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第一部
第三十話「Have you ever seen the Stars?」
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◇
あれから三日後。場所はいつもの五十嵐家ガレージ。俺と響と五十嵐はソファーに座り、こないだのライブの感想が書かれたノート(部室から無断でかっぱらってきた)を真剣に見つめていた。音無さんはあっちの方で、なんか猫と遊んでいる。
「……いやーしかし」
ノートを閉じて、俺はようやく口を開く。
「びっくりするほど普通に負けてたな……」
結果は三位だった。腕を組んでわざとらしく俺は頭を捻る。
「おかしいなー……完全に優勝してる雰囲気だったのにな……なんでだろう……?」
「まぁ、悔しいけど普通に完敗ですね。客の数かなり減ってたっての考慮しても、ダブルスコアだし」
「んー、でもハルシオンに負けるのはまだ分かるとして、この二位のスニーカーズとかいうのは何なんだよ!? 俺演奏見てねえんだけど! 何か納得いかねえ!」
「ま、別にいいだろ。お前の退部の件もなくなったわけだし。下手に一位でも取って燃え尽きられても困るしな」
「……同感だ」
猫と遊んでいた音無さんが立ちあがり、こっちに歩いて来る。
「終わった事なんかどうでもいいだろ。悔やんだって結果が変わるわけじゃない」
どこか皮肉めいた口調でそう言うと、音無さんは俺を見て、微かに笑った。
「――それにまさかお前、これで終わりってわけじゃないんだろ?」
その言葉で、全員の視線が俺に集中する。
そうだ。これはあくまで俺達が踏み出した最初の一歩に過ぎない。
「はい!」
吼えながら俺は立ち上がった。
「負けちまったもんはしょうがねえ! 次行くぞ次!」
「ですね」「だな。そんで、次は何をするんだ? リーダー」
横に座っていた響と五十嵐も、笑いながら立ち上がる。
「まずデモテープ作ってライブハウスに出る! 今月中にやるぞ!」
「いいですね。その次は?」
「夏には軽音の大会がある。そこで三好先輩にリベンジしてグランプリを取る!」
「簡単に言うよな。で、その次は?」
「え!? その次は、と、とにかく! 今は目の前の事から片付けてくんだよ!」
これからやりたいことが山ほどある。行きたいところも山ほどある。
勝負には負けてしまったけれど。ここに残った確かなものが一つ。
『the Rock Study』。やっと組めた俺達のバンド。ようやく出来た一縷の絆。
……ちなみに名付け親は五十嵐でその由来は俺の歌ってたストレイテナーの「ROCKSTEADY」のサビが「ロックスタディ」にしか聞こえないからとかいうふざけた理由だ。でもバンド名なんてこんな適当さでいいのかもしれない。大事なのはもっと別の事。こいつらと一緒なら何も怖いものなんてない。きっとこないだ以上のライブを何回だって出来る。今度こそ俺はどこまでも走って行ける気がした。
「……」
――だけどあの時。歓声と拍手が巻き起こった瞬間。
達成感と同時に、喪失感が胸中を襲った。自分の中の何かに決着がついて、ゴールテープを切ってしまったような気がした。
でも、そんなの違うよな。人生にゴールなんかない。
走り続けよう。ここが、俺達のスタートラインだ。
「……そんじゃとりあえず今日は打ち上げってことでー! 皆でやりたい曲片っ端からやりまくりたいと思いまーす! 理由はただ俺がやりたいからでーす!」
「ふざけんなテメェ! 朝っぱらから集まろうってまさかそれが目的か!」
「オレは別にいいですけど。ちなみに先輩は何やりたいんですか」
「よくぞ聞いてくれた響くん! 俺の大好きなモーサム・トーンベンダーの――」
◆
あの朝。私はこのアホに出会った。
本当に、騒々しい奴。好き勝手に人を巻き込んで。迷惑ったらない。
こいつさえ居なければ今頃こんなところに居るはずじゃなかった。
あんなところに、立つはずもなかった。
「……」
ギターを肩から提げ、指先を弦に食い込ませる。瞼を閉じると、いつかの苦い光景が思い浮かんだ。誰も居ないライブハウス。静けさの中に消えていく私達の音。虚しかっただけの灰色の日々。
――だけどあの時。歓声と拍手が巻き起こった瞬間。
私は、長い悪夢から覚めた気がした。
ずっと忘れていたことを、自分が本当に求めていた事を思い出した。
ステージの上で、思い切り自分の音を鳴らして、誰かの前で喝采を浴びる――楽器を手にした日、誰もが夢想するそんな光景を、私もきっと求め続けていた。
嬉しかった。
そして、心の底から楽しかった。
「先輩先輩! 聞いてました!? 今から皆で好きな曲やろうって話なんですけど!」
「………………」
「あ、や、やっぱやりたくないですよね。今更またコピーとか、そんな……」
認めるよ。
お前の言う通り、私はずっと、自分のやりたい事から目を背けていた。
ああ。そうだ。音楽《これ》がこんなに大事なもので。大好きなものだったってことを。お前が、一ノ瀬が、響が、五十嵐が。――私に思い出させてくれた。
「……いいよ。約束だからな」
「え?」
「ヘタクソのおまえの代わりに、私がなんでも弾いてやるよ」
「……! はい!」
だからこれは、恩返し。――そして、それが今の私がやりたいコト。
先の事なんかまだ全然わからないけど。今はただ、一歩ずつ。
君と一緒に、音楽を。
第一部 『サイレン/サイレン♯』 完
あれから三日後。場所はいつもの五十嵐家ガレージ。俺と響と五十嵐はソファーに座り、こないだのライブの感想が書かれたノート(部室から無断でかっぱらってきた)を真剣に見つめていた。音無さんはあっちの方で、なんか猫と遊んでいる。
「……いやーしかし」
ノートを閉じて、俺はようやく口を開く。
「びっくりするほど普通に負けてたな……」
結果は三位だった。腕を組んでわざとらしく俺は頭を捻る。
「おかしいなー……完全に優勝してる雰囲気だったのにな……なんでだろう……?」
「まぁ、悔しいけど普通に完敗ですね。客の数かなり減ってたっての考慮しても、ダブルスコアだし」
「んー、でもハルシオンに負けるのはまだ分かるとして、この二位のスニーカーズとかいうのは何なんだよ!? 俺演奏見てねえんだけど! 何か納得いかねえ!」
「ま、別にいいだろ。お前の退部の件もなくなったわけだし。下手に一位でも取って燃え尽きられても困るしな」
「……同感だ」
猫と遊んでいた音無さんが立ちあがり、こっちに歩いて来る。
「終わった事なんかどうでもいいだろ。悔やんだって結果が変わるわけじゃない」
どこか皮肉めいた口調でそう言うと、音無さんは俺を見て、微かに笑った。
「――それにまさかお前、これで終わりってわけじゃないんだろ?」
その言葉で、全員の視線が俺に集中する。
そうだ。これはあくまで俺達が踏み出した最初の一歩に過ぎない。
「はい!」
吼えながら俺は立ち上がった。
「負けちまったもんはしょうがねえ! 次行くぞ次!」
「ですね」「だな。そんで、次は何をするんだ? リーダー」
横に座っていた響と五十嵐も、笑いながら立ち上がる。
「まずデモテープ作ってライブハウスに出る! 今月中にやるぞ!」
「いいですね。その次は?」
「夏には軽音の大会がある。そこで三好先輩にリベンジしてグランプリを取る!」
「簡単に言うよな。で、その次は?」
「え!? その次は、と、とにかく! 今は目の前の事から片付けてくんだよ!」
これからやりたいことが山ほどある。行きたいところも山ほどある。
勝負には負けてしまったけれど。ここに残った確かなものが一つ。
『the Rock Study』。やっと組めた俺達のバンド。ようやく出来た一縷の絆。
……ちなみに名付け親は五十嵐でその由来は俺の歌ってたストレイテナーの「ROCKSTEADY」のサビが「ロックスタディ」にしか聞こえないからとかいうふざけた理由だ。でもバンド名なんてこんな適当さでいいのかもしれない。大事なのはもっと別の事。こいつらと一緒なら何も怖いものなんてない。きっとこないだ以上のライブを何回だって出来る。今度こそ俺はどこまでも走って行ける気がした。
「……」
――だけどあの時。歓声と拍手が巻き起こった瞬間。
達成感と同時に、喪失感が胸中を襲った。自分の中の何かに決着がついて、ゴールテープを切ってしまったような気がした。
でも、そんなの違うよな。人生にゴールなんかない。
走り続けよう。ここが、俺達のスタートラインだ。
「……そんじゃとりあえず今日は打ち上げってことでー! 皆でやりたい曲片っ端からやりまくりたいと思いまーす! 理由はただ俺がやりたいからでーす!」
「ふざけんなテメェ! 朝っぱらから集まろうってまさかそれが目的か!」
「オレは別にいいですけど。ちなみに先輩は何やりたいんですか」
「よくぞ聞いてくれた響くん! 俺の大好きなモーサム・トーンベンダーの――」
◆
あの朝。私はこのアホに出会った。
本当に、騒々しい奴。好き勝手に人を巻き込んで。迷惑ったらない。
こいつさえ居なければ今頃こんなところに居るはずじゃなかった。
あんなところに、立つはずもなかった。
「……」
ギターを肩から提げ、指先を弦に食い込ませる。瞼を閉じると、いつかの苦い光景が思い浮かんだ。誰も居ないライブハウス。静けさの中に消えていく私達の音。虚しかっただけの灰色の日々。
――だけどあの時。歓声と拍手が巻き起こった瞬間。
私は、長い悪夢から覚めた気がした。
ずっと忘れていたことを、自分が本当に求めていた事を思い出した。
ステージの上で、思い切り自分の音を鳴らして、誰かの前で喝采を浴びる――楽器を手にした日、誰もが夢想するそんな光景を、私もきっと求め続けていた。
嬉しかった。
そして、心の底から楽しかった。
「先輩先輩! 聞いてました!? 今から皆で好きな曲やろうって話なんですけど!」
「………………」
「あ、や、やっぱやりたくないですよね。今更またコピーとか、そんな……」
認めるよ。
お前の言う通り、私はずっと、自分のやりたい事から目を背けていた。
ああ。そうだ。音楽《これ》がこんなに大事なもので。大好きなものだったってことを。お前が、一ノ瀬が、響が、五十嵐が。――私に思い出させてくれた。
「……いいよ。約束だからな」
「え?」
「ヘタクソのおまえの代わりに、私がなんでも弾いてやるよ」
「……! はい!」
だからこれは、恩返し。――そして、それが今の私がやりたいコト。
先の事なんかまだ全然わからないけど。今はただ、一歩ずつ。
君と一緒に、音楽を。
第一部 『サイレン/サイレン♯』 完
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