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英雄育成計画

私には泣く資格も無いよ

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「そんな……そんな馬鹿な……」

 女神の提示した金額が確かなものだった事を知ったヘグメスは、膝を折りうわ言の様に言葉を繰り返す。

 まあ、国に返して喜ばれる程の金額以上の損失なんだから当たり前か。

『……そしてヘグメス=トレストバス。貴方にこの金額を支払うだけの財貨が無い為、平等の女神ナルノヒスの名と力に置いて、貴方と貴方の部下全てを奴隷落ちとする』

 未だうわ言を繰り返していたヘグメスへ、女神は畳み掛ける様にそう宣言した。
 しかしそれを聞いたヘグメスは顔をバッと上げ、信じられないもの見る目を女神に向け激昴した。

「な、何故ですか!? 確かに少ない金額では無い。しかしこの私の財産を掻き集めれば払えない金額では無いはずです!」

『……それは、貴方の所有する物品が正しく売れればの話。貴方の売買ルートで貴方の商品を買う者はもう居ない』

「な……ん」

『そうでしょう? ハクア』

 私へと話を振るナルノヒスの顔は酷く楽しそうだ。しかしその目は全く笑っていないから正直怖い。私の周りの女は、どうして目が笑って無いのに顔は笑ってるなんて、そんな器用な事が出来るのだろう。謎だ。

「ど、どういう──」
「交渉なんて事前準備で道筋整えて終わらせるのが当たり前だろ」

 ヘグメスの言葉に言葉を被せる。

 そもそもが相手の事を舐め過ぎなんだよ。

 獣人の子供をまんまと脱走させ、アベル達を殺し損ね、私達の襲撃も失敗した。
 それなのに普通に乗り込んできた相手に、どうして有利に物事を進められると勘違い出来るのか。 
 せめて襲撃に失敗した時の為に、自分の方でも駒を用意するなりなんなりして、二の矢三の矢を用意するのが常道だろう。
 それすらしないのに勝てるだなんて、考えが甘ったる過ぎて胸焼けしそうだ。  

 こちとらアベルがやられた段階でこの場面まで想定して、屋敷をなるべく高くなるように建て、ヘグメスについて更に深く調べたりと準備を進めておいた。
 そして、事が起こったら一気に片を付ける為に、ギルドはエグゼリア主導で、騎士達はアイギスの号令の元、ヘグメスと繋がりのあった今回に関係する商人と、貴族を捕縛する段取りを整えてある。
 合図には派手過ぎる号砲と言うか爆発? も、あった事だし、今頃は捕物が始まっている筈だ。
 向こうには澪や瑠璃に加え、アリシア達にも参加してもらっているから、万が一にも取り逃がす事は無いだろう。

 戦力も把握してるしね。

 更には念には念を入れてカーラにも連絡を取り、ヘグメスの持つ他の国の奴隷の売買ルートも念入りにすり潰した。
 アリスベルの物流は人間の支配地域のほとんどに根付いている。そんなアリスベルの十商が声明を出せば、わざわざそれに逆らって不利益を被る商人は居ないだろう。
 縦の繋がりに屈しない商人も、同じ土俵の人間には注意を払う。それが同じ土俵の人間が黙って頷く十商なら尚更だ。

 万が一それに逆らったとしても、今のヘグメスには奴隷以外に売る物は無い。

 何故なら私がやったから!

 そして奴隷も、こいつらがやってきた事が白日の元に晒された今、ヘグメスにはもう囲うだけの力も理由も用意されていないのだ。

 と、ここまで最後の部分以外の全てを、懇切丁寧に説明してあげれば、聞いている途中から悪くなっていた顔色は真っ青になっている。
 どうやら言葉すら出てこない。

 そして否定しない所を見ると、ナルノヒスは私が今回はやった全てを把握、その上で裁定に赴き、私の行動を見定めていたようだ。

 まあ、私としても何処までが適用されるのか、それを把握出来たのは大きな収穫だったって事で。

「おい待て!」

 そんな事を事を考えて油断していたらヘグメスが逃げ出した。

 と、言うか。

「なんで普通に逃がすかな? 落として屈服までがコースじゃないの?」

『普通なら。でも貴女には必要無いでしょ。だってここはもう貴女の巣の中・・・なのだから』

「「「えっ?」」」

「なんだ気が付いてたのか」

『それは、馬鹿にしているの?』

「まさかぁ、そんな事する訳ないじゃん」

『そう』

「そうだよ」

 はたから見たら不穏な空気が流れてるように見えるのはなんでだろう? 超仲良しよ。多分。

「えっと、なんの事か分からないんだが、捕まえに行かなくて良いのかハクア」
「ああ、もう捕まえてあるから気にしなくて良いよ」
「捕まえてるってどう言う──」

『言ったはず。この屋敷は既に巣の中だと。ハクアはここに来てから話の最中も、静かに魔力を屋敷に巡らせていた。だからもうこの屋敷はハクアの物。屋敷中に巡らされた魔力の糸は既にヘグメスを捕らえている』

 そう、この屋敷は私の糸が張り巡らせてある。
 なのでヘグメス達がどう頑張ろうが、この屋敷から逃げる事は出来ないのだ。

 出来ないのだが──。

『これも予定通りなの?』

「……嫌味か。そんな訳ないだろ。つーか、そっちこそ知ってたのか?」

『さあ?』

 ああ、そう言うこと。

「本当に平等です事」

『これが私の役割だから』

 チィ! 少しくらい融通してくれても良いじゃん。

『駄目』

「ああそう。じゃあこれが何かは教えて貰えるの?」

『……駄目と言いたい所だけど、貴女の予想通り』

「そうか……。それだけ聞ければそれで良い」

『行くの?』

「ああ、止める」

『そう、なら一言。貴女の背負うものではない。だからそんな泣きそうな顔をする必要は──』

「違うよ。それは違う。私はここに居て、ここで関わっている。だからこれも私が背負うべきものだ。 それに……私には泣く資格も無いよ」

 思ったままを伝えると、ナルノヒスはほんの少しだけ目を見開き、そう。と、一言呟き帰っていった。

「さて、わざわざ向かってくるとはね。お前らは下がってろ。アベル! ちゃんと全員守れよ」
「えっ!? な、なんのこ──」

 ドガンッ! 私がアベルに注意すると同時に足元が爆ぜ、そこから異形の姿をした何者かが、ヘグメスを抱えて現れたのだった。
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