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9.結婚式
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結婚式当日――リーゼロッテの父エーリヒは、目の前の教会を見てチッと舌打ちした。こじんまりとしたレンガ造りの教会は、リーゼロッテは素敵だと思うのだが、エーリヒは豪華絢爛な王都の大聖堂の方が好きらしい。でもリーゼロッテは、父に本音を言う気はなかった。そんな事を言えば、これからバージンロードを歩いて花婿にバトンタッチするというのに、せっかくの結婚式が滅茶苦茶になるのが目に見えている。
「殿下の側近の癖にこんなしけた教会で結婚式を挙げるなんて思わなかった。王都から遠いから、閣下を招待もできない」
リーゼロッテは俯いた。もう結婚式の招待客は来ている。いくら招待客が少なくても、誰かに聞かれる恐れがあるのに恥ずかしげもなくそんな事を言える父親が恥ずかしかった。
「でもまあ、持参金が少なく済んだし、ウェディングドレスも向こうが買ってくれたから金がかからなかったのはよかった」
貴族の子弟の結婚式は、親にとって子供の晴れ舞台というよりは、戦いの舞台である。そこで自分の家の権勢を誇示し、派閥からの離反者がいないか目を凝らし、役に立つ者を自陣に取り込めるか見極める。なのに思うように客を招待できなかったので、双方の親にとっては、その意味ではこの結婚式は全く役立たない。
アントンは、贅沢な結婚式をするつもりはない、領地でこじんまりとした式をあげたいがいいかとあらかじめリーゼロッテに尋ねた。一応、相談という形はとっていたが、アントンの様子は有無を言わせないようにリーゼロッテには感じられた。アントンは、結婚式は女性の夢なのにすまないと謝罪したが、リーゼロッテにとっては、あの地獄の家から脱出する方が大切だったからそんな事は二の次だった。でもアントンがせめてもの罪滅ぼしと言って仕立て屋に一緒に出掛けてくれて好きなウェディングドレスを選ばせてくれた。
リーゼロッテの選んだウェディングドレスは、慎ましやかに首と手首までレースのあしらわれた布で覆われている。鞭打ちの古傷が身体中にあるリーゼロッテが、肌を見せないデザインのドレスを希望したからだ。
リーゼロッテは、父エーリヒにエスコートされて赤い絨毯の敷かれたバージンロードを歩みだした。エーリヒがハイヒールに慣れていない娘を全く配慮せずに大股で歩くので、リーゼロッテはすぐに父に捉まっている腕が離れそうになった。慌ててエーリヒの腕を掴みなおそうとして足元がおろそかになり、転びそうになってしまった。その時偶然、彼女は一番前の席からリーゼロッテ達を見つめる継母フラウケと異母妹ヘドヴィヒと目が合った。2人はリーゼロッテを敵のように睨みつけながら、彼女の失態を喜んでいるかのように口角を上げた。
「チッ! 無様な様子を晒すなよ」
エーリヒは一旦止まってリーゼロッテだけに聞こえるような小声で文句を言ったが、アントンと目が合った途端、娘を心配する優しい父親のように表情を取り繕った。
「幸せになりなさい――娘をお願いします」
「言われなくても幸せにしますよ」
アントンとエーリヒの視線がぶつかった。優しい父親の仮面が一瞬剥がれ、エーリヒはアントンを睨んだが、すぐに顔に微笑みを湛えてフラウケ達の隣の席に移動した。
リーゼロッテとアントンは誓いの言葉を互いに口にし、司祭が誓いのキスを促した。リーゼロッテが、ベールをまくりやすいように少し頭を下げると、アントンは彼女の顔の前のベールを後ろに垂らし、顔を露わにしたリーゼロッテをまっすぐ見つめた。彼の灰色の瞳は、普段、酷薄に見えがちだが、その時ばかりは優しい光を湛えていた。
「私が君を守るから安心して」
そう言ってアントンはリーゼロッテとそっと唇を重ねた。触れるだけのキスだったが、彼が新妻を慈しんでいる気持ちがリーゼロッテにも伝わった。何より、清く正しい婚約期間中にキスした事がなかったので、リーゼロッテの顔は火照って頭の中がフワフワと上の空になった。だからまさかその舌も乾かぬ初夜であんな事が起こるとは、哀れなリーゼロッテは何も知らなかったし、その翌朝も気付かなかった。
「殿下の側近の癖にこんなしけた教会で結婚式を挙げるなんて思わなかった。王都から遠いから、閣下を招待もできない」
リーゼロッテは俯いた。もう結婚式の招待客は来ている。いくら招待客が少なくても、誰かに聞かれる恐れがあるのに恥ずかしげもなくそんな事を言える父親が恥ずかしかった。
「でもまあ、持参金が少なく済んだし、ウェディングドレスも向こうが買ってくれたから金がかからなかったのはよかった」
貴族の子弟の結婚式は、親にとって子供の晴れ舞台というよりは、戦いの舞台である。そこで自分の家の権勢を誇示し、派閥からの離反者がいないか目を凝らし、役に立つ者を自陣に取り込めるか見極める。なのに思うように客を招待できなかったので、双方の親にとっては、その意味ではこの結婚式は全く役立たない。
アントンは、贅沢な結婚式をするつもりはない、領地でこじんまりとした式をあげたいがいいかとあらかじめリーゼロッテに尋ねた。一応、相談という形はとっていたが、アントンの様子は有無を言わせないようにリーゼロッテには感じられた。アントンは、結婚式は女性の夢なのにすまないと謝罪したが、リーゼロッテにとっては、あの地獄の家から脱出する方が大切だったからそんな事は二の次だった。でもアントンがせめてもの罪滅ぼしと言って仕立て屋に一緒に出掛けてくれて好きなウェディングドレスを選ばせてくれた。
リーゼロッテの選んだウェディングドレスは、慎ましやかに首と手首までレースのあしらわれた布で覆われている。鞭打ちの古傷が身体中にあるリーゼロッテが、肌を見せないデザインのドレスを希望したからだ。
リーゼロッテは、父エーリヒにエスコートされて赤い絨毯の敷かれたバージンロードを歩みだした。エーリヒがハイヒールに慣れていない娘を全く配慮せずに大股で歩くので、リーゼロッテはすぐに父に捉まっている腕が離れそうになった。慌ててエーリヒの腕を掴みなおそうとして足元がおろそかになり、転びそうになってしまった。その時偶然、彼女は一番前の席からリーゼロッテ達を見つめる継母フラウケと異母妹ヘドヴィヒと目が合った。2人はリーゼロッテを敵のように睨みつけながら、彼女の失態を喜んでいるかのように口角を上げた。
「チッ! 無様な様子を晒すなよ」
エーリヒは一旦止まってリーゼロッテだけに聞こえるような小声で文句を言ったが、アントンと目が合った途端、娘を心配する優しい父親のように表情を取り繕った。
「幸せになりなさい――娘をお願いします」
「言われなくても幸せにしますよ」
アントンとエーリヒの視線がぶつかった。優しい父親の仮面が一瞬剥がれ、エーリヒはアントンを睨んだが、すぐに顔に微笑みを湛えてフラウケ達の隣の席に移動した。
リーゼロッテとアントンは誓いの言葉を互いに口にし、司祭が誓いのキスを促した。リーゼロッテが、ベールをまくりやすいように少し頭を下げると、アントンは彼女の顔の前のベールを後ろに垂らし、顔を露わにしたリーゼロッテをまっすぐ見つめた。彼の灰色の瞳は、普段、酷薄に見えがちだが、その時ばかりは優しい光を湛えていた。
「私が君を守るから安心して」
そう言ってアントンはリーゼロッテとそっと唇を重ねた。触れるだけのキスだったが、彼が新妻を慈しんでいる気持ちがリーゼロッテにも伝わった。何より、清く正しい婚約期間中にキスした事がなかったので、リーゼロッテの顔は火照って頭の中がフワフワと上の空になった。だからまさかその舌も乾かぬ初夜であんな事が起こるとは、哀れなリーゼロッテは何も知らなかったし、その翌朝も気付かなかった。
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