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ここで来ちゃうの龍の里編

独りじゃなくて良かった

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「はぁはぁ、くっそキツイ」

「だ……ね。私もかなり……」

 息もつかせぬ攻防は、文字通り二人に新鮮な空気を吸う余裕さえ奪い去っていた。

 だが、二人の攻撃でアジ・ダハーカが吹き飛んだことで、ようやく息を吸う余裕ができた。

 とはいえ、こうしている間も二人には微塵も油断は無い。

 視線は常にアジ・ダハーカが吹き飛ばされた、土煙が上がる方に向けられ、身体は何が起ころうとも即応出来る体勢だ。

 飛び込み、追撃を仕掛けないのは単純に危険だから。

 ここまで見せていない手を繰り出す可能性は決して否定できない。

 だからこそ二人は上がった息を整え次のフェーズに備えたのだ。

 土煙が晴れる。

 中から現れたアジ・ダハーカの口から血がポタリポタリと滴り落ちる。

 その光景を二人は真逆の感想で見つめた。

 ミコトはその光景に希望を見た。

 自分達の攻撃が効いている。

 その事実に勝利の可能性をみいだしたからだ。

 しかしハクアはミコトと同じ思考に至りながら、その胸中で警報が鳴り響くのを感じた。

 何かを見落としている気がする。

 何かを思い違いしている気がした。

 しかしそれが何かが分からない。

「クッ……ハハハハ。ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 今までのとは違う雰囲気をまとい、狂気を滲ませる笑い声を上げ、殺意を振り撒くアジ・ダハーカ。

「何?」

「……アイツ、変わったのか?」

「変わった? 変わったってどういう事ハクア!?」

 ハクアの呟きを聞いたミコトが問い掛ける。

「正解だぜぇー天魔の。お前の言う通り俺様の名はセカンドだ」

 しかしその問い掛けに応えたのはハクアではなくアジ・ダハーカだった。

「セカンド……二番目ね」

「どうなってるの?」

「簡単だよ。恐らくアイツには頭の数と同じ人格、つまり三人分の人格があるってだけ」

「そう……なの?」

「予想してなかった訳じゃないけど……当たって欲しくない最悪の予想の一つだね」

 人格が複数ある。

 それは全く違う人間と戦うのに等しく、それがアジ・ダハーカ程の相手となれば絶望的なものとなると言っても過言ではない。

 だがハクアは思う。

 例えどれほど絶望的だったとしても、これはあくまで想定していた事態の一つなのだ。

「ギャハハハ! ファストの中から見ていたが、あいつの権能をあんなデタラメな方法で突破した奴は初めてだぜ。おかげで俺まで引っ張り出されちまった」

「お褒めに預かり光栄だ。じゃあそろそろこの辺で終わりにしたいんだが?」

「ハッ! ツレない事言うなよ天魔の。ここからだろう。ここからお互いの生死を掛けた戦いが始まんだろ」

「チッ、やっぱそうなんのか」

「ああ、お前らが面白いものを見せてくれたから、俺様も面白いものを見せてやる」

 そういうとアジ・ダハーカは両手を熊のように拡げる。

 当然二人もその姿を見て警戒するが、アジ・ダハーカはそれすらも満足そうに見詰めている。

 そしてアジ・ダハーカが動き出す。

「エッ!?」

 ミコトの口から漏れ出た声を聴きながらハクアは猛烈に嫌な予感に襲われる。

 視線の先、アジ・ダハーカの手は自身の肩を抱くかのように動き、そのまま自身の肩口にその五指が突き刺さったのだ。

「ミコト! 止めんぞ!」

 そのままニヤリと嗤うアジ・ダハーカの顔を見た瞬間、ハクアは叫ぶと同時に走り出した。

 一瞬遅れてミコトもハクアに続きながら何が起こっているのか、何が起こるのかを先に行くハクアの遠ざかる背中を追いながら懸命に見定める。

「させるか!」

「クカッ、遅いぞ」

 ハクアをら嘲笑うアジ・ダハーカの腕が自身の身体を切り裂く。

 大量の血液が飛び散り、口からも血を吹き出しながらそれでも嗤うアジ・ダハーカと、それを苦々しい表情で見詰めるハクア。

 何故?

 あらゆる予想をたてながら走っていたミコトの頭にその言葉が浮かぶ。

 傷は深い。

 いくらアジ・ダハーカと言えどあの傷を一瞬で治すのは不可能。ましてや何故こんなことを自分自身でしたのか全く意味がわからない。

 しかしその答えは誰が答える訳でもなく、結果となってすぐに現れた。

「クッソが!」

 正面から向かっていたハクアが、自分で自分を傷付け大ダメージを負うアジ・ダハーカに攻撃を仕掛ける。

 ミコトから見てもハクアの強烈な一撃は、大怪我を負っているいまのアジ・ダハーカなら、避けることも出来ずに致命傷になるはず。

 だが、ミコトの想像した結果は起こらなかった。

 ───いや、それどころかハクアの攻撃はミコトが予想もしないモノに止められたのだ。

「クッ!?」

 ハクアの攻撃した腕を掴んだのは赤いナニカ。

 人の形をした赤いナニカがハクアの腕を掴んでいた。

 ギチリとハクアの腕を握り潰そうとするナニカに、いち早く反応したハクアが、反対の手でボディーブローを見舞う。

 硬い!

 内心で舌打ちをしながら、宙に浮いた死に体の身体へ魔法を打ち込む。

 それと同時に弾け飛んだナニカは、赤い血を撒き散らしながら破裂した。

「ワッ!?」

 ハクアはその結果を見る時間すら惜しむようにそこから距離を取り、後ろを走っていたミコトを抱えアジ・ダハーカから距離を取る。

「……チッ、やっぱかよ」

「ハクア。これ私、夢でも見てるのかな?」  

「ああ、そりゃあ……飛びっきりの悪夢かもな」

 ハクアとミコトの眼前。

 アジ・ダハーカの飛び散った血液が、何も無い地面の上で沸騰したように泡立つ。そしてそれは次第に大きくなっていく。


 ズルリ。


 そこから先程ハクアの攻撃を阻み、やられた赤いナニカが無数に這い出る。

 いや、それだけではない。

 人型、爬虫類、ドラゴンのような見た目、様々な赤いナニカがアジ・ダハーカの血液からズルリ、ズルリと産まれ行く。

「あ、はは。こんなのアジ・ダハーカも居るのにどうすれば良いの」

「どうもこうもないよ」

 呆然とするミコトの言葉にハクアは答える。

「いつも通りだ」

 そう。それはハクアがこの世界に生まれてから、いや、この世界に生まれる前の前世から繰り返して来たこと。

「目の前にどれだけ高い壁があっても登ればいい」

 だからハクアは登り続ける。

 どれほど高くても、どれほど先が見えなくとも。

「生きる為に必要ならそれをするだけだ」

 そしてミコトは気付く。

 ハクアもまた震えている事に。

 怖くない訳がないのだ。

 恐怖していない訳がないのだ。

 恐れていない訳がないのだ。

 それでもハクアは変わらない。

 何故なら、諦めることが死ぬことだとハクアは誰よりも知っているから。

 誰よりも死を身近に置いて来たハクアだから。

 誰よりも弱い身体で戦って来たハクアだから。

 最後のその瞬間まで死ぬ気で喰らいつく。

 言葉にすれば簡単だが、その言葉の重みが、その言葉に込められた意志の強さが違う。

「そう……だね。こんな所で諦めるなんて選択肢ないもんね」

 ハクアはミコトの言葉に少しだけ驚いた顔をすると、嬉しそうにでしょ。と言う。

 たったそれだけ、たったそれだけでもミコトの中にある一欠片の勇気が力を増す気がする。

 独りじゃなくて良かった。

 ハクアが居てくれて良かった。

 隣に居るのが他の誰かならもう諦めていたかもしれない。

 だからミコトは隣に居る友人に負けないよう、置いていかれないよう隣に並び立つ。

 眼前にはアジ・ダハーカと赤いナニカの群れ。

 なにも変わる事がない絶望的な状況でも、ミコトの中にさっきまでの不安は一切なくなっていた。
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