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50.戴冠式

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ウィリアムの葬儀から半年後、エドワードの戴冠式が行われた。ウィリアム逝去直後に王太子であったエドワードは自動的に国王になったが、本来、戴冠式は前国王逝去1年後に喪が明けてから行われるものだったので、式典はまだ行われていなかった。

歴代国王の戴冠式に比べると、エドワードの戴冠式は規模も質もかなり慎ましやかになった。それは公式にはウィリアムの喪が明けていないからとされたが、苦しい財政と治安悪化のせいだと誰もが思った。実際、慎ましい戴冠式は、治安の悪化している王都での警備上の問題と費用節約の他、あまり豪華な式典にして苦しい生活を強いられている民衆を刺激したくないからだった。

通常ならば、正装した近衛兵が王都でパレードを先導し、新国王は豪華な馬車で大聖堂に入る。普通なら、新国王を一目でも見ようと沿道に集まった群衆が王国旗を振りながらパレードを心待ちにしている。だが、今の治安情勢でパレードを強行すれば、新国王夫妻を襲撃してくれと言っているようなものだ。戒厳令が出され、戴冠式の日に式典に招待されていない一般人は外出禁止となった。

新国王エドワードと王妃ユージェニーは、厳重な警備の下、戒厳令のせいで妙に静まり返った道を王宮から大聖堂まで普段使いの馬車で向かった。外国からの賓客は、ユージェニー王妃の兄でソヌス王国王ルイだけで、その他に出席した外国の代表はルクス王国駐在中の大使達だけだった。それでも男爵から公爵までほとんど全ての国内の貴族家当主とその夫人が式典に出席するので、大聖堂では200人では収まらない人数の招待客が新国王夫妻を待っていた。その中にはアンヌス伯爵夫妻-エイダンとステファニー-もおり、ユージェニーの護衛騎士ジャンも護衛としてその場に控えていた。大聖堂は元々大規模なミサや儀式のためにかなり広く建てられているので、護衛騎士達を含めて300人ほどが大聖堂の中にいても寂しい印象は免れなかった。

エドワードは正装し、王族以外纏ってはならない高貴な紫色のマントを身に着け、大聖堂の赤い絨毯の上を祭壇までゆっくりと進んだ。通路を進む途中、両側に立っている招待客の中でエイダンの隣に立つステファニーが目に入った。本当は式典中によそ見をしている暇などないのだが、200人を超す招待客の中でもエドワードはステファニーをすぐに見つけることができた。エドワードがちらりと目を向けると、ステファニーは気まずそうにすぐに目線を下にそらして頭を軽く下に下げた。それに気付いたエイダンは不敬ととられても仕方ない、刺すような視線をエドワードに投げてきた。だが、エドワードはその視線を受け流して前に進んで行った。

エドワードのすぐ後に長い紫色のトレーンをつけたユージェニーが大聖堂に入場してきた。ユージェニーは、通路の先にいるエドワードが一瞬通路の右側を見たことに気付き、その視線の先に気まずそうなステファニーがいたことに気付いてしまった。ユージェニーは祭壇前には行かず、そのすぐ脇、王太后メラニーの横の席に着いた。ユージェニーのトレーンは、やはり正装した侍女6人が持って彼女の席まで付いていき、その後ろに立った。6人の中にはユージェニーが母国から連れてきた侍女ミッシェルもおり、彼女もエドワードの視線の先に気付いて密かに憤っていた。

ユージェニーが席に着いた後、エドワードは国王として政治上、宗教上の責務を果たす宣誓を祭壇前で行った。それは代々の国王の誓いと一字一句同じであったが、その後にエドワードが話しだした予想外のことに招待客は、声を出さないように抑えながらも驚いた。通常、戴冠式では決められた儀式と言葉以外はないはずであるし、めでたい場であるはずの戴冠式で話す内容ではなかったからだ。

「――先日の先代国王ウィリアムの葬儀の日、多くの人々を殺めた悲劇が起こりました。その時に亡くなった人々の魂が神の下で安らかにあることを祈ります。私は国王として、そのような惨劇が二度と起きないよう、誠心誠意努力することを神と先祖代々の国王の下に誓います」

エドワードの側近リチャードは彼からこの案を聞いた時、戴冠式ではなく別の機会にするほうがいいと反対したが、その時の彼の反応から半ばこうなることを予想していた。実際、エドワードの言葉は招待客に衝撃を与えたが、限られた招待客から民衆にその言葉が広まることはなかった。それに新聞社が大聖堂から締め出されていて王家が式典の記事と写真をメディア向けに手配したので、この言葉は報道もされなかった。

場を仕切り直した大司教が祭壇前でエドワードに王冠と王笏を授け、大聖堂での戴冠式は終わった。その後、ソヌス王国王ルイ、各国大使、侯爵以上の当主夫妻、大司教が招待された晩餐会が王宮で催された。通常なら、晩餐会の後、外国からの招待客と国内貴族が参加する豪華絢爛な夜会が夜通し開かれるのだが、今回は招待客が帰宅する時間をもって戒厳令を解くことになっており、抑圧された民衆の反発を恐れて夜会は開かないことになった。

晩餐会が終わり、ほとんどの招待客が席を立ってもルイはまだ残っていた。ルイは翌日、新国王夫妻と会見後、帰国する予定である。最後の招待客が晩餐会場を去った後、ルイはユージェニーに話しかけた。一見、息災であったかどうかという簡単な兄妹のやり取りであったが、エドワードに気付かれぬよう、兄妹はこの後会う約束を取り付けていた。
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