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ランザス・ロージア

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「ひぎぃい!」
「はっ、雑魚が! 親に頼るしかねえザコが俺に盾突いてくんじゃねえよ!」

 俺の名前はランザス・ロージア。

 子供の頃の俺は敵なしだった。

 家格こそ子爵だが、俺は喧嘩が得意だったから、生意気な態度をとった坊ちゃんたちは裏でボコボコにして言うことを聞かせてやった。

 権力を盾に偉そうにしているやつが泣きながら許しを乞うてくるのは最高だった。

 自分を中心に世界は回っていると思っていた。

 しかしそんな俺の所業は広まり、いつしかロージア家の放蕩息子と呼ばれるようになった。

 イライラした。

 噂話を流して評判を下げようなんて、なんて汚いやり方だ。

 男なら正々堂々戦いを挑んで来いってんだ。

 評判が下がったせいで婚約者もなかなか見つからなかった。
 何度も見合いを繰り返しては破談になる。

 くそっ、ムカつくぜ。

 なんでこんなに思い通りにいかないんだ。


 そんな生活にうんざりしていたころ――学院でその女に出会った。


「君はやはり素晴らしい逸材だよ。今の十倍の領地を管理させたいくらいだ」
「駄目よフィリエル、レイナは私がもらうわ。私の秘書としてファルジオン領の仕事をするの」
「あ、あの……二人は私のことを買いかぶりすぎかと……」

 レイナ・ミドルダム。
 男爵令嬢のくせに学院の頂点、フィリエル殿下とミリネア様に目をかけられている女だ。

 なんであんなやつが認められる?

 俺はこんなに周りに馬鹿にされているのに。

 俺はそれを見て、ふといいことを思いついた。

 ――あの女を屈服させてやりたい。

 生意気にも俺より人に認められているあの女の人生を滅茶苦茶にしてやりたい。
 そうすれば少しは気分もスッとするだろう。
 そう思った俺は両親に頼み、レイナ・ミドルダムとの縁談を進めた。

 ミドルダム家は最初渋っていたが、将来有望なロージア家に嫁げるならと、レイナ本人の希望もあって婚約は成立することになったのだった。


 婚約が決まってからは本当に楽しかった。


「掃除一つできないのか? このクズが!」
「お前みたいなやつが婚約者だなんて一生の汚点だ!」
「何度言ったら理解できるんだ、愚図め!」

 俺が罵声を飛ばすたび、レイナは泣きそうな顔になりながら謝罪した。

 それが気持ちよかった。

 フィリエル殿下やミリネア様に認められるようなやつを、奴隷のように扱う快感。

 俺はこいつより上なんだ。

 そう思うことで俺の自尊心は満たされた。

 ……しかしそれもだんだん飽きてくる。

 レイナはいつしか心を閉ざすようになっていった。

 反応もだんだん鈍くなり、虐めがいがなくなっていく。

 これではつまらない。

 婚約者の女なんて、俺を楽しませるだけが存在価値なのに。

 そんなことを思っていると、あれは確か俺の誕生日パーティーの日だったか……レイナが逃げ出した。

 別に俺はなんとも思わなかった。
 もうレイナをいたぶって遊ぶのにも飽きてたところだしな。

 しかしこの時の俺は気付いていなかった。

 レイナの存在がいかにロージア領にとって大きかったのかを。




「……ヌマドが、捕まった? なぜ?」

 屋敷のリビングで、衛兵からもたらされた言葉に父が呟いた。

 ヌマド、ってのはうちの家令だ。
 長年ロージア家に仕えていて、ロージア領の業務全般を取り仕切っている。

 衛兵は言った。

「今年の長雨は覚えていますね?」
「もちろんだ。そのせいでうちの領地は作物が駄目になり、税収が減った。ヌマドには、そのぶんを取り戻すように命じていた……なのになぜ彼が捕まるなどという話になるのだ!?」
「それが原因でしょうね」
「なんだと!?」
「ヌマドは商品に『混ぜ物』をしました。それによってかさを増やし、利益を出そうとしたんです」

 どうやらヌマドは損失を取り戻すため、ロージア領から出荷される商品に細工をしていたらしい。

「し、しかしそれは捕まるというほどのことでは……」
「問題なのは、その混ぜ物が人体に有害だったことです。……ロージア領から出荷された貴族向けの香水に、有害物質が混ざる。それがどういうことかわかるでしょう?」

 父の表情がさっと青ざめる。

 いくらなんでもそれはまずい。

 うちの領地で作ったものによって、貴族が病気になったりしたら一大事だ。

「今はうちの部下に命じて、香水の回収を行っています。その費用はもちろん、ヌマドの雇い主であるあなたに払っていただきます。もちろん応じていただけますね?」
「……わかっ、た」

 うちは以前、ニルド卿の差し押さえによって金目のものをあらかた持っていかれている。

 貯金もない。

 しかし衛兵の要求を断る権利は、当然なかった。
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