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83.シャハールの最高権力者
しおりを挟む屋台を出た後レドに連れられてきたのは、祭り運営本部ショップユニオンのテントだった。
「ねえレド…ここで見るの?わたしも入っていいの?」
入る前に掴まっていた彼の腕を引いて尋ねる。
「ん?嫌か?よく見えるぞ」
「イヤとかじゃなく、ここユニオンのテントでしょう?レドはともかく、わたしまで入っていいの?」
ユニオンの定例会議にレドが出席してるのは知ってる。彼は多くの店のオーナーなのだから当然だが・・・そこに妻を連れていっていいのだろうか?他に女性も見当たらないし・・・。
「良いに決まってるだろう。何を気にしてる?」
「だって…他に女性いないし」
「ああ、独身の奴が多いからな。大丈夫だ、来い」
レドに肩を抱かれて中に入る。するとすぐにフェズさんが気がついて来てくれた。
「これはソニア様、ようこそ。さあ、こちらへどうぞ」
フェズさんは当然のようにわたしを出迎え、席に案内してくれる。ユニオンのメンバーであろう数人の男性がこちらを見ていたので、一応会釈してから席へ向かった。
案内されたのは明らかに特等席だったが、レドにエスコートされて自然に席に着いてしまった。
ここは祭りの運営本部。普通、特等席といってもそれは位置的な事でイスはパイプイスを想像しますよね?でも違うんです。高級感あふれる革張りのソファーなんです。ソファーの下には大きな毛皮が敷いてあるんです。
な、何故こんな事に・・・。今更どうしようもないけど気後れ感がハンパないです。
チラッとレドを見ると、彼は機嫌良さそうに黒豹の耳と尻尾を揺らしている。わたしの視線に気が付いて微笑み、肩を抱き寄せた。長い足を組む姿が凄く素敵・・・じゃなくて!何で街長さんが座るような席にわたし達が居るのか、それが分からないんです!・・・そういえばシャハールの街長って誰だろう?聞いたことなかったな。聞いてみたいけど、今はそんな雰囲気じゃない。
・・・ステージに集中しよう。わたしも明後日歌うんだから感覚を掴んでおきたい。
そう思考を切り替えて綺麗な歌声に耳をすませた。
◇
ステージが終わり、屋台に戻って片付けを手伝った後、お祭りなんだからという理由で徒歩で帰宅中です。
0時まで馬車が通れない広いストリートを3人で歩く。もう人通りはほとんどない。わたしは2人の腕に掴まりながら気になっていた事を聞いてみる。
「ねえ、シャハールの街長さんって…誰?わたしの知ってる人?」
言った途端、2人同時にピタッと立ち止まる。目をパチクリさせてわたしを見ると、たっぷり数秒間経ってから爆笑した。
・・・爆笑って。
レドモンドとルーカスの爆笑。ソニア以外の人は驚きで腰を抜かしてもおかしくない貴重な光景です。
「…む~!何なの、もう!」
笑いが全然治らなくて膨れる。
「フフフ…すまん。だが…フフッ、街長か、フフッ、お前も知ってるさ」
「ふふふ、ふ、すみません。街長はもちろんですが、そのバックにいるのは貴女の一番身近な人物ですよ」
・・・身近?・・・・・身近!?
「ふぇっ!?ちょ、ちょっと待った!街長のバックって何!?」
ひとりでパニックになるわたしをまた笑いながらルーカスが話してくれる。
ここは、シャハールという名が付く前からグラベットが本拠地としている地。グラベットと共に苦しみ、喜び、大きくなった。
故に、街長は代々グラベットのボスが務めてきた。
組織と街が大きくなるにつれ、当然ひとりの手には負えなくなってくる。そこで、増え続ける店をまとめる為にショップユニオンを設立。ユニオンのトップにグラベット幹部を据えて街長を任せ、ボスがバックにつくことで力を維持した。怪しい輩は排除し、懸命な者を受け入れて経済を潤し、街の守りも強固なものとした。
ユニオンのトップが街長、そのバックにボス。この形式は永く続くシャハールの伝統のひとつなのである。
当然、ここの住人は誰でも知っている常識。
「・・・・・」
話を聞き終えたわたしは、間の抜けた顔をしていると自覚しながらも思い出していた。ユニオンのテントでの事を。
・・・ナルホド。やっと理解出来ました。フェズさんが当たり前のようにあの席に案内した訳も、レドの、良いに決まってるだろ、の訳も。
彼はこの街の最高権力者・・・で、わたしはその妻。う~ん、まるで実感がないです。これってやっぱり不味い気がします。
「フフッ、これも知らなかったのか?」
「……はい。ゴメンナサイ」
「謝る必要はない。そうか、知らずに結婚したか…フフッ」
「ソニアには本当に驚かされます。ふふふ…最近、よく笑ってる気がします」
「うぅ…ハイ、よく笑われてますよ。…でもね、分かってもまるで実感も自覚も沸かなくて…ゴメンナサイ」
チラッと見上げると笑顔の2人に見つめられていた。
「まあ今はいいさ、ソニアは元から肝が据わって堂々としてるからな。警戒さえきちんとしてくれれば。実感も自覚も、後から嫌という程出てくるもんだ」
「そうですよ、先は長いんですから根を詰めると疲れます。でも、警戒だけは怠らないでくださいね」
「元気で傍にいてくれれば、充分だ」
「ええ、その通りです」
優しい言葉たちにきゅん、とする。
「ありがとう。ちゃんと気をつける」
「…さあ、帰りましょう」
わたしは再び差し出された2人の腕に飛びついた。
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