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第2章 破滅円舞曲

61.新たな火種

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【アテナ】

「やられたっ!」

思わず机を叩いてしまう。
報告書が投げ出された。

グラウクスは、その報告書を拾い集める。
そして、読んだ。

「見事に、カイン首相にやられましたな。」

アテナは、苦々しい顔をしている。

「全くだ。
王の間には、市民反乱軍とローマ軍しかいなかった。
この事実だけで、この国を救ったのは、ローマ軍なのだと周知させることができたはずだったのだ。
そして、この国を属国として完璧に手に入れられるはずだった。
私はあの瞬間、勝ったと思ったよ。」

グラウクスは頷く。

「そうですな。
そして、基本戦略どおり、傀儡となる王家の者を王位につけ、
裏から操るのが定石のはずでした。」

アテナは、頷く。

「そうさ。
フィリックス国王には、子がいた。
マリーナが仮に王位継承権があっても、次の王は、その子になる。
見ろっ!
この報告書には、後宮に住む女性がもう間もなく子供を生むことが記されている。
そして、それをカイン王が連れ去ったとな!」

グラウクスは続けて話す。

「それだけでは、ありません。
各地に王国の圧政から解放したといって、レオンハルト公爵の名で食料物資が配給されています。
しかし、レオンハルト公爵は数ヶ月前に没しているのは周知の事実です。
だからこそ、誰もが同じ想像をするでしょう。
カイン・レオンハルトが圧政から解放したと。」

「そうだ。
フィーナ王国の国民は、全てカイン王に感謝するであろう。
そして、彼が王位継承権を持っていることも知っている。
その彼がこの国の王にはならず、ジャパンの首相でいる。
彼は民主化を望んでいると、全国民に知らしめたのだ。
我々は、器を手に入れた。
しかし、中身は全てカイン王に持っていかれたのだよ。
中身のない器など、風船みたいなものだ。
ちょっとしたことで、すぐ破裂するぞ!」

グラウクスは、うなる。

「これほどの戦略を頭に描いていたとは…。
我々は彼との関係を見直すべきなのかもしれませんな。
それにしても、ジャパン軍の損害は0とは…。
無傷で国王軍の全員を、捕虜にするなど眉唾ものにしか聞こえません。
そうなると、マリーナ様とクレア様を、あえてローマ帝国へ預けるのも、何か意図があるのかもしれませんな。」

アテナは、頷く。

「あぁ、油断はできん。
あの時は、完全に勝ったと思い、油断していた。
その油断が招いた結果がこれだ。」

グラウクスは、アテナを諫める。

「アテナ様、よくお考え下さい。
当初の我々の目的は、フィーナ王国を崩壊させることです。
基本戦略としては、達成しております。
これ以上は、欲をかきすぎというものですよ。」

「確かにそうかもしれないな。
いや、確かにそうだ。
だが、グラウクス、私は決めたぞ。
カイン王に対抗するために軍備を拡張し、周辺諸国を制圧していく。
それでなければ、カイン王には対抗できん!」

アテナは、帰国後、
その言葉を、実行していくこととなる。



【カイン】

「ジャックさん、インパルス。
俺は決めたよ。
俺は、これから各国の民主化を推進する。」

「なっ!
全ての国と王家を敵に回す気か!?
ジャパンが滅びるぞ!」

「もちろん、ジャパンの国が出ないようにするよ。
俺は、今回の戦いで思い知らされた。
あの女性は、今回、僅かな手勢で、フィーナ王国を属国の形で手に入れた。
たまたま、中身は少しだけ骨抜きができたけどね。
まぁ、中身など、この国と同じように後から埋めていけばいいのだから、見事な手際だったとしか言えないな。」

「そうですね。
でも、それでは各国を敵に回す理由にはなりませんよ。
新たな火種を作る気ですか?」

「いや、今回の件で火種は出来てしまった。
いずれローマ帝国とは戦うことになるだろう。
その時、あの女性は、周辺諸国を制圧し、圧倒的な兵力をもって攻めてくる。
それに対抗するには、今のままではムリだ。
俺は各国の民主主義国家と連合を組み、迎え撃つ。」

「急速な民主化は、
多くの血を流しますよ。」

「あぁ。
長い年月がかかるだろう。
だが、急速に民主化を進めるべき国で、かつ簡単に民主化が進む国がいくつかある。
俺は、そこを中心に仕掛けていく。」

「共存の道もあるでしょう。
今なら同盟もできるはずです。
何故、そんなに戦いたがるのですか?」

「すまない。
俺とあの女性は、そうせざるを得ないんだ。
理解して欲しいとは言わない。
だが、協力して欲しい。」

ほんの一瞬だけ目を瞑る。
そうすると、見えてくる。

人類史上、最大の戦力同士の戦いだ。
片方は、専制ローマ帝国。
もう片方は、民主主義国家連合だ。
もはや、予知に近い。
不確実だが、確実な未来だ。

「カイン、悪いが、
お前がその道を進むなら、俺は抜ける。」

ジャックは、カインに言い放った。

「止めることはできません。
申し訳ありません。」

「坊主の決意は固いんだな…。
俺はまた冒険者に戻るとするよ。
せめて、各国の情報だけでも、お前に送ろう。」

この戦いをもって、ジャックはジャパンから離れることとなる。
しかし、カインもインパルスも気づかない。
カインの歩む道には、国と国との橋渡し役が必要となる。
ジャックは、ギルドに所属することで、その役割を担い、カインを助けようとしてくれてるのだ。
だが、照れくさくて、ジャックは言えなかった。

「俺は共に歩むよ。
何か事情があるんだろう?
それなら、俺がお前を支えるよ。」

「ありがとう。
迷惑をかける。
これからも、よろしく頼むよ。」

俺は今回の戦争で、何人もの人材を失ってしまった。
ユニコーン様がこちらにいることとなったが、その話しはまた後日に話そう。

「ところで、グラトニーから、捕虜の引き受け依頼がきていると言っていたが、誰が来るんだ?」

「詳しくは聞いていません。
むしろ、大物であり、極秘なので言えないと言っていました。」

「ふむっ。
そういえば、そろそろ着く頃か。
なら、迎えに行くか。」

俺とインパルスは、
捕虜を迎えに行った。

そして、驚く。
見たことがある顔だが、決定的に違うことがある。

「ルッソニー宰相!?」
「って、何で女性化しているんですか??」

グラトニーもいる。
経緯を説明してくれた。

能力『反転』。
なんて恐ろしい能力なんだ。
ランダムに何かが反転する。
絶対に受けたくない攻撃だ。

「それとなんですが、
どうも思想も反転されてしまったようでして…。」

「思想?
どういうことですか?」

「私から説明しましょう。
今まで私は血縁が全てと思っていました。
しかし、目が覚めたのです!
人は平等!
それこそが真実なのです。」

…。
いや、嬉しいんだが、
何だろう、このモヤモヤした気持ちは。

「人は平等であるべきです。
この国は、まさに理想郷です!
ぜひ、ここで働かせて下さい。」

おいっ、なんだ、このモヤモヤした気持ちは。

「まずは、この考えを皆に知って貰う必要があります。
全員が平等の法を作るべきです!
そして啓蒙活動を行いましょう!」

だから、なんなんだ、このモヤモヤは!
ん?
啓蒙活動?

「啓蒙活動とは、具体的にどういうことですか?」

「まず、本を書きます。
それを様々なところに配布して、多くの人に読んでもらうのです。
そうすることによって、多くの人に民主主義の素晴らしさを知ってもらえます。」

啓蒙活動…。
これは、俺の求める答えの、一つだ。
だとするならば…。

「ルッソニー宰相、
私たちの間には、色々なことがありました。
全て水に流しましょう。
ぜひ、この国で働いて下さい。」

「カイン首相!?
ルッソニー宰相ですよ!
さすがにマズいです。」

「そのままでは、マズいさ。
だが、この女性を誰がルッソニー宰相と思う?」

「た、確かに…。
だが、せめて名前は変えて下さい。」

「そうだな。
ルッソニー宰相、よろしいでしょうか?」

「かしこまりました。
それでは、カイン首相が名前を決めて下さい。」

名前か。
まぁ、簡単でいいか。

「では、ルソーにしましょう。
今日から、ルソーと名乗って下さい。」

「カイン首相、下ネタですか?」

「へっ?」

「ルッソニーが男性から女性に変わったことで、
男として、二つ、あれが、なくりました。
だから、ルッソニーの名前から『二』と『ッ』を抜くなんて、そのセンスにガッカリです。」

いや、そういう意味じゃないよ!
違うからっ!
むしろ、その発想が怖いよ!

カインは、心の中で、叫んだのだった。


こうして、1806年の激動の年は、終わりを迎えた。


後世、この時代のカイン首相の方針を痛烈に批判する歴史家がいる。

カイン首相は、この年、自国民を一人も犠牲を出さなかった。
2回の戦争があったにもかかわらずだ。

カイン首相の基本戦略としては、敵味方ともに犠牲を出さないように戦略を考えた。
そして、戦術では奇策を用いて勝った。

この方針は、カイン首相の死後も継承されていく。
数代先までは問題なかった。
しかし、国と首相のレベル低下とともに、自国を危機にさらすこととなる。

この方針は、不戦を念頭に置いたものだ。
そして、軍は戦うことを忘れていく。
戦うことを忘れてしまった軍隊と、戦い続けた軍隊がぶつかればどうなるか、一目瞭然の結果となるだろう。

民主主義国家ジャパンは、風前の灯火となってしまった。
そこで、一人の英雄が現れることとなるのだが、それはまた別の話しだ。

カイン首相の方針が、将来、自国民を危機に陥れることとなるのだ。


この批判に似た内容に対して、カインが答えた内容が記録に残されている。

「仕方がないじゃないか。
だって、そうだろう?
誰だって、人が死ぬのは嫌なものさ。
死なずに解決するなら、それが一番じゃないか。
将来?
親は子に平和という名のバトンを渡すことしかできないよ。
そして、親は子へそのバトンを孫へ渡してくれると信じることしかできないのさ。
そのための努力を全ての時代で続ける必要がある。
努力をしなければ、平和なんて脆いものさ。
だからこそ、平和の時代とは尊いものなんだよ。」

カインは、そういう人間であった。


次回、新章『第3章 戦場の姫巫女』へつづく。
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