33 / 33
33.エピローグ
しおりを挟む
恩赦からさらに8年後――オットーは未だに独身で婚約者も恋人もいなかった。公爵家の後継ぎで見栄えもいい男性だから30歳近くになっても婚約申し込みが絶えることはなく、夜会で熱い視線をいつも受けていたが、女性を寄せ付けていなかった。
その年、辺境のシュミット家の屋敷は、数年振りに会うラウエンブルク公爵家一同を迎えるためにてんやわんやしていた。
「ミハエル、マクシミリアンをちょっとだっこしていてもらえますか。明日お父様、お母様とお兄様が到着するので、客用寝室の準備をしてきます」
「あぁ、でも侍女に預けたほうがよくないか?僕はいつ正気を失うかわからないから、僕に預けるのは心配だろう?この無力で無垢な存在を壊してしまいそうで怖いよ」
ダリア-かつての名はユリア-とミハエル-かつての名はマクシミリアン-は辺境に移ってから、通いの料理人と下女以外の業務以外、全て自分達でやっていたが、意識の混濁することの多かったミハエルがやれることは多くなく、ダリアの負担は大きかった。2、3年前ぐらいからはミハエルの調子がよくなり、ダリアが妊娠してからは住み込みの侍女1人を雇うことになった。辺境なので、乳飲み子を抱える乳母は見つからなかったが、住み込みの侍女がいるだけでもダリアは大分助かった。
「貴方がずっと正気を保つことができるようになったから、この子を授かろうと2人で決めたんじゃないですか。もう大丈夫です、自信を持って。貴方はこの子のパパです」
「僕は父親っていう存在がよくわからないんだ。僕の父親が残念ながらああだったから。父親として何を息子にすればいいんだろうか?」
「そんなに気負うことはないんです。私達は親としてマクシミリアンを愛していますよね。それを態度で見せてあげればいいんです」
「…ありがとう、ダリア。僕はこんなにやさしくて美しい妻とかわいい息子がいて本当に果報者だ。あんな無様な姿を晒したというのに…」
「それは言わない約束ですよ、ミハエル。私も幸せをもらっていますから、いいんです」
マクシミリアンを抱いたミハエルとダリアの影が重なった。
それから2週間後、ラウエンブルク公爵家3人は辺境にあるミハエルの屋敷を馬車で出発し、王都へ帰途についた。馬車の中でしばらく無言のままでいた彼らだが、ラウエンブルク公爵夫人が涙ぐみながら口を開いた。
「本当にいろいろありましたけど、今は3人で幸せそうでよかったですね」
「本当だな。今度はオットーに幸せになってもらいたいよ」
「父上、母上、幸せな妹一家を見れてようやく僕もあの事件をふっきれたように思います。私もやっと結婚したいと思えるようになりました。もっとも、30歳近い私ではなかなかいい相手は見つからないかもしれないですけどね」
「いや、伝手を使いまくって令嬢の身上書を集めるよ」
「あら、集めなくてもいまだに釣書は来ているでしょう?」
「でも私の目にかなった令嬢の釣書はなかったよ」
「私の結婚相手が見つからなかったら、ユ…ダリア達に頭下げてマクシミリアンを養子にもらったらどうでしょう?」
「いや、それは陛下が狙っていると思う」
「えっ、陛下はもう生涯独身と決めてますの?」
「うん、まぁ、おそらくな…」
その予想は半分当たっていた。ヴィルヘルムは在位中、独身を通したが、退位してから未亡人と結婚した。詳しくはまた次の話で――
男性でも結婚適齢期をとっくの昔に過ぎたオットーの婚活は、公爵家嫡男という立場でも難航した。今の結婚適齢期の令嬢の親世代は、まだ元公爵令嬢ユリアと元第一王子マクシミリアンの悲劇を忘れていなかった。それでもオットーは苦労の末、愛し愛される結婚相手を見つけられた。でもそれもまた別の話ということで――
後世の歴史書はこう記述する。
『ヴィルヘルム王太子、後のヴィルヘルム4世は在位中独身を通し、3代前の王弟の落胤の曾孫マクシミリアンを養子に迎え、王室典範を改正して王太子にした。マクシミリアン王太子は、直接の血縁がないにもかかわらず、獄死したヴィルヘルム4世の同名の兄によく似ていたという。』
---------------------------------
完結まで読んでいただき、ありがとうございました。
ちょっと紛らわしい書き方をしましたが、ユリアのお兄さんオットーの結婚話を書くかどうかは今のところわかりません。次回作もこの世界の話ですが、別のテーマの予定です。今連載中の小説が2つありますので、少なくとも1つは終わらせてから次回作の連載を始めるつもりではいます。
【追記2023/2/21】最初、ヴィルヘルムは生涯独身だったということにしていたのですが、次のお話の都合上、退位してから結婚したということにしました。そのお相手は…次回作をお楽しみに!
その年、辺境のシュミット家の屋敷は、数年振りに会うラウエンブルク公爵家一同を迎えるためにてんやわんやしていた。
「ミハエル、マクシミリアンをちょっとだっこしていてもらえますか。明日お父様、お母様とお兄様が到着するので、客用寝室の準備をしてきます」
「あぁ、でも侍女に預けたほうがよくないか?僕はいつ正気を失うかわからないから、僕に預けるのは心配だろう?この無力で無垢な存在を壊してしまいそうで怖いよ」
ダリア-かつての名はユリア-とミハエル-かつての名はマクシミリアン-は辺境に移ってから、通いの料理人と下女以外の業務以外、全て自分達でやっていたが、意識の混濁することの多かったミハエルがやれることは多くなく、ダリアの負担は大きかった。2、3年前ぐらいからはミハエルの調子がよくなり、ダリアが妊娠してからは住み込みの侍女1人を雇うことになった。辺境なので、乳飲み子を抱える乳母は見つからなかったが、住み込みの侍女がいるだけでもダリアは大分助かった。
「貴方がずっと正気を保つことができるようになったから、この子を授かろうと2人で決めたんじゃないですか。もう大丈夫です、自信を持って。貴方はこの子のパパです」
「僕は父親っていう存在がよくわからないんだ。僕の父親が残念ながらああだったから。父親として何を息子にすればいいんだろうか?」
「そんなに気負うことはないんです。私達は親としてマクシミリアンを愛していますよね。それを態度で見せてあげればいいんです」
「…ありがとう、ダリア。僕はこんなにやさしくて美しい妻とかわいい息子がいて本当に果報者だ。あんな無様な姿を晒したというのに…」
「それは言わない約束ですよ、ミハエル。私も幸せをもらっていますから、いいんです」
マクシミリアンを抱いたミハエルとダリアの影が重なった。
それから2週間後、ラウエンブルク公爵家3人は辺境にあるミハエルの屋敷を馬車で出発し、王都へ帰途についた。馬車の中でしばらく無言のままでいた彼らだが、ラウエンブルク公爵夫人が涙ぐみながら口を開いた。
「本当にいろいろありましたけど、今は3人で幸せそうでよかったですね」
「本当だな。今度はオットーに幸せになってもらいたいよ」
「父上、母上、幸せな妹一家を見れてようやく僕もあの事件をふっきれたように思います。私もやっと結婚したいと思えるようになりました。もっとも、30歳近い私ではなかなかいい相手は見つからないかもしれないですけどね」
「いや、伝手を使いまくって令嬢の身上書を集めるよ」
「あら、集めなくてもいまだに釣書は来ているでしょう?」
「でも私の目にかなった令嬢の釣書はなかったよ」
「私の結婚相手が見つからなかったら、ユ…ダリア達に頭下げてマクシミリアンを養子にもらったらどうでしょう?」
「いや、それは陛下が狙っていると思う」
「えっ、陛下はもう生涯独身と決めてますの?」
「うん、まぁ、おそらくな…」
その予想は半分当たっていた。ヴィルヘルムは在位中、独身を通したが、退位してから未亡人と結婚した。詳しくはまた次の話で――
男性でも結婚適齢期をとっくの昔に過ぎたオットーの婚活は、公爵家嫡男という立場でも難航した。今の結婚適齢期の令嬢の親世代は、まだ元公爵令嬢ユリアと元第一王子マクシミリアンの悲劇を忘れていなかった。それでもオットーは苦労の末、愛し愛される結婚相手を見つけられた。でもそれもまた別の話ということで――
後世の歴史書はこう記述する。
『ヴィルヘルム王太子、後のヴィルヘルム4世は在位中独身を通し、3代前の王弟の落胤の曾孫マクシミリアンを養子に迎え、王室典範を改正して王太子にした。マクシミリアン王太子は、直接の血縁がないにもかかわらず、獄死したヴィルヘルム4世の同名の兄によく似ていたという。』
---------------------------------
完結まで読んでいただき、ありがとうございました。
ちょっと紛らわしい書き方をしましたが、ユリアのお兄さんオットーの結婚話を書くかどうかは今のところわかりません。次回作もこの世界の話ですが、別のテーマの予定です。今連載中の小説が2つありますので、少なくとも1つは終わらせてから次回作の連載を始めるつもりではいます。
【追記2023/2/21】最初、ヴィルヘルムは生涯独身だったということにしていたのですが、次のお話の都合上、退位してから結婚したということにしました。そのお相手は…次回作をお楽しみに!
0
お気に入りに追加
39
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生令嬢は前世の心中相手に囚われたくない!
田鶴
恋愛
伯爵令嬢アニカには、約100年前のコーブルク公爵家の侍女アンネとしての前世の記憶がある。アンネは、当時の公爵家嫡男ルドルフと恋仲だったが、身分差のため結婚を反対され、ヤンデレ化したルドルフに毒で無理心中させられてしまったのだ。ヤンデレルドルフが転生していたら、やっぱりヤンデレだよね?今世では、そんな男に惚れないし、惚れられない!だから今世ではまともな男性と素敵な恋愛をするぞー!と思ったら、こんな身近にルドルフの転生者らしきヤツが!!ああ、めくるめく恋愛は今世でも成就しないのっ?!
アルファポリス、小説家になろう、ムーンライトノベルズ、カクヨムに掲載している『始まりは偽装デキ婚から』(完結済み)と同じ世界の約100年後の話です。
前作で不幸な死に方をしたアンネとルドルフ(特にアンネ!)を救ってあげたくて今世で幸せになる話を書きました。
前作を読んでいなくても本作品を楽しめるように書いていますが、前作も読んでいただけると本作品をもっと楽しめるかと思いますので、前作も読んでいただけるとうれしいです!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/768272089/741700187
作中の固有名詞は実在のものと無関係です。
*小説家になろうとカクヨムでも投稿しています。
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
新たな婚約者は釣った魚に餌を与え過ぎて窒息死させてくるタイプでした
蓮
恋愛
猛吹雪による災害により、領地が大打撃を受けたせいで傾いているローゼン伯爵家。その長女であるヘレーナは、ローゼン伯爵家及び領地の復興を援助してもらう為に新興貴族であるヴェーデル子爵家のスヴァンテと婚約していた。しかし、スヴァンテはヘレーナを邪険に扱い、彼女の前で堂々と浮気をしている。ローゼン伯爵家は援助してもらう立場なので強く出ることが出来ないのだ。
そんなある日、ヴェーデル子爵家が破産して爵位を返上しなければならない事態が発生した。当然ヘレーナとスヴァンテの婚約も白紙になる。ヘレーナは傾いたローゼン伯爵家がどうなるのか不安になった。しかしヘレーナに新たな縁談が舞い込む。相手は国一番の資産家と言われるアーレンシュトルプ侯爵家の長男のエリオット。彼はヴェーデル子爵家よりも遥かに良い条件を提示し、ヘレーナとの婚約を望んでいるのだ。
ヘレーナはまず、エリオットに会ってみることにした。
エリオットは以前夜会でヘレーナに一目惚れをしていたのである。
エリオットを信じ、婚約したヘレーナ。それ以降、エリオットから溺愛される日が始まるのだが、その溺愛は過剰であった。
果たしてヘレーナはエリオットからの重い溺愛を受け止めることが出来るのか?
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる