11 / 36
11.悲しみと怒り
しおりを挟む
悲しみと怒りの重い雰囲気がコーブルク公爵家を支配していた。当主アルベルトは執務室で執事セバスチャンに問いただしていた。
「なぜあの記事が出たんだ。ホテルには口止めしていたはずだろう?」
「申し訳ございません。ホテルには口止めをしたのですが、オーナーが従業員には金を分配しなかったらしく、不満に思った者が記者から金を受け取って話したようです」
「そんなことも予測して対処しておかなかったのか?情けない。だがもう広まった話は止めようがない。もうよい、下がれ!」
セバスチャンが出て行ったと同時に目の周りを赤く腫らした公爵夫人アンゲリカが執務室に入ってきて夫をなじった。
「どうして早くあの下賤な女をルドルフから遠ざけなかったんです!しかもこんな不名誉な記事まで出てしまって・・・うぅっ・・・か、かわいそうなルドルフ!」
「もう起きてしまったことはどうしようもない」
「貴方は本当に冷たい方ね!たった1人の息子がこんな惨たらしい形で亡くなったんですよ!」
「私だって悲しくないわけがない。でもそんなことを言ってもルドルフが帰ってくるわけではない。それよりも今は後継ぎとゾフィー嬢の腹の中にいるルドルフの子供をどうするかだ」
「あぁ!そうよ、ルドルフの子!絶対に無事に産んでもらって我が家に迎え入れなくては!」
「もちろんだ。だから心配するんじゃない」
家督を継ぐ必要がない縁戚の男性にコーブルク公爵家の後継者になってもらってゾフィーと結婚してもらおうとアルベルトは考えていた。ルドルフの子供として出生届を出すと、不名誉な情死をした父の子にしてしまうから、子供はその後継者の子として月足らずで生まれたことにすればよいのだ。候補者はアルベルトの姉の次男ラルフか、分家のラムベルク男爵家の次男クリストフしかいない。だが、クリストフとその家族はふしだらな異性関係と金銭問題にまみれていて、アルベルトの姉夫婦も似たようなものだ。それでも姉の次男ラルフが問題の多い親兄弟に苦労しながらもノスティツ子爵家の家計をうまくやりくりしていたことをアルベルトは知っていた。
アンゲリカが執務室から出て行った後、アルベルトは決意を固め、ロプコヴィッツ侯爵マティアスへの手紙をしたため始めた。
その頃、ロプコヴィッツ侯爵家では侯爵夫人ビアンカが怒りでぶるぶると身体を震わせながら、目の前のタブロイド新聞を凝視していた。彼女が普段、下賤と蔑んで手に取ることのない大衆新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが躍っていた。
『コーブルク公爵家嫡男、侍女と情死!』
「あの男は死んでも私達を愚弄するの!」
ビアンカは怒りにまかせてその新聞をぐしゃっと掴み、貴婦人らしからぬ足取りでドスドスと夫マティアスの執務室に向かった。マティアスもさすがにこの緊急時には愛人の家から本宅に戻っていた。
「貴方!どうしてくれるの!やっぱり早くあんな浮気者とは縁を切っておけばよかったのよ!このままじゃ我が家とゾフィーが笑い者よ!」
「落ち着け、ビアンカ。ゾフィーはコーブルク公爵家の縁戚の男とすぐに結婚させてその男の子として出産させる」
「まさか、その男って公爵のあのどうしようもない妹夫婦の息子とか分家の放蕩息子じゃないでしょうね?」
「まぁ、その2人しか選択肢はないな」
「冗談じゃない、そんな男はルドルフの二の舞か、公爵家を没落させてゾフィーに苦労をかけるだけに決まってます!ゾフィーはそんな男と結婚させないわよ!ハインリヒだったらゾフィーを小さい頃から知っているから、うまくやっていけるはずです」
「そうかな。ハインリヒだって他の男の子供を腹に宿している女を娶りたくはないだろう。それに彼がいくらルドルフの忘れ形見を産むゾフィーと結婚してもコーブルク公爵家の後継ぎにはなれない。我が家の後継ぎにももちろんなれるわけでもないしな」
「まさかあの卑しい女の子供を我が家の後継ぎにするのですか!ゾフィーとハインリヒがいるでしょう!」
「ルーカスは私の息子だ。彼が後継ぎにならなくて誰がなるんだ。だからもうこの話はお終いだ」
ビアンカは有無を言わさずにマティアスの執務室から追い出された。
ルドルフの訃報はゾフィーの耳にももちろん届いていた。
(ああ!私のせいだわ!私がルディ兄様を殺したようなものだわ!)
滂沱の涙がゾフィーの頬を濡らしていた。嘆きのせいなのか、悪阻のせいなのか、ゾフィーは食欲も気力も体力もなくなった。そこにやって来たビアンカはゾフィーをなだめた。
「ゾフィー、心配しなくていいのよ。ハインリヒが貴女と結婚して貴女と赤ちゃんを守ってくれるわ」
「ハインリヒ兄様の子供じゃないのにそんなわけにはいかないわ」
「貴女は心配しなくていいの。身体を休めて赤ちゃんのことだけ考えていなさい」
ゾフィーをゆっくり寝かせて目が覚めたら少しでも食べさせるようにとビアンカは侍女に言いつけ、部屋を出て行った。
「なぜあの記事が出たんだ。ホテルには口止めしていたはずだろう?」
「申し訳ございません。ホテルには口止めをしたのですが、オーナーが従業員には金を分配しなかったらしく、不満に思った者が記者から金を受け取って話したようです」
「そんなことも予測して対処しておかなかったのか?情けない。だがもう広まった話は止めようがない。もうよい、下がれ!」
セバスチャンが出て行ったと同時に目の周りを赤く腫らした公爵夫人アンゲリカが執務室に入ってきて夫をなじった。
「どうして早くあの下賤な女をルドルフから遠ざけなかったんです!しかもこんな不名誉な記事まで出てしまって・・・うぅっ・・・か、かわいそうなルドルフ!」
「もう起きてしまったことはどうしようもない」
「貴方は本当に冷たい方ね!たった1人の息子がこんな惨たらしい形で亡くなったんですよ!」
「私だって悲しくないわけがない。でもそんなことを言ってもルドルフが帰ってくるわけではない。それよりも今は後継ぎとゾフィー嬢の腹の中にいるルドルフの子供をどうするかだ」
「あぁ!そうよ、ルドルフの子!絶対に無事に産んでもらって我が家に迎え入れなくては!」
「もちろんだ。だから心配するんじゃない」
家督を継ぐ必要がない縁戚の男性にコーブルク公爵家の後継者になってもらってゾフィーと結婚してもらおうとアルベルトは考えていた。ルドルフの子供として出生届を出すと、不名誉な情死をした父の子にしてしまうから、子供はその後継者の子として月足らずで生まれたことにすればよいのだ。候補者はアルベルトの姉の次男ラルフか、分家のラムベルク男爵家の次男クリストフしかいない。だが、クリストフとその家族はふしだらな異性関係と金銭問題にまみれていて、アルベルトの姉夫婦も似たようなものだ。それでも姉の次男ラルフが問題の多い親兄弟に苦労しながらもノスティツ子爵家の家計をうまくやりくりしていたことをアルベルトは知っていた。
アンゲリカが執務室から出て行った後、アルベルトは決意を固め、ロプコヴィッツ侯爵マティアスへの手紙をしたため始めた。
その頃、ロプコヴィッツ侯爵家では侯爵夫人ビアンカが怒りでぶるぶると身体を震わせながら、目の前のタブロイド新聞を凝視していた。彼女が普段、下賤と蔑んで手に取ることのない大衆新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが躍っていた。
『コーブルク公爵家嫡男、侍女と情死!』
「あの男は死んでも私達を愚弄するの!」
ビアンカは怒りにまかせてその新聞をぐしゃっと掴み、貴婦人らしからぬ足取りでドスドスと夫マティアスの執務室に向かった。マティアスもさすがにこの緊急時には愛人の家から本宅に戻っていた。
「貴方!どうしてくれるの!やっぱり早くあんな浮気者とは縁を切っておけばよかったのよ!このままじゃ我が家とゾフィーが笑い者よ!」
「落ち着け、ビアンカ。ゾフィーはコーブルク公爵家の縁戚の男とすぐに結婚させてその男の子として出産させる」
「まさか、その男って公爵のあのどうしようもない妹夫婦の息子とか分家の放蕩息子じゃないでしょうね?」
「まぁ、その2人しか選択肢はないな」
「冗談じゃない、そんな男はルドルフの二の舞か、公爵家を没落させてゾフィーに苦労をかけるだけに決まってます!ゾフィーはそんな男と結婚させないわよ!ハインリヒだったらゾフィーを小さい頃から知っているから、うまくやっていけるはずです」
「そうかな。ハインリヒだって他の男の子供を腹に宿している女を娶りたくはないだろう。それに彼がいくらルドルフの忘れ形見を産むゾフィーと結婚してもコーブルク公爵家の後継ぎにはなれない。我が家の後継ぎにももちろんなれるわけでもないしな」
「まさかあの卑しい女の子供を我が家の後継ぎにするのですか!ゾフィーとハインリヒがいるでしょう!」
「ルーカスは私の息子だ。彼が後継ぎにならなくて誰がなるんだ。だからもうこの話はお終いだ」
ビアンカは有無を言わさずにマティアスの執務室から追い出された。
ルドルフの訃報はゾフィーの耳にももちろん届いていた。
(ああ!私のせいだわ!私がルディ兄様を殺したようなものだわ!)
滂沱の涙がゾフィーの頬を濡らしていた。嘆きのせいなのか、悪阻のせいなのか、ゾフィーは食欲も気力も体力もなくなった。そこにやって来たビアンカはゾフィーをなだめた。
「ゾフィー、心配しなくていいのよ。ハインリヒが貴女と結婚して貴女と赤ちゃんを守ってくれるわ」
「ハインリヒ兄様の子供じゃないのにそんなわけにはいかないわ」
「貴女は心配しなくていいの。身体を休めて赤ちゃんのことだけ考えていなさい」
ゾフィーをゆっくり寝かせて目が覚めたら少しでも食べさせるようにとビアンカは侍女に言いつけ、部屋を出て行った。
1
スピンオフ『年下執事が崇める女神~虐げられている男爵夫人を救いたい~』(R18)連載中(本編は完結、番外編を更新中)。
別のスピンオフ『転生令嬢は前世の心中相手に囚われたくない!』も掲載しています(完結済)。
別のスピンオフ『転生令嬢は前世の心中相手に囚われたくない!』も掲載しています(完結済)。
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
婚約解消から5年、再び巡り会いました。
能登原あめ
恋愛
* R18、シリアスなお話です。センシティブな内容が含まれますので、苦手な方はご注意下さい。
私達は結婚するはずだった。
結婚を控えたあの夏、天災により領民が冬を越すのも難しくて――。
婚約を解消して、別々の相手と結婚することになった私達だけど、5年の月日を経て再び巡り合った。
* 話の都合上、お互いに別の人と結婚します。白い結婚ではないので苦手な方はご注意下さい(別の相手との詳細なRシーンはありません)
* 全11話予定
* Rシーンには※つけます。終盤です。
* コメント欄のネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
ローラ救済のパラレルのお話。↓
『愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです』

腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい
狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。
ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる