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66.城下の噂
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とある週末、ユージェニーの護衛騎士ジャンは騎士の制服ではなく、平民の着るようなシンプルな白いシャツに黒いトラウザーを着ていた。王宮の使用人口からそのまま出て行ったジャンは、城下へ向かった。迷うことなくある居酒屋に入ると、慣れた様子でカウンターにドサッと腰を下ろした。
「ジェームズ、いらっしゃい!今日もいつもの?」
「ああ、頼む」
ジャンはこの居酒屋ではジェームズと名乗っている。特に誰かと待ち合わせしているわけではないようだが、周りの客と打ち解けて話している。どうやら彼はこの居酒屋の常連と顔見知りらしい。
「ジェームズ、チビチビ飲んで景気悪いじゃないか。週末ぐらいドンと飲めないのかい?」
「景気よく飲みたいのは山々だけど、最近、うちのご主人様の懐が寒くなってきて給料が減らされちまったんだよ。もしかしたらもうすぐ失業かもなぁ。でもここに来ればお前達と飲んで愚痴れるだろ?景気よく飲んでここに来る回数を減らすより、チビチビ飲んでも毎週末来れたほうがいい」
「そりゃそうだな!でもマスターはしけた客ばかりになって困るだろ?」
「閑古鳥鳴くよりもいいさ」
突然客に話しかけられた店主は、一瞬言いづらそうな表情をしたが、すぐに気を取り直して朗らかに答えた。
「庶民に生まれると苦労の連続だよな。王様やお貴族様達は贅沢三昧でいい気なもんだっていうのに」
「ああ、聞いたぜ。王様なんて臣下の妻まで召し上げてハーレム作って酒池肉林だとか・・・流石やんごとなき方は考えることもぶっちぎれてるねぇ」
「皮肉がきついねぇ。不敬でしょっぴかれるかもよ」
「このくらいかわいいもんよ。そのぐらい言わせてもらってもバチは当たらないさ」
景気悪化から始まった酔っ払い達の愚直は、それに何の対策もできない王政への不満にすぐに変わっていった。
一方、ユージェニーの侍女ミッシェルもある朝、お仕着せを脱ぎ、一般市民の着る服に着替えて王都内の修道院に向かっていた。その日は修道院でバザーが行われる日で、修道女だけでなく一般市民のボランティアもバザーの手伝いをするのだ。
「メアリーさん、ありがとう。助かるわ」
ミッシェルを見た修道女は、彼女のことを知っていたが、メアリーと呼んだ。ミッシェルはここではメアリーと名乗っているのだ。
「ハンカチに刺繍して持ってきたの。売れるといいな」
「わぁ、いつもながら綺麗な刺繍ね!これなら絶対売れるわよ!」
色々な花と花言葉を刺繍したハンカチはいつもバザーの人気商品で昼前には売り切れてしまうほどだった。
ミッシェルは、刺繍製品を売るブースへ自分の持ってきた刺繍入りハンカチを持っていった。そのブースで刺繍製品を並べていた年配の女性はミッシェルに気付いて話しかけた。
「メアリー、こんにちは!今日も綺麗なハンカチ持ってきてくれたのね!」
「ええ、でも私は貴女みたいに大物の刺繍をできないのよね」
「ハンカチ10枚に刺繍する間にベッドカバーの刺繍できちゃうわよ」
「そんなに早くできないわ!それに最近、刺繍糸も布も値上がってるし・・・」
「本当ね・・・いつまでバザーに提供できるか私もわからないわ」
「ここだけの話、主人がね、そんなに材料代かかるならもう止めろって」
「そうなの・・・うちの主人はつい最近死んじゃったから、文句言う人もいないけど・・・」
「ごめんなさい・・・そうとは知らずこんな話題を出してしまって・・・」
「いいのよ、いつまでも悲しがっては生活できないからね。それよりうちは娘しかいないから、家督が甥っ子にいっちゃうんだよ。主人の生前はいい子だから私達が追い出されるはずがないって思ってたんだけど、葬式の後からなんか雲行きが怪しくてねぇ・・・相続が完了したら、バザーの手伝いなんかするどころじゃないかも」
「そうなの・・・この国でも女性が家督を継げるといいのに。隣国じゃ女性も家督を継げるし、娘にも相続権があるのよ」
「この国の今の体制じゃそんなことは無理だろうねぇ・・・」
バザーの準備をしながら2人は女性の権利や景気の悪化などを愚痴っていた。
外国では女性にも家督を継げて相続権がある、今の王家は景気悪化に無策でただ贅沢三昧しているだけ、貴族は既得権を死守するのに必死――最近、そんな不満が城下のそこかしこで聞かれるようになっていった。
「ジェームズ、いらっしゃい!今日もいつもの?」
「ああ、頼む」
ジャンはこの居酒屋ではジェームズと名乗っている。特に誰かと待ち合わせしているわけではないようだが、周りの客と打ち解けて話している。どうやら彼はこの居酒屋の常連と顔見知りらしい。
「ジェームズ、チビチビ飲んで景気悪いじゃないか。週末ぐらいドンと飲めないのかい?」
「景気よく飲みたいのは山々だけど、最近、うちのご主人様の懐が寒くなってきて給料が減らされちまったんだよ。もしかしたらもうすぐ失業かもなぁ。でもここに来ればお前達と飲んで愚痴れるだろ?景気よく飲んでここに来る回数を減らすより、チビチビ飲んでも毎週末来れたほうがいい」
「そりゃそうだな!でもマスターはしけた客ばかりになって困るだろ?」
「閑古鳥鳴くよりもいいさ」
突然客に話しかけられた店主は、一瞬言いづらそうな表情をしたが、すぐに気を取り直して朗らかに答えた。
「庶民に生まれると苦労の連続だよな。王様やお貴族様達は贅沢三昧でいい気なもんだっていうのに」
「ああ、聞いたぜ。王様なんて臣下の妻まで召し上げてハーレム作って酒池肉林だとか・・・流石やんごとなき方は考えることもぶっちぎれてるねぇ」
「皮肉がきついねぇ。不敬でしょっぴかれるかもよ」
「このくらいかわいいもんよ。そのぐらい言わせてもらってもバチは当たらないさ」
景気悪化から始まった酔っ払い達の愚直は、それに何の対策もできない王政への不満にすぐに変わっていった。
一方、ユージェニーの侍女ミッシェルもある朝、お仕着せを脱ぎ、一般市民の着る服に着替えて王都内の修道院に向かっていた。その日は修道院でバザーが行われる日で、修道女だけでなく一般市民のボランティアもバザーの手伝いをするのだ。
「メアリーさん、ありがとう。助かるわ」
ミッシェルを見た修道女は、彼女のことを知っていたが、メアリーと呼んだ。ミッシェルはここではメアリーと名乗っているのだ。
「ハンカチに刺繍して持ってきたの。売れるといいな」
「わぁ、いつもながら綺麗な刺繍ね!これなら絶対売れるわよ!」
色々な花と花言葉を刺繍したハンカチはいつもバザーの人気商品で昼前には売り切れてしまうほどだった。
ミッシェルは、刺繍製品を売るブースへ自分の持ってきた刺繍入りハンカチを持っていった。そのブースで刺繍製品を並べていた年配の女性はミッシェルに気付いて話しかけた。
「メアリー、こんにちは!今日も綺麗なハンカチ持ってきてくれたのね!」
「ええ、でも私は貴女みたいに大物の刺繍をできないのよね」
「ハンカチ10枚に刺繍する間にベッドカバーの刺繍できちゃうわよ」
「そんなに早くできないわ!それに最近、刺繍糸も布も値上がってるし・・・」
「本当ね・・・いつまでバザーに提供できるか私もわからないわ」
「ここだけの話、主人がね、そんなに材料代かかるならもう止めろって」
「そうなの・・・うちの主人はつい最近死んじゃったから、文句言う人もいないけど・・・」
「ごめんなさい・・・そうとは知らずこんな話題を出してしまって・・・」
「いいのよ、いつまでも悲しがっては生活できないからね。それよりうちは娘しかいないから、家督が甥っ子にいっちゃうんだよ。主人の生前はいい子だから私達が追い出されるはずがないって思ってたんだけど、葬式の後からなんか雲行きが怪しくてねぇ・・・相続が完了したら、バザーの手伝いなんかするどころじゃないかも」
「そうなの・・・この国でも女性が家督を継げるといいのに。隣国じゃ女性も家督を継げるし、娘にも相続権があるのよ」
「この国の今の体制じゃそんなことは無理だろうねぇ・・・」
バザーの準備をしながら2人は女性の権利や景気の悪化などを愚痴っていた。
外国では女性にも家督を継げて相続権がある、今の王家は景気悪化に無策でただ贅沢三昧しているだけ、貴族は既得権を死守するのに必死――最近、そんな不満が城下のそこかしこで聞かれるようになっていった。
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