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45.良心と嫉妬の狭間で
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ヨハンがレオポルティーナ付きになった際、レオポルティーナは彼を専属執事にしたいと義父ロルフに願ったが、『女男の仕事は侍女の真似事で十分』と言われてしまった。かと言って男性のヨハンがレオポルティーナの入浴介助や身支度を手伝う訳にはいかない。ヨハンの仕事は必然的にかなり少なくなってしまい、お茶を淹れたり、宝飾品の管理をしたりするぐらいになってしまった。
小瓶をファビアンから受け取った翌日、ヨハンはいつも通り、レオポルティーナのために台所でお茶の用意をしていた。
辺りをキョロキョロと見回し、誰も周囲にいないと分かると、ポケットから昨日の小瓶を出し、震える手で1滴、ティーポットに入れた。お湯に入れなかったのは、罪悪感からくる本能だったのかもしれない。妊娠して以来、レオポルティーナは紅茶を止め、白湯かハーブティーを飲んでいるが、白湯を飲む事が結構ある。
ヨハンは、お茶のセットをワゴンでレオポルティーナの部屋へ運んだ。当主ロルフが緘口令を敷いたにもかかわらず、ヨハンがフェルディナントと恋人の関係であったゆえにロルフに殴られたと使用人達の間で噂が広まっており、それ以来、彼らのヨハンに向ける視線はとげとげしい。それどころか、悪口が本人に聞こえるのも構わず、堂々と噂話をする事すらある。
「若奥様って本当に慈悲深いわよね。若旦那様とあんな爛れた関係にあった男を信用してお茶を淹れさせるなんて」
「本当よね!」
その日も悪口が聞こえてきたが、ヨハンは無言でワゴンを押し続けた。すぐにレオポルティーナの私室前に着き、扉をノックして返事を聞いた後、部屋に入った。
「奥様、今日は白湯にされますか? それともハーブティーにされますか?」
「今日は胸のむかつきが少ないの。ハーブティーにしてくれる?」
ヨハンはレオポルティーナの返事を聞いてお湯をティーポットに注いだが、緊張して手が震え、お湯がティーポットから少し反れてワゴンにお湯が垂れた。
「ヨハン、調子悪いの? 手が震えてるわ」
「い、いえ……」
ティーポットにお湯を注いでしばらくし、もうそろそろカップにお茶を注がないと出過ぎて濃くなるというのに、ヨハンはティーポットに手を触れようとしなかった。
「ねえ、ヨハン、もうカップに注がないとお茶が出過ぎちゃうわ」
「あっ! も、も、申し訳ありません! い、淹れ替えます!」
「いいわよ、それで」
ヨハンはティーポットの取っ手にノロノロと手を伸ばしたが、ヨハンの手が取っ手から反れてティーポットを倒してしまった。ティーポッドは、ワゴンから落ちてガシャンと大きな音がして割れた。それと同時にワゴンからお茶が床にダラダラと垂れ、絨毯にじわじわと広がっていった。
「あっ! も、申し訳ありません!」
ヨハンは慌ててワゴンの上にある布巾でお茶を拭き取り始めた。
「気にしないで。他の侍女も呼んで片付けを手伝ってもらいましょう」
「奥様、私が全部片づけます!」
「いいから、いいから。絨毯の染み抜きもしてもらわなきゃいけないし」
レオポルティーナは、ヨハンの制止を聞かず呼び鈴を鳴らして他の侍女達を呼んだ。侍女達はレオポルティーナの私室の惨状を見てヨハンをキッと睨み、慌てて掃除用具を取りに出て行った。すると扉の前でフェルディナントと鉢合わせになった。
「あ、旦那様! 急いで掃除用具を取りに行きますので、失礼します」
「ああ、分かった――ティーナ、近くまで来たんだけど、大きな音が聞こえたよ。大丈夫?」
フェルディナントは、ティーポッドの破片を拾うヨハンをちらりと見たが、彼には話しかけず、妻の方へまっすぐ向かった。
「フェル兄様! 大丈夫よ。ヨハンも火傷してないし――ね、ヨハン?」
「あ、はい……」
「破片で手を切らないようにね」
「ありがとうございます……」
フェルディナントは、レオポルティーナの隣に座り、話しかけた。
「気分はどう?」
「今日は調子がいいの」
「そっか。ねえ、またお腹触ってもいい? 自分が父親になるって未だに信じられないんだけど、嬉しいものだね」
「ありがとう、フェル兄様。生まれる前からお父さんに撫でてもらえて赤ちゃんも嬉しいはずよ」
「また『兄様』って言った!」
「ごめんなさい」
「いいよ、ゆっくり慣れていこう」
フェルディナントは妻のお腹をそっと触って撫でた。その様子が目に入り、ヨハンは動揺した。
「い、痛っ!」
「ヨ、ヨハン! 大丈夫?!」
ヨハンは破片で指を切ってしまった。フェルディナントは心配になってソファから尻を浮かしかけたが、監視役の騎士と目が合うと、慌てて仕方なく再び腰を下ろした。フェルディナントの父ロルフは、ヨハンをレオポルティーナ付きにしたが、無条件ではなく、ヨハンがレオポルティーナに直接接する時は監視がいつも付いていた。
小瓶をファビアンから受け取った翌日、ヨハンはいつも通り、レオポルティーナのために台所でお茶の用意をしていた。
辺りをキョロキョロと見回し、誰も周囲にいないと分かると、ポケットから昨日の小瓶を出し、震える手で1滴、ティーポットに入れた。お湯に入れなかったのは、罪悪感からくる本能だったのかもしれない。妊娠して以来、レオポルティーナは紅茶を止め、白湯かハーブティーを飲んでいるが、白湯を飲む事が結構ある。
ヨハンは、お茶のセットをワゴンでレオポルティーナの部屋へ運んだ。当主ロルフが緘口令を敷いたにもかかわらず、ヨハンがフェルディナントと恋人の関係であったゆえにロルフに殴られたと使用人達の間で噂が広まっており、それ以来、彼らのヨハンに向ける視線はとげとげしい。それどころか、悪口が本人に聞こえるのも構わず、堂々と噂話をする事すらある。
「若奥様って本当に慈悲深いわよね。若旦那様とあんな爛れた関係にあった男を信用してお茶を淹れさせるなんて」
「本当よね!」
その日も悪口が聞こえてきたが、ヨハンは無言でワゴンを押し続けた。すぐにレオポルティーナの私室前に着き、扉をノックして返事を聞いた後、部屋に入った。
「奥様、今日は白湯にされますか? それともハーブティーにされますか?」
「今日は胸のむかつきが少ないの。ハーブティーにしてくれる?」
ヨハンはレオポルティーナの返事を聞いてお湯をティーポットに注いだが、緊張して手が震え、お湯がティーポットから少し反れてワゴンにお湯が垂れた。
「ヨハン、調子悪いの? 手が震えてるわ」
「い、いえ……」
ティーポットにお湯を注いでしばらくし、もうそろそろカップにお茶を注がないと出過ぎて濃くなるというのに、ヨハンはティーポットに手を触れようとしなかった。
「ねえ、ヨハン、もうカップに注がないとお茶が出過ぎちゃうわ」
「あっ! も、も、申し訳ありません! い、淹れ替えます!」
「いいわよ、それで」
ヨハンはティーポットの取っ手にノロノロと手を伸ばしたが、ヨハンの手が取っ手から反れてティーポットを倒してしまった。ティーポッドは、ワゴンから落ちてガシャンと大きな音がして割れた。それと同時にワゴンからお茶が床にダラダラと垂れ、絨毯にじわじわと広がっていった。
「あっ! も、申し訳ありません!」
ヨハンは慌ててワゴンの上にある布巾でお茶を拭き取り始めた。
「気にしないで。他の侍女も呼んで片付けを手伝ってもらいましょう」
「奥様、私が全部片づけます!」
「いいから、いいから。絨毯の染み抜きもしてもらわなきゃいけないし」
レオポルティーナは、ヨハンの制止を聞かず呼び鈴を鳴らして他の侍女達を呼んだ。侍女達はレオポルティーナの私室の惨状を見てヨハンをキッと睨み、慌てて掃除用具を取りに出て行った。すると扉の前でフェルディナントと鉢合わせになった。
「あ、旦那様! 急いで掃除用具を取りに行きますので、失礼します」
「ああ、分かった――ティーナ、近くまで来たんだけど、大きな音が聞こえたよ。大丈夫?」
フェルディナントは、ティーポッドの破片を拾うヨハンをちらりと見たが、彼には話しかけず、妻の方へまっすぐ向かった。
「フェル兄様! 大丈夫よ。ヨハンも火傷してないし――ね、ヨハン?」
「あ、はい……」
「破片で手を切らないようにね」
「ありがとうございます……」
フェルディナントは、レオポルティーナの隣に座り、話しかけた。
「気分はどう?」
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「そっか。ねえ、またお腹触ってもいい? 自分が父親になるって未だに信じられないんだけど、嬉しいものだね」
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「ヨ、ヨハン! 大丈夫?!」
ヨハンは破片で指を切ってしまった。フェルディナントは心配になってソファから尻を浮かしかけたが、監視役の騎士と目が合うと、慌てて仕方なく再び腰を下ろした。フェルディナントの父ロルフは、ヨハンをレオポルティーナ付きにしたが、無条件ではなく、ヨハンがレオポルティーナに直接接する時は監視がいつも付いていた。
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