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29.今生の別れ
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ユリアが北の塔を去った後、ヴィルヘルムも北の塔にやって来た。
「……母上」
鍵を開けて扉を開けると、息子として愛してほしかったのにその愛を分けてくれなかった『母』が凛として立っていた。王妃には質素すぎる部屋もドレスも、彼女の王妃としての誇りと美しさを損ねていなかった。
「私は貴方の母ではありません」
「……母上っ!」
「さあ、行きなさい。未来の王がそんな顔をしてはいけません。いいですね、貴方の母の名前はディアナ・フォン・シュタインベルクではありません。本当の母の名前は陛下に聞きなさい―――未来の王が罪人の息子ではいけないのよ…」
ディアナが言い終わる前にバタンと扉が閉まってヴィルヘルムが出て行き、彼女の最後の言葉を聞く者は最早誰もいなかった。その部屋で、ディアナは床にへなへなと崩れ落ちた。それがディアナとヴィルヘルムが会った最後の機会となった。
2日後の朝、ディアナは北の塔を発ち、途中で別の牢に監禁されている侍女と合流して離宮へ向かった。
その半年後、ディアナが離宮で病死して侍女が後追い自殺したと王家は発表した。実際には計画通り、2人は辺境にある王家直轄領に秘密裡に移された。
それから更に半年後、マクシミリアンの阿片の禁断症状は治療のかいがあってかなり緩解し、医師の診察をめったに受けられない辺境に移っても何とかなるだろうと思えるほどになっていた。ただ、意識のはっきりしている間、排泄や嘔吐をコントロールできるようになっても、意識の混濁している間はできないので、おむつは外れなかった。
マクシミリアンが翌日辺境に移送されることになり、ヴィルヘルムは1年振りに彼に会いに北の塔に来た。
「兄上、貴方をもう一度『兄』と呼びますが、今日限りです。今生の別れに来ました。でも、もう私が誰かわからないでしょうね」
「……」
痩せ衰えたマクシミリアンは、どろりと濁った目をヴィルヘルムに向けたが、今は意識が混濁しているらしく、誰が来たのかわからないようだった。
「明日、マクシミリアン元王子は死にます。貴方は明日から『ミハエル・シュミット』で私とは赤の他人です。貴方の妻の『ダリア』と一緒に辺境の地でひっそりと生きていってもらいます」
「…ハハハ!ハハハ!…」
何の脈絡もなく笑うマクシミリアンがヴィルヘルムの言葉を理解したのかは疑わしかった。ヴィルヘルムは思わずカッときたが、マクシミリアンの阿片中毒を思い出して怒りを抑えた。
「…お前みたいなクソ廃人にはもったいない女性だよ!」
マクシミリアンは地位も名誉も(もしあったと言えるならば)家族も、健康すらも失った。でもヴィルヘルムがあんなに手に入れたくてもがいても手に入らなかった女性が傍らにいる。廃人になって廃嫡された者には有り余る僥倖だ。ヴィルヘルムはそれだけで悔しくてたまらなくなった。
ヴィルヘルムは最後にやけくそな言葉を廃人となった兄にぶつけて部屋を出て行った。
「……母上」
鍵を開けて扉を開けると、息子として愛してほしかったのにその愛を分けてくれなかった『母』が凛として立っていた。王妃には質素すぎる部屋もドレスも、彼女の王妃としての誇りと美しさを損ねていなかった。
「私は貴方の母ではありません」
「……母上っ!」
「さあ、行きなさい。未来の王がそんな顔をしてはいけません。いいですね、貴方の母の名前はディアナ・フォン・シュタインベルクではありません。本当の母の名前は陛下に聞きなさい―――未来の王が罪人の息子ではいけないのよ…」
ディアナが言い終わる前にバタンと扉が閉まってヴィルヘルムが出て行き、彼女の最後の言葉を聞く者は最早誰もいなかった。その部屋で、ディアナは床にへなへなと崩れ落ちた。それがディアナとヴィルヘルムが会った最後の機会となった。
2日後の朝、ディアナは北の塔を発ち、途中で別の牢に監禁されている侍女と合流して離宮へ向かった。
その半年後、ディアナが離宮で病死して侍女が後追い自殺したと王家は発表した。実際には計画通り、2人は辺境にある王家直轄領に秘密裡に移された。
それから更に半年後、マクシミリアンの阿片の禁断症状は治療のかいがあってかなり緩解し、医師の診察をめったに受けられない辺境に移っても何とかなるだろうと思えるほどになっていた。ただ、意識のはっきりしている間、排泄や嘔吐をコントロールできるようになっても、意識の混濁している間はできないので、おむつは外れなかった。
マクシミリアンが翌日辺境に移送されることになり、ヴィルヘルムは1年振りに彼に会いに北の塔に来た。
「兄上、貴方をもう一度『兄』と呼びますが、今日限りです。今生の別れに来ました。でも、もう私が誰かわからないでしょうね」
「……」
痩せ衰えたマクシミリアンは、どろりと濁った目をヴィルヘルムに向けたが、今は意識が混濁しているらしく、誰が来たのかわからないようだった。
「明日、マクシミリアン元王子は死にます。貴方は明日から『ミハエル・シュミット』で私とは赤の他人です。貴方の妻の『ダリア』と一緒に辺境の地でひっそりと生きていってもらいます」
「…ハハハ!ハハハ!…」
何の脈絡もなく笑うマクシミリアンがヴィルヘルムの言葉を理解したのかは疑わしかった。ヴィルヘルムは思わずカッときたが、マクシミリアンの阿片中毒を思い出して怒りを抑えた。
「…お前みたいなクソ廃人にはもったいない女性だよ!」
マクシミリアンは地位も名誉も(もしあったと言えるならば)家族も、健康すらも失った。でもヴィルヘルムがあんなに手に入れたくてもがいても手に入らなかった女性が傍らにいる。廃人になって廃嫡された者には有り余る僥倖だ。ヴィルヘルムはそれだけで悔しくてたまらなくなった。
ヴィルヘルムは最後にやけくそな言葉を廃人となった兄にぶつけて部屋を出て行った。
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