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番外編2 正体不明の男

13.ふいになった毎月の楽しみ

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 コンスタンティンの怪我は順調に回復していった。それにつれてフルス商会でただで世話になっているのを彼は尚更気にしてしまい、何度断られても手伝いを申し出ている。ローズマリーが言う事はいつも同じで、『怪我人に手伝わせる程、うちは困っていない』のだが、コンスタンティンに言わせれば、もう大分動けるのだからできる事はしたい。だから彼はマイケとゲハルトにも何かできる事がないか何度も聞いているが、ローズマリーに言い含められている2人も彼の手伝いの申し出を受ける事はない。特にゲハルトは彼を冷たくあしらっていて、そこにはも多分に含まれているのだが、鈍いコンスタンティンは気が付いていない。

「ゲハルトさん、私でも何か手伝える事はないでしょうか?」
「ないよ。それより荷物まとめておけば?」
「荷物なんてたいしてありませんよ。でも出て行く前に恩返しだけはしておきたいですね」

『出て行く』という言葉は、近くにいたローズマリーにも聞こえてしまった。

「え?! コンスタンティン、出て行くなんて言わないで――ゲハルト、怪我人に出て行けなんて意地悪を言わないでちょうだい」
「い、いや、若奥様、出て行けとは言っていませんよ」
「そう? ならいいけど。私は怪我人を追い出すような非情な人間になりたくないのよ」
「そんな、追い出すなんて滅相もありません」
「そうよね。分かったならいいのよ。ギスギスした職場は嫌だから、皆仲良くお願いね」

 ローズマリーが立ち去ると、ゲハルトは小さく舌打ちし、こっそりコンスタンティンを睨んで独り言を呟いた。

「アイツは職場の仲間じゃねえよ」

 そして翌週、毎月恒例の出張業務に出掛ける予定の日になった。出張では、商会のある町よりも大きな隣町で商品を仕入れたり、ローズマリー達の個人的な買い物もしたりする。少ないながらもフルス商会の顧客もおり、別ルートで仕入れた品物を届ける事もある。先月は、その出張帰りに大怪我をしたコンスタンティンが見つかった。

 日帰りではあるが、ローズマリーと2人きりになれるので、ゲハルトは毎月心待ちにしている。ところが運命はゲハルトに残酷であった。なんと酷い風邪をひいてしまったのである。

「ゲハルト、昨日も言ったのにどうして来たの? 早く家に帰って養生しなさい」
「でも……ゲホゲホ……若奥様、俺が……行かないと……ゲホゲホ」
「ほら、咳が出るんだから無理に話さないで。出張は心配しないで大丈夫よ。コンスタンティンがついてきてくれるから」

 コンスタンティンがまだ杖を使って歩いていて重い商品積み込みをできないとしても、男性が同行していると見せかける意味はある。ローズマリーの婚約者とその両親が行方不明になった後、若い女性のローズマリーだけで仕入れに行くと、仕入れ先で約束の値段より吹っ掛けられたり、幾度も街中で財布をすられそうになったりした。最近は道中の治安も少し悪化しているから、ローズマリーは男装して仕入れに行っているが、少年にしか見えないから、大人の男性が同行する方が尚更安心である。

「でもアイツの……ゲホゲホ……脚のけ……ゲホゲホ……怪我は……?」
「仕入れ先でゲホゲホやられるよりも、怪我していたってコンスタンティンの方がましよ。今回はそんなに重たい品物はないから、大丈夫。それより『アイツ』なんて呼ばないでちょうだいね。彼にはコンスタンティンって名前があるのよ」

 ゲハルトは、『コンスタンティンの方がまし』という想い人の言葉に呆然となり、固まってしまった。前日、出張に同行せずに療養するようにとローズマリーはゲハルトに言い含めたのだが、それでも出勤してきたゲハルトに少々苛ついてしまい、彼女としてはきつめの言葉をかけてしまった。でもゲハルトの変な様子を見て、彼なりに役に立とうとしてくれているのに言い過ぎだったとすぐに後悔した。

「ゲハルト、貴方にはいつも助けてもらって本当に感謝してるの。でも貴方の健康を犠牲にしてまで働かせる程、私は鬼じゃないつもりよ。治るまでゆっくり休んで……え?! ゲハルト! ゲハルト! 大丈夫?!」

 ゲハルトは緊張の糸が切れて体調の悪さが一気に襲い掛かってきて立っていられなくなり、床に蹲《うずくま》った。

「マイケ、大変! ゲハルトが! 店を一旦閉めて来てくれる?」

 ローズマリーは店に出ているマイケに声をかけた。まだ朝も早く、客は誰も来ていなかったので、マイケは張り紙をしてすぐにバックヤードに来た。

「ゲハルト、あんた、何してんのよ。若奥様に迷惑かけちゃって」

 マイケの言葉は辛辣だが、真実をついてた。でもゲハルトは熱で頭がぼうっとしていてそんな事を考えられる余裕すら最早なかった。

「マイケ、今のゲハルトにそんな事を言っちゃ駄目よ。熱で朦朧《もうろう》としてるのに可哀そうよ」
「まあ、それはそうですけど……自業自得ですよね」
「え? 何か言った?」
「いえ、何も! あ、コンスタンティン、おはよう!」

 ちょうど朝食を食べ終わったコンスタンティンが、バックヤードの休憩室に向かって戻ってきた。彼は、杖で歩けるようになって台所の食卓で食事するようになっていた。

「皆さん、おはようございます。ゲハルトさんは、具合が悪くてもやっぱり今日も来てしまったんですね。どこかに寝かせなくちゃ駄目ですね。運ぶの、手伝いますよ」
「大丈夫よ、怪我人に手伝ってもらうわけにはいかないわ。だけど、2階まで持ち上げられないから、休憩室を使わせてもらっても大丈夫?」
「もちろんです。元々、持ち物はほとんどありませんし、今日は若奥様の出張に同行して部屋は使いませんから」
「ごめんなさいね。今日はゲハルトにこのまま泊まってもらおうと思うから、出張から帰ってきたら2階の客室に案内するわね。まだその脚じゃ2階に行くのは大変でしょうけど、今晩だけだから我慢してもらえる?」
「ええ、私はどこでも寝られます」
「荷物は今、2階に持って行く?」
「いえ、大した物がある訳ではないですから、そのままでいいですよ。帰ってきたら、着替えだけ取りに行かせてもらいます」

 そう受け答えしている間にも、コンスタンティンはゲハルトを抱き起こし、自分の左肩の上に彼の右腕を乗せて身体を支えていた。だがコンスタンティンは、まだ杖をつかないと上手く歩けない上に、本人も覚えていない古傷のせいなのか左脚も引きずっている。いくら彼が大柄でゲハルトが中肉中背の体格差があり、骨折した右脚を庇って身体の左側でゲハルトを支えていても、それは辛そうに見えた。

「ああっ、コンスタンティン! 駄目よ。私が支えるから無理しないで」

 そう言ってローズマリーは、ゲハルトの左腕を肩に乗せたが、コンスタンティンがゲハルトの身体を自分の方に引っ張って支えたので、彼女の肩にゲハルトの体重はほとんどかからなかった。仮にそうなったとしたら、小柄なローズマリーでは彼の体重を支えきれなかっただろう。それでもローズマリーにはまだ十分に重く辛い体勢であった。
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