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イザベラ・ロージア3
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グローリアフラワーの栽培は順調に進んでいた。
半月ほどで畑は整備された。
次は工房ができて、そこでは調合の準備もされていた。
まだグローリアフラワーは育っていないけれど、収穫できればすぐに薬にできるようにということだった。
「いやあ~、イザベラ様! ようこそいらっしゃいました! この通りグローリアフラワーを使った事業は順調に進んでいます!」
ワロイス商会長のバハドが大喜びでそんな報告をしてくる。
「それはよかったです。私が投資した分も必ず返してくださいね?」
「もちろんですよ! いやあ、確か大きな宝石を売って私どもの事業に投資するお金を作ってくださったとか? アランから聞いていますよ」
「その通りです」
「たいへん助かります! 必ずやご期待に応えてみせましょう!」
どうやら本当にうまくいっているようで、バハドは終始ご機嫌だった。
「……バハドの頭。取引先の連中が来ましたぜ」
「おう、そうか。それじゃあイザベラ様、俺はここらで」
「ええ、仕事を頑張ってくださいね」
ただ……少し気になることがある。
たとえば今バハドを呼びに来た彼の部下。
なんだかいかつくて、いかにも裏社会の人間という雰囲気だった。しかも彼らが言う『取引先』も似たような雰囲気の人間ばかり。
まさか彼らは悪人なのかしら?
……いえ、そんなはずがないわ。
だって彼らはアランの友人なんだもの。誠実なアランの友人が悪人であるはずがない。
「イザベラ・ロージア様ですね?」
私が工房の隅で考え事をしていると、ワロイス商会の人間の一人が話しかけてきた。
「その通りですが、あなたは?」
「名乗るほどのものではありません。バハド様の部下の一人だと思ってもらえれば」
話しかけてきた人物だけど……普通の顔ね。
なんだか印象に残りづらいわ。
このぶんだとこの部屋を出た数分後には忘れていそうな、そんな人物だ。
「そうですか。それでバハドさんの部下が私に何か用ですか?」
「忠告しますが……あなたはこの件から手を引いたほうがよろしいかと」
「なんですって?」
意味がわからない。
どうして私がこの事業から手を引かないといけないのかしら?
「これはあくまで善意からの言葉です。あなたのような人間が関わるべきとは思えません」
「あなたにそのようなことを言われる筋合いはないわ」
「本当にその意思は変わりませんか?」
「当たり前でしょう! 私がどれだけこの事業に期待していると思ってるの!?」
こんな影の薄い男に一体私のなにがわかるのか!
貴族の妻には金が必要だ。
お金をかけて服を買い、化粧をし、茶会を整えて……!
私たちはお金を使うのが仕事だ。
今は家の借金のせいで少し貧乏だけど、それも次の税収が入って来ればなんとでもなるはずだ。ロージア領は豊かな土地であり、今年はたまたま気候のせいで税収が少なかったけれど、来年はもっともっと増えるはず。
そうなったら交際費なんていくらあっても足りない。
「それに私には真実の愛の相手がいるのです。その相手と会うにはお金が必要なのです」
もちろん真実の愛の相手というのはアランのことだ。
バハドの部下は淡々と聞いてきた。
「……真実の愛の相手? イザベラ様にはドブルス子爵様がいらっしゃるのでは?」
「ふん、余計な口出しをされる義理はないわ」
「それに真実の愛の相手であれば、会うのにお金が必要というのはおかしいでしょう」
はっ、なにもわかっていないわね。
「いいこと? アランはとてもかわいそうな身の上なのよ。彼は貧乏な兄弟が何人もいて、それを支えるために男娼をやっているの。私は彼のことを理解しているから、あえてお金を払ってあげているの。おわかり?」
「……本気でそれは言っているのですか?」
「え? 愛する相手の言葉を信じるのは当然でしょう? だってアランが私を裏切るはずがないもの」
「……」
バハドの部下が絶句していた。
おそらく私のアランへの愛の深さに驚いているんだろう。
「とにかく、イザベラ様。この事業には関わらないことを強くすすめます」
「うるさいわよ! 私にはお金が必要だと言ったでしょう!? 余計なことをごちゃごちゃと言わないで!」
ああ、なんて不愉快なのかしら。
私が怒鳴りつけると、バハドの部下の男は静かに引き下がっていった。
まったく、なんであんな人間がここにいるのかしら。
その後も私は王都に戻って過ごしつつ、グローリアフラワーをもとにした薬の完成を心待ちにしていた。
ああ、まだできないかしら?
楽しみだわ。
そんなことを考えていたら、ちょうど事業を始めて二か月ほど経ったあたりだろうか?
冬のある日にワロイス商会の人間から呼び出しがかかった。
ドブルスにバレたらまずいので手紙によるものだ。
『イザベラ様。例のものの試作品が完成しました。すでに取引も開始し、儲けが出ております。その分け前を受け取っていただきたく思います』。
そんな内容だった。
とうとうこの時が来たのね。
私は楽しみのあまり、呼び出された場所にうきうきしながら向かった。
そこは王都の端にある薄汚れた建物だ。
……汚いけれど、まあいいでしょう。
人目につかないのは私にとっても好都合。
けれどバハドたちはどうしてこんな場所で話し合いなんてしようとしたのかしら? なにか後ろ暗いことがあるわけでもないでしょうに。
私は建物に近付いていく。
『――い、離――』
『やめろっ、こっちに来る――』
あら?
なにか建物の中が騒がしいわね。
私はその中に入る。
そしてその中の光景を見て……絶句した。
「大人しくしろ、ワロイス商会の人間ども! 違法薬物の取引によって捕縛させてもらう!」
私の目の前では、バハドを始めとするワロイス商会の人間たちが衛兵たちに次々と拘束されていた。
半月ほどで畑は整備された。
次は工房ができて、そこでは調合の準備もされていた。
まだグローリアフラワーは育っていないけれど、収穫できればすぐに薬にできるようにということだった。
「いやあ~、イザベラ様! ようこそいらっしゃいました! この通りグローリアフラワーを使った事業は順調に進んでいます!」
ワロイス商会長のバハドが大喜びでそんな報告をしてくる。
「それはよかったです。私が投資した分も必ず返してくださいね?」
「もちろんですよ! いやあ、確か大きな宝石を売って私どもの事業に投資するお金を作ってくださったとか? アランから聞いていますよ」
「その通りです」
「たいへん助かります! 必ずやご期待に応えてみせましょう!」
どうやら本当にうまくいっているようで、バハドは終始ご機嫌だった。
「……バハドの頭。取引先の連中が来ましたぜ」
「おう、そうか。それじゃあイザベラ様、俺はここらで」
「ええ、仕事を頑張ってくださいね」
ただ……少し気になることがある。
たとえば今バハドを呼びに来た彼の部下。
なんだかいかつくて、いかにも裏社会の人間という雰囲気だった。しかも彼らが言う『取引先』も似たような雰囲気の人間ばかり。
まさか彼らは悪人なのかしら?
……いえ、そんなはずがないわ。
だって彼らはアランの友人なんだもの。誠実なアランの友人が悪人であるはずがない。
「イザベラ・ロージア様ですね?」
私が工房の隅で考え事をしていると、ワロイス商会の人間の一人が話しかけてきた。
「その通りですが、あなたは?」
「名乗るほどのものではありません。バハド様の部下の一人だと思ってもらえれば」
話しかけてきた人物だけど……普通の顔ね。
なんだか印象に残りづらいわ。
このぶんだとこの部屋を出た数分後には忘れていそうな、そんな人物だ。
「そうですか。それでバハドさんの部下が私に何か用ですか?」
「忠告しますが……あなたはこの件から手を引いたほうがよろしいかと」
「なんですって?」
意味がわからない。
どうして私がこの事業から手を引かないといけないのかしら?
「これはあくまで善意からの言葉です。あなたのような人間が関わるべきとは思えません」
「あなたにそのようなことを言われる筋合いはないわ」
「本当にその意思は変わりませんか?」
「当たり前でしょう! 私がどれだけこの事業に期待していると思ってるの!?」
こんな影の薄い男に一体私のなにがわかるのか!
貴族の妻には金が必要だ。
お金をかけて服を買い、化粧をし、茶会を整えて……!
私たちはお金を使うのが仕事だ。
今は家の借金のせいで少し貧乏だけど、それも次の税収が入って来ればなんとでもなるはずだ。ロージア領は豊かな土地であり、今年はたまたま気候のせいで税収が少なかったけれど、来年はもっともっと増えるはず。
そうなったら交際費なんていくらあっても足りない。
「それに私には真実の愛の相手がいるのです。その相手と会うにはお金が必要なのです」
もちろん真実の愛の相手というのはアランのことだ。
バハドの部下は淡々と聞いてきた。
「……真実の愛の相手? イザベラ様にはドブルス子爵様がいらっしゃるのでは?」
「ふん、余計な口出しをされる義理はないわ」
「それに真実の愛の相手であれば、会うのにお金が必要というのはおかしいでしょう」
はっ、なにもわかっていないわね。
「いいこと? アランはとてもかわいそうな身の上なのよ。彼は貧乏な兄弟が何人もいて、それを支えるために男娼をやっているの。私は彼のことを理解しているから、あえてお金を払ってあげているの。おわかり?」
「……本気でそれは言っているのですか?」
「え? 愛する相手の言葉を信じるのは当然でしょう? だってアランが私を裏切るはずがないもの」
「……」
バハドの部下が絶句していた。
おそらく私のアランへの愛の深さに驚いているんだろう。
「とにかく、イザベラ様。この事業には関わらないことを強くすすめます」
「うるさいわよ! 私にはお金が必要だと言ったでしょう!? 余計なことをごちゃごちゃと言わないで!」
ああ、なんて不愉快なのかしら。
私が怒鳴りつけると、バハドの部下の男は静かに引き下がっていった。
まったく、なんであんな人間がここにいるのかしら。
その後も私は王都に戻って過ごしつつ、グローリアフラワーをもとにした薬の完成を心待ちにしていた。
ああ、まだできないかしら?
楽しみだわ。
そんなことを考えていたら、ちょうど事業を始めて二か月ほど経ったあたりだろうか?
冬のある日にワロイス商会の人間から呼び出しがかかった。
ドブルスにバレたらまずいので手紙によるものだ。
『イザベラ様。例のものの試作品が完成しました。すでに取引も開始し、儲けが出ております。その分け前を受け取っていただきたく思います』。
そんな内容だった。
とうとうこの時が来たのね。
私は楽しみのあまり、呼び出された場所にうきうきしながら向かった。
そこは王都の端にある薄汚れた建物だ。
……汚いけれど、まあいいでしょう。
人目につかないのは私にとっても好都合。
けれどバハドたちはどうしてこんな場所で話し合いなんてしようとしたのかしら? なにか後ろ暗いことがあるわけでもないでしょうに。
私は建物に近付いていく。
『――い、離――』
『やめろっ、こっちに来る――』
あら?
なにか建物の中が騒がしいわね。
私はその中に入る。
そしてその中の光景を見て……絶句した。
「大人しくしろ、ワロイス商会の人間ども! 違法薬物の取引によって捕縛させてもらう!」
私の目の前では、バハドを始めとするワロイス商会の人間たちが衛兵たちに次々と拘束されていた。
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