85 / 88
訪問者4
しおりを挟む
「これはなにごとだ!?」
遠くから慌ただしい足音とともに父が駆けつけてくる。隣には母もいる。
どうやら会合から戻ってきたようだ。
「フィリエル殿下に……お前はランザス・ロージア!? なぜここにいる!?」
「旦那様、自分が説明します。実は……」
父に使用人がことの次第を報告する。
「な、ナイフで脅迫だと? レイナ、大丈夫か? 怪我はしていないか」
「どこか痛いところはない?」
駆け寄って心配してくれる両親に私は言った。
「だ、大丈夫です。フィリエル殿下が助けてくれましたから」
「そうか……フィリエル殿下、このたびは娘を助けていただき誠に感謝いたします。本当に……本当にありがとうございます」
父に頭を下げられて、フィリエル殿下は首を横に振った。
「いえ……もう少し早く来られればよかったのですが。とにかく、その者を拘束しないと」
「そうですね。私にお任せを。――おい、ランザス・ロージア。よくも娘をかどわかそうとしてくれたな。今から貴様を衛兵の詰め所に連れていく。その後は王都に送還してやろう。借金取りが貴様を探していると聞いているからな」
「い、嫌だ。許してくれ」
「許すわけがないだろう。せいぜい自分の浅はかさを後悔するんだな」
うずくまっていたランザスの首根っこを掴み、父がその場からランザスを引きずっていく。
「私も主人に付き添います。レイナは……フィリエル様、一緒にいてやっていただけますか?」
「もちろんです」
母の言葉にフィリエル殿下が頷く。
「嫌だ! 助けてくれ! レイナ! レイナあああああああ……」
ランザスは最後まで私の名前を叫んでいたけれど、私はもうなんの感慨もわかなかった。
哀れとも思わない。もうどうでもいい。
ただ、彼は自分のやったことと向き合う必要があるだろう。
父がランザスを引きずっていき、母もそれに同行する。状況説明のために使用人もついていってしまう。
必然的に、その場には私とフィリエル殿下が残されることになる。
フィリエル殿下は改めて私のほうを見た。
「レイナ、本当に怪我はない?」
「大丈夫です」
「本当の本当に?」
「少し喉に圧迫感があるような気がしますけど……大したことありません」
ランザスに乱暴に扱われたせいで、多少体に違和感もある。
けれど怪我はなさそうだ。
不意に、フィリエル殿下が私をぎゅっと抱きしめた。
……え!? な、なんで?
驚いて私は硬直してしまう。
「……すまない。僕がもっと早く駆け付けていれば」
そっとフィリエル殿下が私の首筋に触れる。
すると私の体から力が抜けていくのが自分でわかった。
ああ……どうやら私は本当は怖かったらしい。
しばらくフィリエル殿下の体温を受け入れてから、私は改めて言った。
「フィリエル殿下が謝ることなんてありません。……言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございます。私だけでは、どうしようもありませんでしたから」
改めて思うと危ない状況だった。
まさかランザスが誘拐なんて手段に出るとは、さすがに想定外だった。
「それに……ランザスから私を庇ってくれたフィリエル殿下は、とても格好良かったですよ。だから申し訳なさそうにしないでください」
感謝の意味を込めて、ぎゅっ、とフィリエル殿下の体を抱きしめ返す。
「……っ」
「ふぃ、フィリエル殿下。どうして力を強めるんですか」
「いや……ちょっと、顔を見られたくなくて」
「はあ……?」
困惑する私だったけれど、ふと気付く。
さっきより強い力で抱きしめられたせいで、お互いの胸が触れ合う。
すると、ドキドキという心音がフィリエル殿下のほうから伝わってくる。
緊張しているみたいに。
……なんで?
わからないけど、なんだかこちらまでドキドキしてくる。
というか冷静に考えて、フィリエル殿下に抱きしめられているんですが私! 意識したら急に顔が熱くなってきた。
「その、フィリエル殿下。そろそろ……し、しんどくなってきましたので」
「あ、ああ、すまない。力が入り過ぎたね」
「そういうことではないんですが……」
このままでは本当に心臓がもたない。
フィリエル殿下はようやく抱擁を解いた。心臓は落ち着いていくけど、なんだか名残惜しく感じてしまう。
こ、このままではいけない。
なんだかわからないけど色々と自分を見失ってしまいそうだ。
「そ、それにしても、フィリエル殿下はどうしてここに? ランザスの行き先を突き止めていたんですか?」
「半分は勘だけどね」
「そうですか」
「それに……一応、レイナに別の用事もあったんだ」
「私の用事ですか?」
「うん。まあ、こっちについてはミドルダム卿が戻ってからのほうがいいだろうね。ご両親にも関わる内容だから」
そう言ってフィリエル殿下は懐からなにかの書状のようなものを取り出した。
……一体どんな内容のものなんだろう?
気にはなるけど、フィリエル殿下が『両親が戻ってから』と言うなら従うことにしよう。
遠くから慌ただしい足音とともに父が駆けつけてくる。隣には母もいる。
どうやら会合から戻ってきたようだ。
「フィリエル殿下に……お前はランザス・ロージア!? なぜここにいる!?」
「旦那様、自分が説明します。実は……」
父に使用人がことの次第を報告する。
「な、ナイフで脅迫だと? レイナ、大丈夫か? 怪我はしていないか」
「どこか痛いところはない?」
駆け寄って心配してくれる両親に私は言った。
「だ、大丈夫です。フィリエル殿下が助けてくれましたから」
「そうか……フィリエル殿下、このたびは娘を助けていただき誠に感謝いたします。本当に……本当にありがとうございます」
父に頭を下げられて、フィリエル殿下は首を横に振った。
「いえ……もう少し早く来られればよかったのですが。とにかく、その者を拘束しないと」
「そうですね。私にお任せを。――おい、ランザス・ロージア。よくも娘をかどわかそうとしてくれたな。今から貴様を衛兵の詰め所に連れていく。その後は王都に送還してやろう。借金取りが貴様を探していると聞いているからな」
「い、嫌だ。許してくれ」
「許すわけがないだろう。せいぜい自分の浅はかさを後悔するんだな」
うずくまっていたランザスの首根っこを掴み、父がその場からランザスを引きずっていく。
「私も主人に付き添います。レイナは……フィリエル様、一緒にいてやっていただけますか?」
「もちろんです」
母の言葉にフィリエル殿下が頷く。
「嫌だ! 助けてくれ! レイナ! レイナあああああああ……」
ランザスは最後まで私の名前を叫んでいたけれど、私はもうなんの感慨もわかなかった。
哀れとも思わない。もうどうでもいい。
ただ、彼は自分のやったことと向き合う必要があるだろう。
父がランザスを引きずっていき、母もそれに同行する。状況説明のために使用人もついていってしまう。
必然的に、その場には私とフィリエル殿下が残されることになる。
フィリエル殿下は改めて私のほうを見た。
「レイナ、本当に怪我はない?」
「大丈夫です」
「本当の本当に?」
「少し喉に圧迫感があるような気がしますけど……大したことありません」
ランザスに乱暴に扱われたせいで、多少体に違和感もある。
けれど怪我はなさそうだ。
不意に、フィリエル殿下が私をぎゅっと抱きしめた。
……え!? な、なんで?
驚いて私は硬直してしまう。
「……すまない。僕がもっと早く駆け付けていれば」
そっとフィリエル殿下が私の首筋に触れる。
すると私の体から力が抜けていくのが自分でわかった。
ああ……どうやら私は本当は怖かったらしい。
しばらくフィリエル殿下の体温を受け入れてから、私は改めて言った。
「フィリエル殿下が謝ることなんてありません。……言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございます。私だけでは、どうしようもありませんでしたから」
改めて思うと危ない状況だった。
まさかランザスが誘拐なんて手段に出るとは、さすがに想定外だった。
「それに……ランザスから私を庇ってくれたフィリエル殿下は、とても格好良かったですよ。だから申し訳なさそうにしないでください」
感謝の意味を込めて、ぎゅっ、とフィリエル殿下の体を抱きしめ返す。
「……っ」
「ふぃ、フィリエル殿下。どうして力を強めるんですか」
「いや……ちょっと、顔を見られたくなくて」
「はあ……?」
困惑する私だったけれど、ふと気付く。
さっきより強い力で抱きしめられたせいで、お互いの胸が触れ合う。
すると、ドキドキという心音がフィリエル殿下のほうから伝わってくる。
緊張しているみたいに。
……なんで?
わからないけど、なんだかこちらまでドキドキしてくる。
というか冷静に考えて、フィリエル殿下に抱きしめられているんですが私! 意識したら急に顔が熱くなってきた。
「その、フィリエル殿下。そろそろ……し、しんどくなってきましたので」
「あ、ああ、すまない。力が入り過ぎたね」
「そういうことではないんですが……」
このままでは本当に心臓がもたない。
フィリエル殿下はようやく抱擁を解いた。心臓は落ち着いていくけど、なんだか名残惜しく感じてしまう。
こ、このままではいけない。
なんだかわからないけど色々と自分を見失ってしまいそうだ。
「そ、それにしても、フィリエル殿下はどうしてここに? ランザスの行き先を突き止めていたんですか?」
「半分は勘だけどね」
「そうですか」
「それに……一応、レイナに別の用事もあったんだ」
「私の用事ですか?」
「うん。まあ、こっちについてはミドルダム卿が戻ってからのほうがいいだろうね。ご両親にも関わる内容だから」
そう言ってフィリエル殿下は懐からなにかの書状のようなものを取り出した。
……一体どんな内容のものなんだろう?
気にはなるけど、フィリエル殿下が『両親が戻ってから』と言うなら従うことにしよう。
15
お気に入りに追加
5,375
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?
ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。
レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。
アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。
ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。
そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。
上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。
「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました
LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。
その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。
しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。
追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる…
※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

婚約破棄?とっくにしてますけど笑
蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。
さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?
サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。
「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」
リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる