ROCK STUDY!!

羽黒川流

文字の大きさ
上 下
15 / 30
第一部

第十五話「You Know You're Right」

しおりを挟む
                  ◇

  坂上智也と仲良くなったのは小一の時。ちょうど三つ上の兄貴と一緒に野球を始めた頃だった。同じ学校でリトルリーグに入ってる奴はその時は他に居なくて、それをきっかけにして俺と智也は学校でもよく一緒に過ごすようになった。

『トモヤはさぁ、ポジション何にすんの!?』
『おれ? おれはピッチャー!』
『マジ!? 俺もピッチャー!』
『『かぶってんじゃん!』』
『じゃあ俺ら、ライバル同士だな! トモヤ!』
『おう! エースはわたさねえぞ、フトシ!』

 ポジションが被ってしまった俺達だったけど、そのおかげで練習相手に困ることはなく、学校終わった後はいつもグラウンドで二人でキャッチャー役を交代しながらピッチング練習をしてた。毎日そんなことをしていると同級生達が集まってきてそのうち皆野球に興味を持つようになった。最初に仲間になったのは俺と仲の良かった一成と、智哉が仲の良かった岡島って奴。野球仲間が増えることに喜びを覚え、四人だけじゃ物足りなくなった俺は、それから休み時間や放課後に学校中を駆け回り同じ学年の奴を手当たり次第野球に誘いまくるようになった。
 学級委員長のシンスケ、女子で一番足速いカズキ、ドッジボール王のリョータ、学年一のノッポのヒロシ、眼鏡のトシアキ。同じ学年だけでも九人が集まり、下の兄弟がいる奴はそれも全部巻き込んで、全員が広瀬ヤングジャガーズに入った。
 それからの日々は最高だった。休みの日だけじゃなく、放課後にみんなで集まって野球ができる。雨の日もみんなの家に集まってゲームしたり漫画読んだり。本当に毎日が楽しかった。
 だけど四年生になり、ようやく俺と智哉が外野のレギュラーをとった頃。
 俺達は遊びで紙に自分たちのポジションや打順を描き込んでスタメン表を作った。

『ピッチャーは誰にする?』『そりゃまあフトシだろ!』『左利きだしな!』

 無邪気な会話。ごく自然に、皆は智也じゃなく俺をピッチャーに選んだ。
 そういう空気が、その当時はあったのだ。俺が率先して皆を誘ったから、俺が皆のリーダーみたいな扱いになってたせいで。俺が左利きだったから、監督とコーチにもどことなく優遇されてた。  
 智也はその時、すごく暗い顔をして、一言も発しなかったのを覚えている。次の日にはいつも通りだったけど、それから智也は放課後の集まりを休むようになった。
 あいつが一人で何をやってたのか、俺は今でも覚えている。
 あいつは、練習してた。ずっと努力をしてた。俺達が遊んでる間も、雨の日だってずっと。そんなあいつの必死な姿が、俺は少し怖かった。なんだかあいつに憎まれてるような気がして。だけど俺も譲れなかった。あいつに憎まれたとしてもやっぱり俺はピッチャーをやりたかった。だから毎朝走って、日が暮れるまで投げ込んで、あいつに追い抜かれないよう努力を重ね続けた。
 そして五年生になって、俺が背番号1を貰った頃。智也の間には明らかに気まずい空気が流れ、殆ど口も利かなくなっていた。だけどチームは絶頂期、六年生がほとんどいなかったから本当に俺達の世代だけでスタメンが組まれ、連戦連勝の活躍で地元チームを全部蹴散らしていった。流石に全国の壁は厚く、北関東のチームと当たって敗退を喫したけど、全員五年だからもう一年のチャンスがある俺達のモチベーションは高く、次の大会に向けて熱意を燃やしていた。

 あの時、あの試合までは。

 6対0だった。夏の全国大会の一回戦。相手は奇しくも、去年と同じチーム。
 相手のピッチャーは、俺よりもずっと背が高くて、球も早い奴だった。
 本当に、同じ小学生とは思えないくらいに凄い投手だった。
 だからだろうか。無意識に張り合おうとした俺はコントロールを乱し、牽制球の暴投やエラーの連続でリズムが完全に崩れた。あの日の、異様な暑さのせいもあっただろう。いや、理由はどうだっていい。交代してマウンドに上がった智也は一点も取られなかった。先発の俺が、六点も取られた。つまり、俺一人のせいで負けた。それが疑いようもない事実。白球を追い駆け続けた4年間の結末。
 せめて、俺達に勝ったあのチームが勝ち進んでくれたら、僅かな慰めにもなっただろう。だけど、あっさりとあのチームは負けた。あの凄い投手の球を、俺達は全然打てなかったのに。関西のチームに馬鹿みたいに撃ち込まれて負けてしまった。

 その時、ようやく俺は実感した。
 ああ、俺って。全然凄い奴じゃなかったんだと。
 少年漫画の主人公なんかじゃ、なかったんだと。

 あの、必死で毎日続けた走り込みも、自分なりにやっていた特訓も、全部意味のないおままごとで。あんなにキラキラ輝いて見えた景色は、本当に狭い世界の出来事でしかなかったのだと気づいてしまった。
 その日から、俺は練習を休みがちになった。
 さんざん引っ張り回してきたくせに。皆に無理やり野球を始めさせたくせに。
 エースでキャプテンだったくせに――最後があのザマじゃ合わせる顔がなかった。
 別に責められたわけじゃなかったけど、不貞腐れて疑心暗鬼になった俺は、妙にみんなとの距離を感じて、以前のようにハイテンションで話すことができなくなった。そして結局、最後まで野球へのトラウマを払拭できず、俺は小学校卒業を機に野球道具をみんな捨ててしまった。
 中学入学後は野球を続ける奴とやめる奴で半々になり、見えないミゾがそこに生まれた。あんなに仲が良かったのに、みんなバラバラになっていった。智也と何人かはシニアリーグへ、一成は緩く軟式野球部、五十嵐は陸上部。俺は野球以外なら何でもいいと思いながら、なんとなくバスケ部に入部した。
 バスケ部での日々に、いい思い出はない。逃げ込んだ場所だという意識もあったからだろう。人並み以上に良かったはずの運動神経もすっかり奮わず、俺はどんどん自信を失って、委縮していった。智也がシニアでエースの番号を貰ったなんて話を聞く一方で、俺はずっとベンチウォーマー。声出しだけが取り柄で、それすらも鬱陶しがられる。そんな日々を送っていた、ある日の事だった。

「……何だ?」

 土曜日の部活の後、家に帰るとジャカジャカうるさい音と昭和っぽい歌が聞こえてくる。リビングに行くと、ソファーに座って、なぜかサングラスをかけている親父がギターとハーモニカを吹きながらノリノリで熱唱していた。ガキの頃から何度も車の中で聞かされた、長渕剛の巡恋歌。

「……何やってんの?」
「おう、太志か! なんか久々に弾いてみたくなってな、どうだお前も弾いてみろ」
「いやぁ、弾かないっすね……」
 
 思春期真っただ中の俺には、唐突に長渕剛のコスプレして歌ってる親父の姿は受け入れがたいものがあった。いやマジで急にどうしたんだよ。なんだそのサングラス。

「まあそう言うな、ギター弾けるとモテるぞ? ほら。教えるからやってみろ」
 
 渋々了承して、ギターを受け取る。

「じゃあまずは一番簡単なEマイナーだな。よし、ピック持って、……そのまま鳴らしてみろ」

 五弦に中指を、四弦に薬指を置いて、言われた通りに鳴らす。
 この世の終わりみたいな悲しい音が響き渡った。

「く、暗ぇ……」
「うはは。でもちゃんと鳴ったな。じゃあ次は明るいのにしよう」
 
 一弦を小指で抑えるのが上手くいかなくて苦戦する。親父に言われるがまま、フォームを変えて薬指で一弦を抑える。そうしてメジャーGのコードが初めて綺麗に鳴った時、背筋に異様な感覚が駆け巡った。
 それはまるで初めて野球のグラブとボールを手にした時のような高揚感。
 知らない世界に一歩踏み出した時の、景色がさーっと広がっていくあの感じ。

「お、気に入ったか? んじゃそれお前にやるから。好きに弾いていいぞ」
「は? いや、ちょっ……」

 それから親父は俺に長渕剛とビートルズのCDを押し付けると、さっさと自分の部屋に引っ込んでしまった。それからの俺は一日一コードを覚えるってくらいの頻度でギターを触りはじめ、割と音楽が好きな下の姉貴から最近の日本のバンドのCDを借りたりして、徐々に音楽に興味を持ち始めた。

「五十嵐、お前ってさ、ギター弾けたりする?」
「あ? なんだよ急に」

 ある日、中学校でふと思い出した俺は久々に五十嵐に話しかけてみた。

「いや、俺最近ギター始めたんだけど、あの、ハイコードっつうの? FとかBとか全然抑えらんなくてさ。五十嵐ん家ってたしか何か、楽器いっぱいあったじゃん? だから詳しいかなって」
「……ギターって、エレキとアコギどっち?」
「えっと多分、アコギ」
「アコギは弦が堅いっつうか、抑えづらい。最初はエレキの方が簡単かもな」
「マジで? へー。エレキ買おっかな……いくらくらいすんだろ」
「お、なになに!? タカミーと香月ちゃんで何の話!? おれも混ぜてよ!」

 ずっと、野球に代わる打ち込める何かを探してた。
 そして行き着いたのは、ギターとロックミュージックだった。
 正直最初はかっこつけのつもりだった。ギター弾ければモテるんじゃないかとかいう浅ましい考えもあったし、他の奴らと違うことをして自分が「特別」になった気分になる。そんな、ありがちな中学生の背伸びでしかなかった。

 だけど、そのうち。それを本当に好きになった。

 ビートルズもクラッシュもニルヴァーナも正直最初は何がいいのか全然わからなかった。親父みたいなずっと上の世代の人たちと違って、俺にはロックとの出会いで雷に打たれるような衝撃があったわけじゃない。 
 でも、かっこつけで聞いてるうちに、ある日突然、世界の見え方が変わった。
 ポイズン・ロックンロール。大好きなバンドのその歌詞のように、まさに毒のようにじわじわと。聴けば聴く程、俺はロックに、音楽の魅力に憑りつかれていった。
 ガキの頃、ウルトラマンや仮面ライダーに憧れた時のように。野球をやっていた頃、イチローや上原に憧れたように。ロックバンドのボーカルは俺にとって新しいヒーローになった。何にも囚われず、思うがまま、叫んで歌う姿に心から憧れた。
 だから、自分もああなりたいと。バンドを組んで、文化祭でライブをしようなんて考えてしまった。巻き込まれた一成と、吹奏楽部のドラムの大内君には本当に悪い事をしたと思う。幸い、俺が酷すぎたせいで特に何も言われなかったらしいが。
 とにかくあの後いの一番に俺を馬鹿にしてきたのは智也達――野球を続けシニアに入ったグループだった。あいつらは俺が野球をやめたことを良く思ってなかったから、それを当てつけるための格好の口実だったんだろう。ひどい皮肉だ。小学校の頃に俺が集めた仲間たちが敵になるなんて。
 智也はその頃、学校のカーストの中でも最上位の存在だった。背がグングン伸びて、女子からモテてたし、シニアのチームもかなり強くてあいつはエースで四番。県外からスカウトが来るほどの選手にまでなっていた。
 そんな奴と俺は大喧嘩をした。むざむざと挑発に乗って自分から掴みかかり返り討ちにされた。今思うと、高校であいつの兄貴を相手に全く同じことを繰り返してるのが笑える。

 そうだ。俺はまた同じことを繰り返してる。
 なら、その先に待つのは、――同じ結果なんじゃないのか?

                   ◇

 今週はずっと雨が続くらしい。明後日には部室が使えるからそれまでは各自、自主練という運びになった。ライブまで時間もないのでメンバー探しはもう切り上げ。俺と響と五十嵐のスリーピース構成で考えて、ぼちぼち曲目も絞らなければならない。

「……あ、居た。高宮!」

 放課後。自分の教室から出ていこうとした時、意外な人物が俺を呼び止めた。
 小柄な背丈。ブレザーの代わりに着たオーバーサイズのパーカー。そして目に痛いくらいに鮮やかな、赤い髪。

「……赤星先輩?」

 三年バンド『ハルシオン』のボーカル担当、赤星茜。
 こうして直接話しかけられたのは初めてだった。

「えっと、俺に何か用ですか?」
「うん。ちょっと、話があるんだけど。この後時間ある?」
「? はい。一応、大丈夫ですけど」
「そっか。じゃあここじゃ何だから、ついて来て」

 言われるがまま後をついていく。一体何事かと野次馬達がじろじろと俺達を眺め、遠巻きに追いかけてきたが、流石に学校を出るとついてこなくなる。そのまま赤星先輩は街中を歩き続け、駅前のチェーンのハンバーガー店に俺を連れて入った。

「つ、疲れた……」

 俺の正面の席に座るなり、赤星先輩はがくっと脱力する。

「何であんなに皆ついてくんだろ……? もうほんっと、勘弁してほしい……」
「な、なんつうか、お疲れ様です」

 三好先輩といい、有名人は辛そうだ。学校じゃ四六時中追っかけ回されてるし。

「ごめん。いきなりこんな所まで連れて来ちゃって。……ちょっと、色々アレな話だから。人に聞かれたくなかったんだよね」
「いや別に全然いいですけど、話ってのはどういう」
「うん。……実は、今度の選抜ライブの事なんだけど、」

 ストロベリーシェイクのストローに口をつけ、一呼吸置いた後、赤星先輩は言う。

「……その、やめない? あの、……勝負がどうこうっていう話」

 言葉の意味を――飲み込むまで少し時間がかかった。
 
「ほら、こないだの。坂上たちの代わりにあたし達と高宮が戦うみたいな、」 
「ああ、いや。それは分かってます。でも、……何でですか?」

 俺からしたら、あの勝負には大きなリスクとデメリットもある。しかし赤星先輩たちにとっては、わざわざやめようなんて言う理由はないはずだ。もし万が一負けたところで、退部になるのは坂上たちなわけだし。そもそも選抜ライブ自体は行われるのだから、どのみち俺たちとハルシオンはそこで出場枠を巡って争う事になる。
 だから赤星先輩が俺にそんな話をする意図が――よくわからない。

「……こないだのさ、あの校内放送。坂上が変な曲流したやつ。あれって、噂で聞いたんだけど……中学時代の高宮が歌ってたやつなんでしょ?」
「ああ、はい。一応」
「……ならアレってさ、完全に高宮に対する嫌がらせだよね」
「まぁそうなん、ですかね」
「……じゃあ、おかしいじゃん。そんなの」
「え?」
「なんで勝負とかする必要あんの? 退部になるべきなのは、あいつらの方でしょ」

 険しい顔で、問い詰めるように赤星先輩は言った。

「それに、あたし。こないだ偶然見たんだ。あいつらが朝、二年の教室に入って高宮の机に落書きしてるの。……マジでゴミ。あんなのもう、完全にいじめじゃん」
「いや、いじめっつうか。単にアレは……」
「何で先生に言わないの? 報復されるのが怖いから?」
「えーっ、と……」

 あまりの勢いに俺がたじろぐと、赤星先輩は引っ込んで小さく溜息を吐いた。

「……ごめん。要するにさ。証拠もあるし、あたしも証言できる。だからもう、勝負とかする前に、さっさとあいつらを取っちめない? ……そしたら高宮について回ってる変な誤解とかも、……解けると思うし」

 そう言って視線を落とすと、赤星先輩はまたストローに口をつける。
 そこでようやく、俺はこの人のことを――何が言いたかったのかを今更理解した。

「……赤星先輩って、優しいんすね」
「……ッ!?」

 俺の言葉が予想外だったのか、赤星先輩は動揺した様子でゴホゴホと咳き込む。

「い、いや。別に優しいっていうか! ……ハルが、高宮の事ずっと気にかけてて。でもあいつ、コミュ障だから全然自分から何もしないし、忍も瞳子もアホだからなんも気にしてないし、ああああ、もう。ほんと何であたしばっかこんな……」

 ぶつぶつと、赤星先輩は他のメンバーに対して文句を垂れる。
 多分あのバンドの常識人枠なんだろうな、この人。

「……とにかくさ、高宮。あたし達は味方だよ。だからあいつらの問題、さっさと片づけてさ。その後でバンド対決、普通にやろうよ。ね!」

 言った後、赤星先輩は朗らかに笑顔を見せる。
 本当に、ただ善意で。そんな事を言ってくれているのだと分かっていた。
 ホットコーヒーを一口飲んだ後、俺は改めて口を開く。

「……せっかくなんですけど、お断りします」
「……え?」

 唖然と、赤星先輩は口を開けた。

「いや、ほんと。気を遣ってもらってるのは、有難いし。感謝しかないんですけど。……俺はそんな、先輩達に気を使って貰うような、まともな人間じゃないです。坂上がしてくる嫌がらせも、別にただアホ同士が喧嘩してるってだけの話だし。周りの変な噂も、あながち間違っちゃいねえっつうか。……とにかく俺、現状に不満はないんです。むしろこのままがいい。じゃないと気分的にも、なんつーか、こう」

 眉を顰めながら、不審そうに赤星先輩は俺を見る。

「……それってただ、意地張ってるだけなんじゃないの?」
「……そうかもしれないです。だけどもう、自分で決めたことなので。すみません」
「……そっか」

 残りのストロベリーシェイクを飲み干すと、赤星先輩は席を立つ。

「……高宮。本気で私達に勝てると思ってる? 言っとくけど、やるからには手加減しないよ」
「それは勿論。むしろ手加減する余裕とかあると思ってるんですか、先輩!」
「バカ。……じゃ、またね」

 苦笑して小さく手を振ると、赤星先輩は歩き去っていった。

                  ◇

 喫茶店を出た後、俺は気分転換に最近出来たというカラオケ店に入っていった。いわゆる一人カラオケをする腹積もり。大抵はアコギの持ち込みもOKで、スタジオと違って予約なしで行けるから、一年前から頻繁に練習場所として利用している。
 
(……そういや、結局)

 今日も聞けなかったな、曲の感想。
 トイレの洗面所で手を洗いながらそんな事を思う。あれから二人は何も言ってくる様子がない。聞けば答えてくれるんだろうけど、なんだか躊躇ってしまう。

「……」

 最近、雨が続いて音合わせする機会が減ってるせいか妙に気持ちが暗くなる。
 特に先週の金曜――智也にあんな事を言われた時から。

『大方また付き合わせられてんだろ? こいつの”俺と愉快な仲間達”に』

 心臓を、鷲掴みされたような気分だった。あいつの言ってる事の意味がすぐに分かってしまった。小学生の時の野球の仲間集め、中学生の時のバンドのメンバー集め。それは、俺が『主人公』になる為のワガママだけのために集めた仲間達だろうとあいつは言っているのだ。そして高校でもお前は――それを繰り返しているんだと。

 だから、さっきはああ言ったけど。
 本当は迷いが生まれ始めている。――このまま勝負を続けるべきなのか。

 既に俺のせいで他のメンバーの悪い噂が流れ始めている。先週のあのゲロ声放送のせいで今週はさらに風当たりが強くなるだろう。今はまだ遠巻きだけど今後ああいう露骨な嫌がらせが他のメンバーに直接行かない保証もない。俺が傷つく分にはいいけどあいつらが傷つくのだけは絶対にだめだ。

「……」

 鏡を見る。情けない奴の顔が映っている。ああ。本当に。情けない。何で俺は、いつまでたっても俺のままなんだ。髪を染めても、サングラスを掛けても、いくら気取っても、何も変わってくれない。クソな自分をいつまで経っても振り払えない。
 本当はわかってる。正しい事も、するべきことも。
 だけどもうあいつらは、俺に合わせて、やる気になってくれている。
 だからきっと、今更降りるのも違う。

「……よし」

 そうだ。一度やると決めたら、やり通すのが筋ってものだろう。
 顔を引っぱたいて気合を入れる。とりあえず練習だ。練習して実力をつける。人生上手くいくコツなんてそれしかない。そう思いながらトイレを出る、――と。

「あ」
「あ?」

 坂上雅也。最悪なことに今度は兄貴と出くわした。

「なにお前。誰と来てんの?」
「……あんたに関係ないだろ」

 無視してさっさと自分の部屋に戻る。なんだか妙な胸騒ぎがした。あいつと同じ店の中に居たくない。何か、よくないことが起こる。部屋に着くなり、俺はテーブルの上のウーロン茶を飲み干した。そんなもん飲まないでとっとと部屋を出ればよかったと後悔する。扉の方を向いた時にはもう、手遅れだった。

「おっ邪魔しま~す」

 ぞろぞろと、坂上雅也を先頭に取り巻き達と見慣れない連中が入ってくる。いやに眉が細くて、体格のいいガラの悪い連中。――そのうち一番後ろの二人には見覚えがあった。昨日、智也を怒鳴りつけていた坊主頭。そして、他でもない智也本人。

「おいおいまさかのヒトカラかよ! 初めて見たわ。まじウケる」
「お。なにこれギター? カッケ。ちょっと貸して」

 坂上が大笑し、傍らの坊主頭が俺のアコギを勝手に触りがしゃがしゃ鳴らしだす。

「あーコイツ俺の後輩だから。好きなもん頼んでいいぞ。おごってくれるってよ」
「マジ? じゃあ俺ピザ頼も」「あ、俺ポテトね」

 帽子を被ってる奴が勝手に内線で注文を始め、坊主頭が曲を入れ始める。
 いい加減、黙ってもいられなかった。

「っふざけんじゃねえ、出てけよ! それも勝手に触ってんじゃ……!?」

 瞬間、顔面に拳が飛んできて胸倉を掴まれて壁に叩きつけられる。

「……お前、いつまでも調子こいてんじゃねえぞ。ガッコじゃ見逃してやってんのによ。バカが」
「げっ、っほ……!?」
「トモ、お前入口見張っとけ。ちょっとこいつボコっから」
「……」

 智也が部屋を出て、扉を塞ぐようにして立ちはだかった。逃げ場が、ない。顔と腹に拳を受け続ける。鼻血が零れ、涙が滲み出た。嗚咽を零さないように歯を食いしばるのが、精一杯だった。

「うっわ。マサヤこっえ。完全にヤンキーじゃん」
「後輩いじめんなよカワイソ」
「顔はやめとけって。すぐバレんぞ」

 視界の隅で、金髪が俺のバッグを漁り携帯を弄りだすのが見えた。

「女の番号ねえかなー。つーか番号すくな」
「写真ねえか見てみようぜ」
「やめ、ろ……」

 片手で首を締めあげられる。

「おっ。この金髪結構カワイーじゃん」
「え? 全然ブスじゃね? 眼つきわりいし。それよりもこっちのがカワイくね?」「バーカ。お前これ男じゃねえか」

 息ができない。視界が、霞む。気づいたら床に倒れていた。どれだけ時間がったのか、ひどく眩暈がする。何人かが部屋を出ていく中で、坂上雅也が俺の前に立った。

「よお。俺らもう帰るけどよ。お前らの番号メモったから。手ぇ出されたくなきゃ放課後開けとけよ。呼んだら金持ってすぐ来い。チクった時は、わかってんだろうな」
「……」
「おい。聞こえてんなら返事しろよ」

 また腹に一発、蹴りを受ける。

「トモ、お前も一発ぶん殴るか」
「……そんな奴、殴る価値もねえよ」
「そりゃそうか。行くぞ」

 坂上雅也が部屋を出て、残された智也が俺の前に立つ。

「……しばらく大人しくしとけ。どうせ、すぐ飽きる」

 そんな声がしたあと、扉が閉まる音が聞こえた。鼻血を袖で拭う。口が切れてる。右目が開かない。バッグを覗く。携帯音楽プレイヤーの液晶が割れてた。サングラスを盗られた。財布の金は伝票分だけ残して後は空。内線電話が鳴る。

「……はい」
『よう。防犯カメラとか期待すんなよ。ここの店長と俺、知り合いだから。んじゃ』
 
 坂上の声だった。もう、声の一つも出せなかった。

しおりを挟む

処理中です...