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パーティー3
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「ふん、仕方ないな。本来ならこんな田舎者のドレスをマリーに着せるのは気が進まないが、今からではどうしようもないからな」
義父も渋々それを承諾する。
私は慌てて口を開いた。
「ま、待ってください! これは学院時代の友人が贈ってくれたもので、とても大切な……」
「貴様がマリーのドレスを汚したんだろうが! 責任を取れ! この恥知らず!」
「――っ」
義父に怒鳴られ、体ががちりとこわばった。
怒鳴られたり、殴られたりするのが怖くて体が動かない。
口がのりづけされたように開かなくなってしまった。
硬直した私を見て、義父は吐き捨てるように言った。
「さっさとドレスを脱いでおけ。わかったな!」
私は必死に声を絞り出した。
「で、ですが、それだと私はドレスがなくて、パーティーに参加できません」
「それがなんだ?」
「今日は、両親も来ます。それに、今日はランジス様と私の婚約披露も兼ねていると……」
そうだ。今日は私だってパーティーに参加するはずだった。
今までのロージア家での苦労が報われて、この家の一員として対等に扱われるようになる。
そういう記念すべき日なのだ。
そう聞かされていた。
今日であの地獄のような日々から解放されるはずだったのだ。
義父は私を見て、鼻で笑ってきた。
「はっ、そんなものは延期だ、延期。もともと、今の貴様がランジスの婚約者を名乗るなどおこがましいと思っていたところだしな」
「そうねえ。あなたはランジスの婚約者にはみすぼらしすぎるわ」
「そんな……」
義母まで一緒になって罵ってくるその光景に、私は思わず膝を折った。
思い描いていた希望がガラガラと崩れていくような気がした。
延期?
それじゃあ、私が婚約者として認められるのはいつになるんだろう?
そんな日は一生来ないんじゃないかというふうに思えた。
「ランジス様、なんとか言ってくださいませんか」
私は最後の希望を抱いて今まで黙りっぱなしのランジスを見た。
するとランジスは私の元までやってきて、ぽん、と肩を叩いてきた。
それから耳元で囁くように言った。
「お前はまだまだ修行が足りないってことだよ。今日は大人しく使用人の服でも着て、この部屋に閉じこもってろ。お前の両親には『体調不良だ』って言っといてやるからよ」
「……っ」
「悔しかったら婚約破棄でもなんでもしてみろよ。お前みたいな愚図にはそんな度胸ないだろうけどな!」
ああ、やっぱりこの人も味方じゃない。
ニヤニヤと笑いながらそう言ってくるランジスは心底楽しそうで、そんな婚約者の姿に私は悔しいとか悲しいとか以前に力が抜けてしまった。
その後ランジスと義父は部屋を出ていく。
女性だけになった後、マリーと義母は二人がかりで私のドレスを剥ぎ取った。
「わあっ、見てママ! このドレスとても肌触りがいいわ!」
「本当ねえ。レイナさんにはもったいない高級品だわ」
そんなことを好き勝手に言いながら、二人は部屋を出て行く。
私は部屋に置かれていた粗末な使用人の服を着て、ベッドに横たわる。
「……もう、無理です」
ワガママばかりの義妹に、それを甘やかして言いなりになっている義両親。
そんな身内を止めるどころか、一緒になって私を虐めてくる婚約者。
ようやく認めてもらえるかと思ったら、義妹に濡れ衣を着せられて小部屋に監禁されるなんて想像もしなかった。
「お父様とお母様、心配してるだろうな……」
ふと自分の手を見る。
その手は押し付けられた水仕事やら庭の世話やらのせいでボロボロになってしまっていた。
肌はあれ、手首にはうっすらと骨が浮いている。
やつれてしまった、という表現がぴったりくる。
しばらくぼうっとしていると、館の入り口に次々と馬車が止まった。
きらびやかに着飾った招待客たちが現れ、使用人たちに案内されて屋敷の中や中庭へと集まっていく。
それから始まるきらびやかな立食パーティー。
『ええーっ、そんなあ~。あたしが世界一可愛いって、お世辞じゃないんですか?』
窓を貫通して甲高い声が響いてきた。
声のした方には、私のドレスを着て、令息たちにちやほやされるマリーの姿がある。
それを見ていたら……私の頭の奥で「ぶちっ」という音がした。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
笑い声が口から漏れる。
王都の屋敷では使用人のようにこき使われ。
本来なら領主がやるはずの領地管理まで押し付けられ。
挙句の果てに、大切なドレスを強奪されてパーティーに参加すらさせてもらえない。
それに、仮にこのまま我慢を続けていつかきちんとランジスと結婚できたとしよう。
賭けてもいいけれど、そんなことになっても私が真っ当な家族としてロージア家の人間に認められることはない。
そう考えたら馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。
「悔しかったら婚約破棄でもなんでもしてみろ、ですか……上等です」
私は立ち上がり、部屋に備え付けられていた紙とペンで手紙を書いた。
『実家に帰らせていただきます。レイナ・ミドルダム』
これでよし。
私は私物として持ってきていた鞄を手に、部屋を出て行くことにした。
義父も渋々それを承諾する。
私は慌てて口を開いた。
「ま、待ってください! これは学院時代の友人が贈ってくれたもので、とても大切な……」
「貴様がマリーのドレスを汚したんだろうが! 責任を取れ! この恥知らず!」
「――っ」
義父に怒鳴られ、体ががちりとこわばった。
怒鳴られたり、殴られたりするのが怖くて体が動かない。
口がのりづけされたように開かなくなってしまった。
硬直した私を見て、義父は吐き捨てるように言った。
「さっさとドレスを脱いでおけ。わかったな!」
私は必死に声を絞り出した。
「で、ですが、それだと私はドレスがなくて、パーティーに参加できません」
「それがなんだ?」
「今日は、両親も来ます。それに、今日はランジス様と私の婚約披露も兼ねていると……」
そうだ。今日は私だってパーティーに参加するはずだった。
今までのロージア家での苦労が報われて、この家の一員として対等に扱われるようになる。
そういう記念すべき日なのだ。
そう聞かされていた。
今日であの地獄のような日々から解放されるはずだったのだ。
義父は私を見て、鼻で笑ってきた。
「はっ、そんなものは延期だ、延期。もともと、今の貴様がランジスの婚約者を名乗るなどおこがましいと思っていたところだしな」
「そうねえ。あなたはランジスの婚約者にはみすぼらしすぎるわ」
「そんな……」
義母まで一緒になって罵ってくるその光景に、私は思わず膝を折った。
思い描いていた希望がガラガラと崩れていくような気がした。
延期?
それじゃあ、私が婚約者として認められるのはいつになるんだろう?
そんな日は一生来ないんじゃないかというふうに思えた。
「ランジス様、なんとか言ってくださいませんか」
私は最後の希望を抱いて今まで黙りっぱなしのランジスを見た。
するとランジスは私の元までやってきて、ぽん、と肩を叩いてきた。
それから耳元で囁くように言った。
「お前はまだまだ修行が足りないってことだよ。今日は大人しく使用人の服でも着て、この部屋に閉じこもってろ。お前の両親には『体調不良だ』って言っといてやるからよ」
「……っ」
「悔しかったら婚約破棄でもなんでもしてみろよ。お前みたいな愚図にはそんな度胸ないだろうけどな!」
ああ、やっぱりこの人も味方じゃない。
ニヤニヤと笑いながらそう言ってくるランジスは心底楽しそうで、そんな婚約者の姿に私は悔しいとか悲しいとか以前に力が抜けてしまった。
その後ランジスと義父は部屋を出ていく。
女性だけになった後、マリーと義母は二人がかりで私のドレスを剥ぎ取った。
「わあっ、見てママ! このドレスとても肌触りがいいわ!」
「本当ねえ。レイナさんにはもったいない高級品だわ」
そんなことを好き勝手に言いながら、二人は部屋を出て行く。
私は部屋に置かれていた粗末な使用人の服を着て、ベッドに横たわる。
「……もう、無理です」
ワガママばかりの義妹に、それを甘やかして言いなりになっている義両親。
そんな身内を止めるどころか、一緒になって私を虐めてくる婚約者。
ようやく認めてもらえるかと思ったら、義妹に濡れ衣を着せられて小部屋に監禁されるなんて想像もしなかった。
「お父様とお母様、心配してるだろうな……」
ふと自分の手を見る。
その手は押し付けられた水仕事やら庭の世話やらのせいでボロボロになってしまっていた。
肌はあれ、手首にはうっすらと骨が浮いている。
やつれてしまった、という表現がぴったりくる。
しばらくぼうっとしていると、館の入り口に次々と馬車が止まった。
きらびやかに着飾った招待客たちが現れ、使用人たちに案内されて屋敷の中や中庭へと集まっていく。
それから始まるきらびやかな立食パーティー。
『ええーっ、そんなあ~。あたしが世界一可愛いって、お世辞じゃないんですか?』
窓を貫通して甲高い声が響いてきた。
声のした方には、私のドレスを着て、令息たちにちやほやされるマリーの姿がある。
それを見ていたら……私の頭の奥で「ぶちっ」という音がした。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
笑い声が口から漏れる。
王都の屋敷では使用人のようにこき使われ。
本来なら領主がやるはずの領地管理まで押し付けられ。
挙句の果てに、大切なドレスを強奪されてパーティーに参加すらさせてもらえない。
それに、仮にこのまま我慢を続けていつかきちんとランジスと結婚できたとしよう。
賭けてもいいけれど、そんなことになっても私が真っ当な家族としてロージア家の人間に認められることはない。
そう考えたら馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。
「悔しかったら婚約破棄でもなんでもしてみろ、ですか……上等です」
私は立ち上がり、部屋に備え付けられていた紙とペンで手紙を書いた。
『実家に帰らせていただきます。レイナ・ミドルダム』
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