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イザベラ・ロージア

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 私の名前はイザベラ・ロージア。

 サザーランド王国に広大な領地を持つ、ロージア子爵家の夫人だ。

 幼い頃から今の夫に社交界でアプローチをかけて見事結婚した。

 ロージア家に嫁入りできれば自分の将来は明るいと思っていたからだ。

 それが最近はどうだろう?

 最初は些細なことだった。
 けれどそれはどんどんよくない方向に転がっている。

 長雨のせいで領地の税収が減り。
 借金の取り立てで屋敷のものが取り立てられ。
 挙句の果てには娘のマリーが放火騒ぎを起こして投獄。

 すべてのきっかけになったのは……息子ランザスの婚約者であるレイナが逃げ出したことだ。

 まったく、なんて根性のない!

 ちょっと仕事を任せたくらいで逃げ出すなんて、それでも子爵令息の婚約者だろうか?

 信じられない。
 全部あの小娘のせいだ。

 マリーの件だって、きっとレイナが裏で手を引いていたに違いない。

 マリーの放火騒ぎを告発したのはファルジオン公爵家。そしてレイナはファルジオン公爵家の娘と仲が良かったらしい。

 きっとマリーにファルジオン公爵家の娘をけしかけたのは、邪悪なレイナなのだ。

「はあ……」
「どうかしたのですか、お客様?」
「あら、そんな他人行儀な言い方をしないでちょうだい、アラン? 私とあなたの仲でしょう?」

 私は目の前の相手に――裸で私の横に寝そべる美青年に流し目を送った。

 すると美青年、アランは少し言葉に詰まったあとこんなことを言った。

「……そうだね、イザベラ。ああ今日も美しいよ」
「うふふ、ありがとう」

 さて、私が今いる場所の説明をしよう。

 ここは王都にある娼館だ。

 ただし男性向けの店ではなく、珍しい女性客向けの娼館である。ここでは見目麗しい男性たちが女性客をもてなすのだ。

 私はこのアランを気に入り、大金をつぎ込んで店に通い続けてきた。

 最近では心も通じてきた気がする。

 何度も体を重ねて、お金だって渡してきているんだから当然だ。

 アランにとっても私は特別な相手に違いない。

 ああ、もちろんここに通っていることは夫や子どもたちには内緒だ。いつも『友人の貴族夫人と食事会に出かける』と言っているので、きっとバレていないだろう。

 バレたら大変なことになる。

 なにしろ不倫をしているようなものなのだから。

 アランが不意にこんなことを尋ねてきた。

「イザベラ、それより大丈夫なのかい? こんなところに来て?」
「どういう意味かしら?」
「今ロージア家は大変なんだろう? 支払いとかは……」

 アランの言葉に私は憤慨する。

「なんてことを言うの? 私とあなたの関係でしょう? 心の通じ合った相手と体を重ねているだけなんだから、お金なんて必要ないはずだわ」

 私とアランの関係は特別。
 他の客と同じように扱うなんて有り得ない。

「……うざいな、このおばさん……」

 アランが私には聞き取れない声量でなにか呟く。

「え? なにかしら?」
「なんでもないよ、イザベラ」

 にっこり笑うアラン。やっぱり気のせいかしら?

 そうよね。私とアランは心が通じ合っているのだから、言えないことなんてないもの。

「僕が言っているのは、ロージア家が最近大変そうだよねって話。借金なんかもあるそうじゃないか」
「心配してくれるのね、嬉しいわ。けれど大丈夫なのよ」

 私は懐から大きな宝石を取り出した。

 見る人が見ればわかる、相当立派な品物だ。

「私は昔から家のお金をキープしてきたのよ。当然これも隠し金庫に入れているから、借金取りに回収されることはないわ」

 ロージア家の家政やら領地経営は昔からずさんだった。

 帳簿も適当。
 家令の仕事ぶりも適当。

 慣れてしまえば、収入の一部をかすめとるのは難しくない。

 私は借金取りからそれらの『私財』を隠し続けていた。

「……へえ。それはいいね」

 あら?

 なんだか今、アランの目がぎらりと光ったような……

 特に気にせず話を続ける。

「けれど、さすがに不安になってきたわ。この宝石がなくなったらいよいよお金のあてがなくなっちゃうし……」
「それならいい話があるよ」
「いい話?」

 アランの言葉に聞き返すと、アランはこう言ってきた。

「実はいい事業のネタがあるんだ。それには広い領地が必要なんだけど……なかなか確保できなくて。知り合いの商会の人を紹介するよ」
「え? そんなこと急に言われても」
「その商会の人いわく、『半年で元手が十倍に増える』らしいよ」
「十倍!?」

 私は目を見開いた! ああ、なんて夢のような話なのかしら!

 幸い今私の手元には宝石がある。

 これを売ればそれなりの額になるだろう。

 そのさらに十倍だなんて!

「けれど、不安だわアラン。もしかして私は騙されているんじゃないかしら」
「なにを言っているのさイザベラ。僕とあなたの仲じゃないか。嘘なんて吐くはずがないよ」
「そ、そうよね」

 アランが私を騙すはずがない。

「決めたわ! 私、その事業に協力する」
「ありがとう、イザベラ」

 私の言葉にアランはなぜかニヤリと笑みを浮かべるのだった。
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