腕を捕えた。

「は、ははははぁ! 油断したな吸血鬼!! この手は絶対に離さないこのまま両腕を焼き切ってやる!!」

「…………」
腕を捕まれ、微動だにしない璃亜。肉の焼ける音が匂いがボロボロの廊下に充満する。

「なんで――なぜ焼き切れない!? まさか、僕の火力を上回る速度で再生を繰り返しているとでも!?」

先に動いたのは鬼の方だった。

不死身の吸血鬼を相手にするよりただの人間である俺を殺す方が楽だと判断したのだろう。璃亜に背を向け逃げ出すようにこちらに向かって走りだす。それが、この場で最もしてはいけない事だと知らずに。

「僕の仕事は元々君を殺すだけ! あんな化け物とやりあう必要無い君さえ殺せば――」

「私の……、私の目の前で誰を殺すつもりなんですか?」

「は?」
鬼の疑問は当然だ。なぜなら今しがた自分が背を向け逃げ出した相手が、突然目の前に現れたのだから。瞬間移動、ではない。璃亜がしたことはもっとシンプルで分かりやすい。自分に背を向け走りだした鬼を、後ろから追い抜き、その眼前に立ちふさがった、それだけである。

「あなたには聞きたいことがたくさんあるので命まで奪うつもりはありません。しかし……」

そこで一旦言葉を区切る。そうすることで次の一言がより残酷に突き刺さるよう。

「加減はできる気がしないので、あしからず」

璃亜はその長くしなやかな脚を高く振り上げる。鬼が慌てて引き返そうとするが、もう遅い。今度こそ、吸血鬼の本気の一撃が赤熱する巨体へと襲いかかる。鬼は、最初は避けようとした。が、すぐに不可能だと判断した。ならばと、少しでもでダメージを軽減しようと両腕を合わせ頭部を庇う。

ズッドォォォオオオオオオオオンン!!!!

学校全体を揺るがすような衝撃が走る。

言ってしまえばただの踵落とし。だが、それを吸血鬼の膂力と速度を持って行えば必殺と呼べる程の威力を生み出す。もはやほとんど爆心地の様になってしまった廊下の真ん中で立っているのは、璃亜だけだった。
うつ伏せに倒れる鬼の両腕は多関節のおもちゃの様に所々で折れ曲がっている。まあ、真っ二つじゃないだけマシな方だろう。本人はああ言っていたが、これで結構加減できた方だな。本気であって、全力ではない。俺自身、璃亜の全力というものを未だかつて見たことはないが、この惨状を見る限り彼女が全力を出す機会が巡って来ない事を祈るばかりだ。そんな事を考えている内に璃亜がこちらまで戻ってきていた。

「お待たせしました所長」

その表情は明るくない。何が言いたいのか大体予想はつく。

「…………申し訳ありません、今回もまた所長を危険な目に」

「だぁあー! 言うと思ったよ! 絶対に言うと思ったよ!!」

大声を上げて璃亜の言葉を遮る。

「今回は、というよりほぼ毎回だけど、大体俺が一人で突っ走って勝手にピンチなった所をお前に助けられてるんだ。感謝すれどもお前を責めたりするわけ無いだろ」

「で、でも私が傷つく度に所長の血を……」

「俺を助けるために負ってくれた傷だろう。俺なんかの血でよければいくらでもくれてやるさ」

「所長、あの……えっと、一つ聞いてもいいですか?」

璃亜らしくない歯切れの悪さだ。普段俺にナイフより鋭い言葉を投げつけてくる姿からは想像もできない。

「なんだよ、急に改まって……」

「所長は私の事を、どう思っていますか?」

ずい、と顔を近づけてくる璃亜。

その表情にどきりとする。何かに怯えるような、それでいて何かに期待しているような。今にも泣き出してしまいそうにも、明るく笑い出しそうにも見える顔。

そんな彼女の質問に、俺はなんと答えるのだろう。

いや、そんなこと考えるまでもない。

だって璃亜は俺にとってかけがえの無い――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...