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86.提案
しおりを挟む「一緒に、ですか?」
そう聞き返したのはルーカスだが、わたしの提案に3人とも不思議そうな顔をしていた。
ここでは伴奏がそうであったように、歌い手もひとりでしか歌わない。原因としては歌い手の殆どが兼業である事と、歌は自分で作るのが普通、というのが大きいだろう。練習時間や選曲などの問題を考えるとソロの歌い手しかいないも頷ける。
だがソニアは、このお祭りだけの特別なステージと考えれば出来ない事ではないと思っていた。大トリの選考に上がったほどの歌い手ならば。
「うん、一緒に。フェズさん、立候補している歌い手さんは何人ですか?」
「3名です」
「なら私を入れて4人、2人ずつに分かれるのが良いと思う。一緒にと言っても同じメロディを歌うんじゃなくて、一部分を違うメロディで歌うの」
説明してみるが、いまいちピンとこないようで3人とも難しい表情をしている。
「…確かに皆で歌えれば一番不満も少なくて済むが…」
「想像がつかなくて、何と言ったらいいか…」
「一度実際にやってみませんか?伴奏を増やしたときも、やってみて初めて素晴らしさが理解できましたから」
レドとフェズさんが難色を示す中、助け舟を出してくれたのはルーカスだった。
「…フェズ、歌い手は今どこにいる?」
「会議室に居ます」
「やってみて駄目だったら他の案を検討、でどうだ?」
「分かりました。役員を招集しますか?」
「ああ」
◇
会議室に居たのは歌い手3人、伴奏者2人。その中に見覚えのある歌い手が1人いた。5人はフェズさんと一緒にわたしが来た事に驚いていた。
レドとルーカスには外してもらっている。あの2人がいると自分の意見を言えない者も出てくると思ったからだ。
フェズさんが提案を告げると、やはり皆訳がわからない、という顔をする。そこでわたしは歌ってみる事にした。
はじめに主メロ、次にハモり。
歌い終えて皆に頼んでみる。
「これを同時に2人で歌うんです。どなたか、試しに今の主メロ歌ってみてくれませんか?わたしがハモりますから」
わたしの言葉に顔を見合わせ、一番年長らしい歌い手が思い切ったように口を開く。
「それ、あなたの歌でしょう?皆であなたの歌を歌うの?上手いのは認めるけど、1人だけ得じゃない?」
「これはお祭りのステージでしか歌いません」
彼女のいう事も尤もだ。今は口約束しかできないが、自分の意思は伝える。
「「「「「・・・・・」」」」」
案の定、あまり良い反応は返ってこない。
「この中のどなたを選んでも1人が2度ステージに立つ事になります。誰かが2度立つか、皆が2度立つか。どちらが良いか考えてみてください」
フェズさんの言葉を受け、歌い手たちは皆考え込んでいる。
「…良いわ。あたしが試しに歌ってみる」
長い沈黙の後立ち上がったのは先ほどの年長の女性だった。
彼女とわたしの声が綺麗なハーモニーを奏で、歌が終わる。流石大トリの選考に上がった歌い手、つられそうになりながらも歌いきった。
フェズさんも含め、皆目を見開いて惚けている。
「どうですか?皆で歌ってみませんか?」
もう一度問う。
「すごい…歌ってみたい」
「私も」
「オレも参加したいです!伴奏はどうなるんです!?」
「もちろん参加していただきたいです」
一転して賛成してくれる。わたしは興奮気味に立ち上がって話す伴奏者に返事をして歌ってくれた女性を見た。
「…楽しかったわ。あたしも歌いたい」
「ありがとうございます」
こうして皆の賛成を得た後、レドとルーカス、集まった役員たちも歌を聴いて納得してくれた。
今からすぐに練習したいという話も出たが、時間も遅いので今夜は選曲と人選だけ済ませた。
「練習はどこでするの?ここにはピアノがないし」
そう言ったのは年長の女性。名はリラ。年長と言ってもわたしより2つ3つ多いくらい。栗色の髪はすっきりとしたショートボブで、背が高くスレンダー。快活な雰囲気の中にも大人の色気を感じる。彼女に伴奏者はいないが、他の歌い手も伴奏者も皆顔見知りのようだった。わたしに自分もタメ口にするから敬語は要らない、とハッキリ言ってきた。明朗闊達という言葉が似合う人だ。
「それは…」
言いかけた時わたしたちの居た会議室にレドとルーカスが入ってきた。2人を見た途端、皆が緊張する。
「終わったと聞いたが」
「待って、明日の練習場所が決まらないの。ここにはピアノないし」
レドとルーカスが視線を交わす。
「なら、酒場でやれ」
「え、良いの?」
「もちろんです」
「ありがとう!」
無事に練習場所も開始時間も決まり、今夜は解散となった。
「あのリラという歌い手、復帰したんですね」
帰りの馬車の中、ルーカスが言った。
「ああ、2年休んだな。そのブランクがなければ、祭り前に多数決するまでもなくリラで決まりだっただろう」
「相変わらず上手でしたね、ブランクを全く感じませんでした」
「彼女、2年も休んでたの?」
2人の会話に驚き、思わず聞き返す。
「ああ」
「……」
2年歌わずにいてあのクオリティー。きっと休んでいる間も練習を重ねていたのだろう。彼女は楽しかったと言ってくれたがそれはわたしも同じで、また一緒に歌いたいと思った。
思えば異世界に来てからほとんど女性と話していない。酒場のスタッフもレドの部下も、訪ねてくる客も、皆男性。女性といえばショップの店員さんか・・・サンドラくらいだった。わたしは久しぶりに女友達と話したような気がして嬉しかった。
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