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7.誘惑
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ユリアの兄オットーは、苦言を呈しにマクシミリアンを訪れることにした。オットーはマクシミリアンの側近だが、最近マクシミリアンは執務を全くと言っていいほどしないので、オットーは彼の執務をヴィルヘルムと協力して代行している。だから先触れなしでもマクシミリアンの私室に行けた。
「マックス、オットーだ。開けてくれ」
しばらく待って両扉が少し開き、微かに淀んだ甘酸っぱい空気が流れ出てきた。両扉の間に立っていたのは、マクシミリアンではなく、昼間にもかかわらず薄い夜着を着たアナだった。
「あら、オットー様。マックスなら、まだ寝てますわ」
「も、もう昼なのにっ?!」
オットーの声は上ずっていた。それも無理はない。アナの夜着の襟ぐりは深くV字カットになっていて大きな胸の谷間が強調されている上、生地が薄すぎて乳房の先端が桃色にうっすら透けているのが見えるのだ。閨の授業以外で女性経験のないオットーは目を白黒させて動揺してしまった。だから、いつもなら婚約者以外の女性がマクシミリアンを愛称で呼ぶのはよくないと注意したのに、見逃してしまった。
「オットー様、私と遊んでいきます? それともマックスと3人で?」
アナはオットーの頬に白い指をつつつっと滑らせた。
「は、は、はしたないですよっ! 昼間からそんな恰好をして婚約者でもない男性を……ゆ、ゆ、誘惑するなどっ!」
オットーはこれ以上ここにいては身の危険を感じると思い、情けなく退散した。
その後、その日のオットーの執務は煩悩と自己嫌悪の繰り返しで全く進まなかった。
それでもオットーは、マクシミリアンに会って行動を正すつもりがあるのか聞きたださないといけない。だが、おそらくアナがまた同じように誘惑して邪魔をしてくるだろう。それに動じない鉄のような意思がオットーにあればいいのだが、彼は情けないことにそんな自信はなかった。
それからあっという間に過ぎた1週間後、オットーは所用で貴族街に来ていた。路上の雑踏の中で、侍従と思われる男性に手をとられながらおぼつかない足取りで歩いている男性がふと目に入った。その男性は、オットーの見たことのない、黒く染めたレンズの付いた眼鏡をかけていた。
その男性が遠くに行ってから、オットーは護衛兼侍従として付いてきていた使用人に聞いてみた。
「さっきの黒い眼鏡をかけた男性を見たか? あの眼鏡はなぜ黒いんだ?」
「ああ、あの方はおそらく目が見えないのですよ。多分、眼球がないか、病気で外見が変わった目を隠すためにかけている眼鏡だと思います」
「……そうか! ひらめいた! これから眼鏡店に行くぞ! どこが1番お勧めの店だ?」
「あいにく、私も家族も眼鏡を使用しませんので、知りません。ですが、家令は眼鏡をかけていますので、帰宅されてから家令に聞かれてはどうでしょうか? そうしたらお屋敷に眼鏡店主を呼んで注文なさることもできます」
オットーは納得して用事を済ませた後にそのまま帰宅し、家令に愛用の眼鏡を買った店を聞いてみた。だが、家令の行きつけの眼鏡店は失明者用の眼鏡は扱ったことはないとのことだった。だが、そこは優秀なラウエンブルク公爵家の家令と執事の見事な協力体制で失明者用の眼鏡も扱う貴族街の眼鏡店をまもなく見つけて屋敷に呼んだ。
「今日は、あらかじめ知らせた通り、黒い眼鏡を注文したいんだ」
「お初にお目にかかります。ブラウン眼鏡店主のゴットリープ・ブラウンでございます。これからもどうかお引き立てのほどよろしくお願いいたします」
「さっそくだけど、持ってきてくれた黒い眼鏡を試したい」
かしこまりましたと店主が言って差し出した眼鏡をオットーはかけてみた。
「うーん、これでは前が全然見えないね」
「何かを見るためにかけるのではなく、目を隠すためにかける眼鏡ですから」
「レンズの色をもう少し薄くすることはできるか? 躓かないように前がうっすらと見えればいい程度でいいんだ」
「かしこまりました。次回うかがう時に濃度を変えたレンズをつけた眼鏡をいくつかお持ちしましょう」
試作品の眼鏡を作るには、どんなに急いでも2ヶ月はかかるということだった。
2ヶ月後にできた眼鏡のうち、1つをかけて室内と中庭を歩いてみたオットーは何気なしに店主ゴットリープに言った。
「中庭の池に太陽が反射してまぶしかったんだけど、この眼鏡をかけたらまぶしくなくなったよ」
優秀な商人であるゴットリープはそれにひらめいてこれを新しい商機にした。翌夏、海辺のバカンスに来た貴族や商人の富裕層が黒い眼鏡をこぞってかけていたが、海に行かないオットーは自分がラウエンブルク家の金庫をもっといっぱいにする機会を逃したことは知らないままだった。
「マックス、オットーだ。開けてくれ」
しばらく待って両扉が少し開き、微かに淀んだ甘酸っぱい空気が流れ出てきた。両扉の間に立っていたのは、マクシミリアンではなく、昼間にもかかわらず薄い夜着を着たアナだった。
「あら、オットー様。マックスなら、まだ寝てますわ」
「も、もう昼なのにっ?!」
オットーの声は上ずっていた。それも無理はない。アナの夜着の襟ぐりは深くV字カットになっていて大きな胸の谷間が強調されている上、生地が薄すぎて乳房の先端が桃色にうっすら透けているのが見えるのだ。閨の授業以外で女性経験のないオットーは目を白黒させて動揺してしまった。だから、いつもなら婚約者以外の女性がマクシミリアンを愛称で呼ぶのはよくないと注意したのに、見逃してしまった。
「オットー様、私と遊んでいきます? それともマックスと3人で?」
アナはオットーの頬に白い指をつつつっと滑らせた。
「は、は、はしたないですよっ! 昼間からそんな恰好をして婚約者でもない男性を……ゆ、ゆ、誘惑するなどっ!」
オットーはこれ以上ここにいては身の危険を感じると思い、情けなく退散した。
その後、その日のオットーの執務は煩悩と自己嫌悪の繰り返しで全く進まなかった。
それでもオットーは、マクシミリアンに会って行動を正すつもりがあるのか聞きたださないといけない。だが、おそらくアナがまた同じように誘惑して邪魔をしてくるだろう。それに動じない鉄のような意思がオットーにあればいいのだが、彼は情けないことにそんな自信はなかった。
それからあっという間に過ぎた1週間後、オットーは所用で貴族街に来ていた。路上の雑踏の中で、侍従と思われる男性に手をとられながらおぼつかない足取りで歩いている男性がふと目に入った。その男性は、オットーの見たことのない、黒く染めたレンズの付いた眼鏡をかけていた。
その男性が遠くに行ってから、オットーは護衛兼侍従として付いてきていた使用人に聞いてみた。
「さっきの黒い眼鏡をかけた男性を見たか? あの眼鏡はなぜ黒いんだ?」
「ああ、あの方はおそらく目が見えないのですよ。多分、眼球がないか、病気で外見が変わった目を隠すためにかけている眼鏡だと思います」
「……そうか! ひらめいた! これから眼鏡店に行くぞ! どこが1番お勧めの店だ?」
「あいにく、私も家族も眼鏡を使用しませんので、知りません。ですが、家令は眼鏡をかけていますので、帰宅されてから家令に聞かれてはどうでしょうか? そうしたらお屋敷に眼鏡店主を呼んで注文なさることもできます」
オットーは納得して用事を済ませた後にそのまま帰宅し、家令に愛用の眼鏡を買った店を聞いてみた。だが、家令の行きつけの眼鏡店は失明者用の眼鏡は扱ったことはないとのことだった。だが、そこは優秀なラウエンブルク公爵家の家令と執事の見事な協力体制で失明者用の眼鏡も扱う貴族街の眼鏡店をまもなく見つけて屋敷に呼んだ。
「今日は、あらかじめ知らせた通り、黒い眼鏡を注文したいんだ」
「お初にお目にかかります。ブラウン眼鏡店主のゴットリープ・ブラウンでございます。これからもどうかお引き立てのほどよろしくお願いいたします」
「さっそくだけど、持ってきてくれた黒い眼鏡を試したい」
かしこまりましたと店主が言って差し出した眼鏡をオットーはかけてみた。
「うーん、これでは前が全然見えないね」
「何かを見るためにかけるのではなく、目を隠すためにかける眼鏡ですから」
「レンズの色をもう少し薄くすることはできるか? 躓かないように前がうっすらと見えればいい程度でいいんだ」
「かしこまりました。次回うかがう時に濃度を変えたレンズをつけた眼鏡をいくつかお持ちしましょう」
試作品の眼鏡を作るには、どんなに急いでも2ヶ月はかかるということだった。
2ヶ月後にできた眼鏡のうち、1つをかけて室内と中庭を歩いてみたオットーは何気なしに店主ゴットリープに言った。
「中庭の池に太陽が反射してまぶしかったんだけど、この眼鏡をかけたらまぶしくなくなったよ」
優秀な商人であるゴットリープはそれにひらめいてこれを新しい商機にした。翌夏、海辺のバカンスに来た貴族や商人の富裕層が黒い眼鏡をこぞってかけていたが、海に行かないオットーは自分がラウエンブルク家の金庫をもっといっぱいにする機会を逃したことは知らないままだった。
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