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80.ピアニーの母のレシピ
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ピアニーさんの母親はやはり異世界から来たのだと思う。彼女は、ショーユが完成すれば米酒に合うつまみがたくさん作れる。それを米酒と一緒に売ってもっと多くの人に呑んでもらえるようにするんだ。そう言って完成を楽しみにしていたのだという。
でも彼女はショーユ完成直後、急に倒れて帰らぬ人になってしまった。最愛の妻を亡くした父親はすっかり老け込み、後を追うように逝ってしまう。残されたピアニーは、父と共に酒を造っていた数人の職人と酒造りを続けた。だが元々苦しかった経営は悪化する一方で、職人も去っていった。もう看板を降ろす寸前だったのだ。
この話を聞いた時、わたしは悲しくなった。
同じ異世界から来たであろう彼女は志半ばで生涯を終えた。転生なのか、転移なのか、帰りたかったか、そうじゃないのか、何も分からない。それでも・・・無念だったろうと思った。
◇
ピアニーは酒場の裏にある小屋のひとつに住む事になった。1人なので米酒もショーユも少しずつしか造れないが、当面はこれで充分だろう。
米酒は問題だった酒の肴に関するレシピがあった事が分かり、一気に話が加速して試験的にだが出してみる事になった。現在準備の真っ最中。
レシピがあったのに何故王都でつまみを売らなかったか、それはレシピが未完成だったから。いや、正確に言えば未完成に見えたから。ピアニーの母が残したそれは料理名と材料くらいしか書かれておらず、その料理を知らない者が作っても店で出せるほどのクオリティーにはならなかったのだ。
ソニアは書かれていた料理を作ってみせ、レシピを完成させた。そのつまみと米酒の試食、試飲会が行われてGOサインが出た。
トントン拍子に進む話にピアニーはずっと感激し通しで、皆にお礼を言い、頭を下げて回っていた。そんな彼にレドモンドが告げた一番の条件は米酒のクオリティーを下げない事。要するに、今の気持ちを忘れずに酒とショーユ造りに精を出せ、という事である。
「それにしても、よくレシピを再現出来ましたね」
「ああ、どれも美味かった」
深夜、ベッドルームのバーカウンターで米酒を呑みながら2人が言った。
「あれね、レシピっていうよりメモ書きだと思う」
「メモ書き、ですか?」
「うん。ショーユが完成したらどんなものを作ろうか、材料とかを思い出しながら書いたんだと思う」
彼女は料理上手な人だったという。なら、馴染みある料理の手順は書き出さなくても作れるだろう。でも材料はもしかしたら漏れがあるかもしれない。この世界にないものが欠かせない材料だったらその料理は作れないのだ。だからメモ書きして考えをまとめていたのだと、わたしは思った。
全ては推測にすぎないけれど・・・。
彼女の事を考えると、また少し悲しくなってしまう。俯くわたしの頭をレドの大きな手が優しく撫でる。ルーカスが手を握る。
2人には敵わないなぁ、お見通しなんだもん。
「…ありがとう。…ね、今日のはどう?口に合う?」
気を取り直して聞いてみる。今夜は肴にイカの塩辛を作ってみた。彼女のレシピにはないが、ここで食べるには問題ない。
「私はこないだの角煮の方が好きですが、これも美味しいですよ」
「俺はこっちの方か好みだ。酒に合う」
「そう?良かった。これは苦手な人も結構いるから」
「これも店には出ないつまみですね。ふふふ…良い米酒が手に入ってまた楽しみが増えました」
「そうだな、こうしてチビチビ呑むのも良いもんだ」
3人の癒しのひととき。優しい時間はゆっくりと過ぎていった。
◇
祭りまで後3日。
街は日を追うごとに祭り一色に染まっていく。広場の特設ステージもほぼ出来上がり、出演する歌い手や演奏家が書かれた臨時掲示板なども設置された。当日はテーブルやイスが設置され、客は飲み食いしながらステージを見られる。
屋台は広場を始め広いストリートにも数多く並ぶ。普段は入らない店も、入りにくい店も屋台になれば気軽に寄れる。店側もこの機会に新規の客を取ろうと色々アイディアを練るのだ。そしてゆくゆくは広場へ出店したいと願う。広場には人気の高い店しか出店出来ないからだ。
情報誌もこの時期は祭り特集が組まれる。ステージに出演する歌い手と演奏家の詳しい紹介や、屋台の情報、地図などが載っていて購入する人も多い。
レドモンドの酒場でも順調に準備が進んでいた。この店はもうずっと広場に出店しているが、今まで祭りだからこうしよう、というのは無かった。それを思えば今年は随分様変わりしている。
その様変わりの要因がソニアなのだが・・・それを本人が知らないのは仕方のない事だろう。異世界祭り初体験なのだから。
でも彼女はショーユ完成直後、急に倒れて帰らぬ人になってしまった。最愛の妻を亡くした父親はすっかり老け込み、後を追うように逝ってしまう。残されたピアニーは、父と共に酒を造っていた数人の職人と酒造りを続けた。だが元々苦しかった経営は悪化する一方で、職人も去っていった。もう看板を降ろす寸前だったのだ。
この話を聞いた時、わたしは悲しくなった。
同じ異世界から来たであろう彼女は志半ばで生涯を終えた。転生なのか、転移なのか、帰りたかったか、そうじゃないのか、何も分からない。それでも・・・無念だったろうと思った。
◇
ピアニーは酒場の裏にある小屋のひとつに住む事になった。1人なので米酒もショーユも少しずつしか造れないが、当面はこれで充分だろう。
米酒は問題だった酒の肴に関するレシピがあった事が分かり、一気に話が加速して試験的にだが出してみる事になった。現在準備の真っ最中。
レシピがあったのに何故王都でつまみを売らなかったか、それはレシピが未完成だったから。いや、正確に言えば未完成に見えたから。ピアニーの母が残したそれは料理名と材料くらいしか書かれておらず、その料理を知らない者が作っても店で出せるほどのクオリティーにはならなかったのだ。
ソニアは書かれていた料理を作ってみせ、レシピを完成させた。そのつまみと米酒の試食、試飲会が行われてGOサインが出た。
トントン拍子に進む話にピアニーはずっと感激し通しで、皆にお礼を言い、頭を下げて回っていた。そんな彼にレドモンドが告げた一番の条件は米酒のクオリティーを下げない事。要するに、今の気持ちを忘れずに酒とショーユ造りに精を出せ、という事である。
「それにしても、よくレシピを再現出来ましたね」
「ああ、どれも美味かった」
深夜、ベッドルームのバーカウンターで米酒を呑みながら2人が言った。
「あれね、レシピっていうよりメモ書きだと思う」
「メモ書き、ですか?」
「うん。ショーユが完成したらどんなものを作ろうか、材料とかを思い出しながら書いたんだと思う」
彼女は料理上手な人だったという。なら、馴染みある料理の手順は書き出さなくても作れるだろう。でも材料はもしかしたら漏れがあるかもしれない。この世界にないものが欠かせない材料だったらその料理は作れないのだ。だからメモ書きして考えをまとめていたのだと、わたしは思った。
全ては推測にすぎないけれど・・・。
彼女の事を考えると、また少し悲しくなってしまう。俯くわたしの頭をレドの大きな手が優しく撫でる。ルーカスが手を握る。
2人には敵わないなぁ、お見通しなんだもん。
「…ありがとう。…ね、今日のはどう?口に合う?」
気を取り直して聞いてみる。今夜は肴にイカの塩辛を作ってみた。彼女のレシピにはないが、ここで食べるには問題ない。
「私はこないだの角煮の方が好きですが、これも美味しいですよ」
「俺はこっちの方か好みだ。酒に合う」
「そう?良かった。これは苦手な人も結構いるから」
「これも店には出ないつまみですね。ふふふ…良い米酒が手に入ってまた楽しみが増えました」
「そうだな、こうしてチビチビ呑むのも良いもんだ」
3人の癒しのひととき。優しい時間はゆっくりと過ぎていった。
◇
祭りまで後3日。
街は日を追うごとに祭り一色に染まっていく。広場の特設ステージもほぼ出来上がり、出演する歌い手や演奏家が書かれた臨時掲示板なども設置された。当日はテーブルやイスが設置され、客は飲み食いしながらステージを見られる。
屋台は広場を始め広いストリートにも数多く並ぶ。普段は入らない店も、入りにくい店も屋台になれば気軽に寄れる。店側もこの機会に新規の客を取ろうと色々アイディアを練るのだ。そしてゆくゆくは広場へ出店したいと願う。広場には人気の高い店しか出店出来ないからだ。
情報誌もこの時期は祭り特集が組まれる。ステージに出演する歌い手と演奏家の詳しい紹介や、屋台の情報、地図などが載っていて購入する人も多い。
レドモンドの酒場でも順調に準備が進んでいた。この店はもうずっと広場に出店しているが、今まで祭りだからこうしよう、というのは無かった。それを思えば今年は随分様変わりしている。
その様変わりの要因がソニアなのだが・・・それを本人が知らないのは仕方のない事だろう。異世界祭り初体験なのだから。
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