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本編
5.馬車事故
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怪しい男女の連れ込み宿の密会から数日後、マリオンは孤児院を慰問するために外出した。通常、侍女1人を馬車に同乗させ、護衛騎士2人が騎乗で付いてくる。この日、ルチアは非番で別の侍女が付いてくる。クラウスも付いてきたがったが、婿入りの予定でマリオンの父に付いて業務見習い中であり、未来の義父に同行する領地視察の予定をずらせなかった。
孤児院に寄付するパンなどの食品と子供達に配るお菓子や古着をそれぞれの座席の横や座席下に積んでマリオン達は出発した。現金の寄付は毎月、公爵家から送られているので、マリオンは定期的に孤児院を慰問し、現物を寄付している。
孤児院の慰問や市井に視察しに行く時の馬車は家紋入りの立派な黒塗りの馬車ではない。辻馬車のように家紋を付けず、一見質素に見え、目立たないようにしている。その馬車にマリオンと侍女が乗り込み、御者台に公爵家の御者が座って出発した。馬車の両側にはそれぞれ騎乗の護衛騎士が付く。
王都では、王宮を中心に近い方から上位貴族の屋敷、中・下位貴族の屋敷、貴族向けの商店街が同心円状に位置している。貴族街と平民街を隔てる門を抜けると、平民の住宅と商店が混在している。貴族は平民街へフリーパスで入れるが、平民は就労や商売の許可証がないと貴族街に入れない。平民街に入って王都の外壁に近づくにつれて段々住居が小さく、道幅も狭くなっていき、道によっては舗装されていない。外壁の門を抜けると、しばらくは貧しい平民の簡素な住居が続き、徐々に道が狭く汚くなってきてバラック小屋の立ち並ぶ貧民街に至る。
王都でマリオンの公爵家の支援する孤児院は、王都の城壁内でも、外壁近くに位置する。元は修道院だったのがマリオンの祖父の代に公爵家の支援で孤児院に改装された。
マリオンの馬車はしばらく敷地の広い上位貴族の豪邸の間を走り、中・下位貴族の住宅街に入った。道はまだ舗装されていて轍も深くなく、乗り心地は悪くない。
「ルチアが休みとるなんて珍しいわね」
マリオンは侍女に話しかけた。
「デートではないでしょうか」
「え?!ルチアって付き合っている人いるの?!」
「さぁ、私にはわかりかねます」
ルチアのように平民女性は仕事を持って家族を養わなくてはならないことも多く、貴族女性よりも婚姻年齢が高い。だがルチアは16歳のマリオンより4歳年上だから恋人どころか結婚していてもおかしくない。
マリオンは侍女にもっと聞こうと色々話しかけたが、一言二言で話が終わってしまう。マリオンは、どうにもこの侍女とは相性がよくないように思えた。
馬車が一旦停まって貴族街と平民街の間の門を抜けた。途端に轍が深くなって馬車が時々がたつく。座席から転げ落ちないようにマリオンと侍女は天井に付いている取っ手をしっかり握る。
馬車は無舗装の道に入ってますます揺れが酷くなった。突然馬がいななき、馬車のスピードが上がった。無舗装の道では逆にゆっくり走らなければならないので、御者は必死に馬をなだめる。だが、2頭のうちの1頭が口から泡を吹いて馬車を無理矢理引っ張り、それに引きずられてもう1頭も興奮して御者にもどうにもできない。車輪がギーギーと嫌な音を立て限界が近いことを知らせる。いくら辻馬車風にしていても公爵家の馬車だ。本来、このぐらいの無理で車輪が壊れることはない。だが、ガタガタ揺れながら猛速度で走る馬車の中で恐怖に怯えるマリオンと侍女はそんなことを思いつく余裕はない。
窓をガンガンと叩く音がしてマリオンは必死に窓を開けた。馬車に並走する護衛騎士の1人、カールが必死にマリオンに話しかける。
「マリオン様!このままいけばこの道は行き止まりで馬車は壁に激突します。だから私が合図を出したら、ドアを開けて私の馬に飛び乗って下さい!」
「怖い!そんなことできない!それに侍女と御者はどうなるの?!」
「お嬢様は私が受け止めるから信じて下さい!侍女は他の護衛騎士が受け止めます!御者は草地に飛び降りてもらいます」
「できない!できないわ!」
「お嬢様!前方、道の脇に植え込みが見えます。そのすぐ手前で私に飛びついて下さい!侍女も同時に反対側の騎士に!御者も馬を避けて飛び降りろ!」
マリオンが窓から前方を覗くと、カールの言う通り、家が途切れている所で道の両側に植え込みが見え、ぐんぐん近づいてきた。
マリオンは扉を開けて取っ手を握りしめた。そうしないと扉が吹っ飛んでいきそうだ。侍女も反対側の扉を開けた。2人同時に馬上の騎士めがけて馬車から飛び降りた。
「キャアッ!」
「ぐぅっ!うわっ!」
侍女に飛びつかれた騎士は勢いづいて落馬し、2人とも全身を強打して失神した。
マリオンに飛びつかれたカールはふらっとしながらもなんとか体勢を持ち直そうとしたが、カールの馬の目の前の植え込みに御者が飛び降りて来た。急に目の前に降ってきた異物にカールの馬は驚いて後脚で立ち馬の状態になり、カールは姿勢を保てなくなった。
「くそっ!」
カールはマリオンを抱きかかえながら落馬し、2人とも気を失った。
孤児院に寄付するパンなどの食品と子供達に配るお菓子や古着をそれぞれの座席の横や座席下に積んでマリオン達は出発した。現金の寄付は毎月、公爵家から送られているので、マリオンは定期的に孤児院を慰問し、現物を寄付している。
孤児院の慰問や市井に視察しに行く時の馬車は家紋入りの立派な黒塗りの馬車ではない。辻馬車のように家紋を付けず、一見質素に見え、目立たないようにしている。その馬車にマリオンと侍女が乗り込み、御者台に公爵家の御者が座って出発した。馬車の両側にはそれぞれ騎乗の護衛騎士が付く。
王都では、王宮を中心に近い方から上位貴族の屋敷、中・下位貴族の屋敷、貴族向けの商店街が同心円状に位置している。貴族街と平民街を隔てる門を抜けると、平民の住宅と商店が混在している。貴族は平民街へフリーパスで入れるが、平民は就労や商売の許可証がないと貴族街に入れない。平民街に入って王都の外壁に近づくにつれて段々住居が小さく、道幅も狭くなっていき、道によっては舗装されていない。外壁の門を抜けると、しばらくは貧しい平民の簡素な住居が続き、徐々に道が狭く汚くなってきてバラック小屋の立ち並ぶ貧民街に至る。
王都でマリオンの公爵家の支援する孤児院は、王都の城壁内でも、外壁近くに位置する。元は修道院だったのがマリオンの祖父の代に公爵家の支援で孤児院に改装された。
マリオンの馬車はしばらく敷地の広い上位貴族の豪邸の間を走り、中・下位貴族の住宅街に入った。道はまだ舗装されていて轍も深くなく、乗り心地は悪くない。
「ルチアが休みとるなんて珍しいわね」
マリオンは侍女に話しかけた。
「デートではないでしょうか」
「え?!ルチアって付き合っている人いるの?!」
「さぁ、私にはわかりかねます」
ルチアのように平民女性は仕事を持って家族を養わなくてはならないことも多く、貴族女性よりも婚姻年齢が高い。だがルチアは16歳のマリオンより4歳年上だから恋人どころか結婚していてもおかしくない。
マリオンは侍女にもっと聞こうと色々話しかけたが、一言二言で話が終わってしまう。マリオンは、どうにもこの侍女とは相性がよくないように思えた。
馬車が一旦停まって貴族街と平民街の間の門を抜けた。途端に轍が深くなって馬車が時々がたつく。座席から転げ落ちないようにマリオンと侍女は天井に付いている取っ手をしっかり握る。
馬車は無舗装の道に入ってますます揺れが酷くなった。突然馬がいななき、馬車のスピードが上がった。無舗装の道では逆にゆっくり走らなければならないので、御者は必死に馬をなだめる。だが、2頭のうちの1頭が口から泡を吹いて馬車を無理矢理引っ張り、それに引きずられてもう1頭も興奮して御者にもどうにもできない。車輪がギーギーと嫌な音を立て限界が近いことを知らせる。いくら辻馬車風にしていても公爵家の馬車だ。本来、このぐらいの無理で車輪が壊れることはない。だが、ガタガタ揺れながら猛速度で走る馬車の中で恐怖に怯えるマリオンと侍女はそんなことを思いつく余裕はない。
窓をガンガンと叩く音がしてマリオンは必死に窓を開けた。馬車に並走する護衛騎士の1人、カールが必死にマリオンに話しかける。
「マリオン様!このままいけばこの道は行き止まりで馬車は壁に激突します。だから私が合図を出したら、ドアを開けて私の馬に飛び乗って下さい!」
「怖い!そんなことできない!それに侍女と御者はどうなるの?!」
「お嬢様は私が受け止めるから信じて下さい!侍女は他の護衛騎士が受け止めます!御者は草地に飛び降りてもらいます」
「できない!できないわ!」
「お嬢様!前方、道の脇に植え込みが見えます。そのすぐ手前で私に飛びついて下さい!侍女も同時に反対側の騎士に!御者も馬を避けて飛び降りろ!」
マリオンが窓から前方を覗くと、カールの言う通り、家が途切れている所で道の両側に植え込みが見え、ぐんぐん近づいてきた。
マリオンは扉を開けて取っ手を握りしめた。そうしないと扉が吹っ飛んでいきそうだ。侍女も反対側の扉を開けた。2人同時に馬上の騎士めがけて馬車から飛び降りた。
「キャアッ!」
「ぐぅっ!うわっ!」
侍女に飛びつかれた騎士は勢いづいて落馬し、2人とも全身を強打して失神した。
マリオンに飛びつかれたカールはふらっとしながらもなんとか体勢を持ち直そうとしたが、カールの馬の目の前の植え込みに御者が飛び降りて来た。急に目の前に降ってきた異物にカールの馬は驚いて後脚で立ち馬の状態になり、カールは姿勢を保てなくなった。
「くそっ!」
カールはマリオンを抱きかかえながら落馬し、2人とも気を失った。
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