始まりは偽装デキ婚から【R18】

田鶴

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11.悲しみと怒り

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悲しみと怒りの重い雰囲気がコーブルク公爵家を支配していた。当主アルベルトは執務室で執事セバスチャンに問いただしていた。

「なぜあの記事が出たんだ。ホテルには口止めしていたはずだろう?」

「申し訳ございません。ホテルには口止めをしたのですが、オーナーが従業員には金を分配しなかったらしく、不満に思った者が記者から金を受け取って話したようです」

「そんなことも予測して対処しておかなかったのか?情けない。だがもう広まった話は止めようがない。もうよい、下がれ!」

セバスチャンが出て行ったと同時に目の周りを赤く腫らした公爵夫人アンゲリカが執務室に入ってきて夫をなじった。

「どうして早くあの下賤な女をルドルフから遠ざけなかったんです!しかもこんな不名誉な記事まで出てしまって・・・うぅっ・・・か、かわいそうなルドルフ!」

「もう起きてしまったことはどうしようもない」

「貴方は本当に冷たい方ね!たった1人の息子がこんな惨たらしい形で亡くなったんですよ!」

「私だって悲しくないわけがない。でもそんなことを言ってもルドルフが帰ってくるわけではない。それよりも今は後継ぎとゾフィー嬢の腹の中にいるルドルフの子供をどうするかだ」

「あぁ!そうよ、ルドルフの子!絶対に無事に産んでもらって我が家に迎え入れなくては!」

「もちろんだ。だから心配するんじゃない」

家督を継ぐ必要がない縁戚の男性にコーブルク公爵家の後継者になってもらってゾフィーと結婚してもらおうとアルベルトは考えていた。ルドルフの子供として出生届を出すと、不名誉な情死をした父の子にしてしまうから、子供はその後継者の子として月足らずで生まれたことにすればよいのだ。候補者はアルベルトの姉の次男ラルフか、分家のラムベルク男爵家の次男クリストフしかいない。だが、クリストフとその家族はふしだらな異性関係と金銭問題にまみれていて、アルベルトの姉夫婦も似たようなものだ。それでも姉の次男ラルフが問題の多い親兄弟に苦労しながらもノスティツ子爵家の家計をうまくやりくりしていたことをアルベルトは知っていた。

アンゲリカが執務室から出て行った後、アルベルトは決意を固め、ロプコヴィッツ侯爵マティアスへの手紙をしたため始めた。

その頃、ロプコヴィッツ侯爵家では侯爵夫人ビアンカが怒りでぶるぶると身体を震わせながら、目の前のタブロイド新聞を凝視していた。彼女が普段、下賤と蔑んで手に取ることのない大衆新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが躍っていた。

『コーブルク公爵家嫡男、侍女と情死!』

「あの男は死んでも私達を愚弄するの!」

ビアンカは怒りにまかせてその新聞をぐしゃっと掴み、貴婦人らしからぬ足取りでドスドスと夫マティアスの執務室に向かった。マティアスもさすがにこの緊急時には愛人の家から本宅に戻っていた。

「貴方!どうしてくれるの!やっぱり早くあんな浮気者とは縁を切っておけばよかったのよ!このままじゃ我が家とゾフィーが笑い者よ!」

「落ち着け、ビアンカ。ゾフィーはコーブルク公爵家の縁戚の男とすぐに結婚させてその男の子として出産させる」

「まさか、その男って公爵のあのどうしようもない妹夫婦の息子とか分家の放蕩息子じゃないでしょうね?」

「まぁ、その2人しか選択肢はないな」

「冗談じゃない、そんな男はルドルフの二の舞か、公爵家を没落させてゾフィーに苦労をかけるだけに決まってます!ゾフィーはそんな男と結婚させないわよ!ハインリヒだったらゾフィーを小さい頃から知っているから、うまくやっていけるはずです」

「そうかな。ハインリヒだって他の男の子供を腹に宿している女を娶りたくはないだろう。それに彼がいくらルドルフの忘れ形見を産むゾフィーと結婚してもコーブルク公爵家の後継ぎにはなれない。我が家の後継ぎにももちろんなれるわけでもないしな」

「まさかあの卑しい女の子供を我が家の後継ぎにするのですか!ゾフィーとハインリヒがいるでしょう!」

「ルーカスは私の息子だ。彼が後継ぎにならなくて誰がなるんだ。だからもうこの話はお終いだ」

ビアンカは有無を言わさずにマティアスの執務室から追い出された。

ルドルフの訃報はゾフィーの耳にももちろん届いていた。

(ああ!私のせいだわ!私がルディ兄様を殺したようなものだわ!)

滂沱の涙がゾフィーの頬を濡らしていた。嘆きのせいなのか、悪阻のせいなのか、ゾフィーは食欲も気力も体力もなくなった。そこにやって来たビアンカはゾフィーをなだめた。

「ゾフィー、心配しなくていいのよ。ハインリヒが貴女と結婚して貴女と赤ちゃんを守ってくれるわ」

「ハインリヒ兄様の子供じゃないのにそんなわけにはいかないわ」

「貴女は心配しなくていいの。身体を休めて赤ちゃんのことだけ考えていなさい」
ゾフィーをゆっくり寝かせて目が覚めたら少しでも食べさせるようにとビアンカは侍女に言いつけ、部屋を出て行った。
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