R18、アブナイ異世界ライフ

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95.傷害事件

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 寒冷期に入って半月以上が経過した。冷え込みは日に日に厳しくなって暖炉のありがたみをしみじみと実感していた。

  あれからリラは、レドとルーカスに認められた歌い手として彼方此方から呼ばれて忙しそうにしている。でもここの酒場には定期的に出演していて、その度に2人で食事したりしてすっかり仲良くなった。

  だけどこの前話した時はちょっと様子が変だった。軽く尋ねてはみたがあまり話したくなさそうだったのでそれ以上は聞かなかったが・・・少しもやもやした。彼女に対してではなく、何となく嫌な感じがしたのだ。気を付けて、と声を掛ければ良かったと別れてから思った。




 「嫌な感じ、ですか?」
 「うん。弱いけどレドの時と似てる感じがして…でも何ていうか…勘に近いの。わたしの心にも左右されるけど、それでハッキリしない訳じゃなくて…上手く説明出来なくてごめんなさい」

  その夜。わたしは感じた事を話してみたが、自分でもハッキリしない事を上手く伝えられる訳がない。話を聞いた2人は暫し考え込む。

 「…確率、かもな。俺には心眼が殆ど無いが稀に視える事がある。おそらく強ければ強いほど視え易い」
 「なるほど。レドの時は戦いに行く事がハッキリしていましたから、確率も高かったのでしょうね」
 「確率…そうかも…」

  レドの言葉を聞いて不思議と納得した。ちゃんと視てはいないが開眼前と違って理解できた。

 「危険があるかもしれない、か…ルーカス、次回の送りをルイかコンゴに出来るか?」
 「ええ、問題ありません」
 「送りの時に注視させる。それで良いか?」
 「うん、ありがとう」

  送りとは、ステージに出た歌い手を宿や自宅近くまで店のスタッフが送り届ける事。女性の夜の外出が危ないここでは多くの店がこの送りサービスを行っている。誰とは決まっていないのだが、それをルイかコンゴに頼んでくれるというのだ。

  彼女を悩ますトラブルを探ろうと思えば簡単。だが一般の街人を確定ではない予感を理由に探る事などしない。それは、簡単に情報を得ることの出来る立場だからこそのモラル。もちろん例外はあるが。











 それから数日後。リラが酒場のステージに出る日、わたしは早番でホールの仕事をしていた。レドは披露パーティーの事でフェズさんの所へ行っている。

  17時過ぎ、辺りは暗くなり始めていた。

  そろそろリラが来る頃だな、と思っていた時だった。

 「キャアァッ!!」

  外から女性の悲鳴。

 「!!」

  今のリラの声だった!!

  バッ!とカウンターのルーカスを振り返ると、彼はもう傍まで来ていた。ホールに向かって声を張る。そして今にも飛び出しそうなわたしを止めた。

 「皆さんそのままで!!…私が行きます、ソニアはここで待って」

  一緒に行く!と言いたかったが、彼の目はそれを良しとしていなかった。

 「ルイ、頼みます」
 「はい」

  わたしが頷いたのを確認し、ルイさんに一言言って素早く出ていった。




  悲鳴の方へと急いだルーカスが見たのは・・・腕を斬りつけられて地面に座り込むリラと、血の付いたダガーを握りしめて立ち竦む細い男。

  ルーカスは瞬く間に細い男の目の前に立ち塞がり、ダガーを叩き落して首筋に手刀を浴びせた。呆気なく意識を失って倒れる男。尋常じゃない量の汗を吹き出しているその顔には見覚えがあった。ダガーを回収して縛り上げ、周囲の気配を探りながらリラの元へ。

 「リラ、ああ、そのままで良いです」

  震える彼女に声を掛け、傍にしゃがみこんで傷口を見る。ダガーに毒や薬の類は塗られていなかったようだ。上着の上から斬りつけられたからか、あまり深くはないようだし出血も少ない。

 「失礼しますね。少し我慢して下さい」

  ルーカスは彼女の返事を待たず、震えが収まらない身体を軽々と抱き上げる。その時、今日休みだったコンゴが騒ぎを聞きつけて裏から出てきた。流石に突然の出来事にも全く動揺しない。

 「ああ、コンゴ、ちょうど良かった。その男を小屋へ放り込んでおいて下さい。後で尋問をお願いしますから」
 「あいよ」

  コンゴが男をひょいと肩に担いで裏へ戻り、ルーカスもオーナー部屋の方の扉から中へ入った。




  わたしは表へ出たいのを堪えながらじっと待っていた。

  やがてオーナー部屋近くのドアが開く音が聞こえ、ルイさんが背中をポン、と押してくれる。わたしは彼の気遣いに甘えて裏へ走った。

 「ルーカス!リラ!」

  ルーカスに抱えられたリラを見て思わず大声を出してしまった。

 「ソニア、上の空き部屋に運びますから手当てを」
 「分かった」

  一緒に2階へ上がって空き部屋へ入るとリラはベッドへそっと降ろされる。

 「リラ!」
 「私は一度店へ戻ります。彼女を頼みますね?」
 「うん」

  彼女に駆け寄るわたしにそう言ってルーカスは部屋から出ていった。

 「…ソ、ソニア…」
 「リラ、大丈夫だよ。すぐ治すからじっとしてて」

  リラにヒールをかけると、柔らかくて暖かな純白の光が彼女を包み・・・消える。

 「どう?まだどこか痛む?」
 「…大丈夫みたい…ありがとう…」

  少し驚いたようだったが小声で返事がくる。彼女の顔は青白く、まだ恐怖が拭い去れないようだ。

 「待ってね、今部屋を暖め…」
 「…いいから、ここにいて…」

  リラがわたしを引き止める。

  ここは空き部屋なので暖房器具がなく、冬真っ只中の部屋の中は寒々としていた。だから暖房器具を持ってこようとしたのだが・・・ひとりになりたくない、とわたしを止めた手が訴えている気がして思い直して隣に座った。

 「うん、分かった。ここにいる」

  そう言ってすっかり冷えてしまっている手を握ると、ちょっと安心したように身体の力を抜いた。

 
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