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36.負のスパイラル
しおりを挟む翌朝、私は1人で悶々としていた。
謝りに行く、と決めたのはいいのだが・・・思い出したんです。昨夜気を失う前の事を。
髪の匂いを嗅がれ、手を触られて感じ、レドとのキスを見られ、だらしのない顔で上げた声を聞かれ、極めつけはレドとハモった愛の囁き。
・・・あれはヤバかった。レドの低く響く声と、それより少し高くて柔らかな声。今も耳に残って・・・うぅ、白状します。ときめいたんです!スッゴク!あれは本気だよね?冗談でレドと一緒にあんな事しないよね?・・・ハッ、まさか!お仕置きとして辱めるために!?嘘だとか言われたらショック!い、いや、逆にその方が良いのか?逆って何の!?お、落ち着けワタシ!!冷静に・・・
「……ソニア…面白い顔してないでさっさと行って来い」
部屋をウロウロしていた私にレドが呆れ顔で言った。
「レ、レド…はい…」
私室を出てマスター…ルーカス…マス…彼の部屋へ向かう。彼の私室は1階で、レドとは反対側の角にある。場所は知っていたが入った事はない。
その部屋の前で1度深呼吸してからノックした。
コンコン。
「あの、ソニアです。朝からすみません」
「いらっしゃい。どうぞ」
声を掛けるとすぐにドアが開いて招き入れてくれた。
「昨日はすみませんでした」
ソファーへ案内されたが、座る前に頭を下げる。
「…私達が心配した訳、解っていただけました?」
「はい」
「それならもういいんですよ。座ってください。今日は私がコーヒーを淹れますから」
「…はい、ありがとうございます」
2つのカップを持った彼が隣に座る。コーヒーを受け取り、お礼を言ってカップに口をつけた。
「…やっぱりマスターが淹れた方が美味しいです」
一口飲んで少し落ち着き、ホッと息を吐きながら言う。
「おや?名前で、とお願いした筈ですが?」
「え…」
「昨夜の事はもう忘れてしまいました?」
スッ、と距離が縮まる。首を傾げながら覗き込まれてドキン、とした。
「あ…いえ、あの、つい、癖で…」
「それは良かった。一世一代の愛の告白が忘れられたら悲しいですからね」
・・・!!
私が目を見開くと眉を寄せる。
「…何故驚くんです?もしかして、本気じゃないと思われていたのですか?」
如何にも心外、といった様子だ。でもあの時はいっぱいいっぱいで混乱していたし・・・
「いえ、そういうわけでは…」
言い淀んでいると手をそっと握られる。
「私は本気ですよ。信じてもらえるまで何度だって言います。…あなたを愛してます…ソニア」
「あ…」
「…本当ならもっとロマンチックな雰囲気で話すべきですよね。ですが、なにぶん初めて自分から告白したので…緊張してるんです。すみません」
「初めて…?」
「ええ、お付き合いした事はありますが自分からはないですね」
さっきから心臓がうるさい。ドキドキと高鳴って、まるで・・・まるで?
「私は、ソニアと、レドと、生涯を共にしたい。…返事は今すぐにとは言いませんが…正直に言うと、早くソニアが欲しいです」
私を見つめるエメラルドグリーンの瞳は、写真で見たどこかの海の色に似ていて…すいこまれそうな気がした。彼は握った手の甲に口づけて微笑んだ。
◇
その夜。
レドに今朝の事を話すと、彼がレドの元へ許しを貰いに来た時の事を教えてくれた。
2人の私を想う気持ちが嬉しかった。互いを信頼し、尊敬する深い結び付きを羨ましく思った。
「一番大切なのはソニアの気持ちだ。その気が無いならきっぱりと断れ。後の事なら気にしなくても良い。これくらいで壊れるような付き合いはしてきてないからな」
「レド…」
「…自分の素直な気持ちに従え。どちらを選んだって俺はずっとお前を愛し続ける」
レドはそう言ってふわっと私を抱きしめ、そっとキスを落とした。
◇
人生は選択の連続―――――という有名な言葉が思い浮かぶ。転生してからの私はまさにこの言葉そのものだった。いつだって、後悔しないようにしてきたつもりだ。でもここにきて、重要な分岐点に立たされている気がする。レドと結ばれた時もそうだったが、今は前よりも私の選択によって影響を受ける人が多い。そう思うと何だか怖い気がした。
吸い込まれそうな綺麗な瞳も、優しい笑顔も、柔らかな声も、レドが義理堅い、と語るその人柄も。
好き。
でも・・・レドに対する愛情とはやはり差がある。こんな気持ちで彼を受け入れて良いのか迷っていた。
魔人は多夫多妻、それがここの常識だとしても迷いは消えない。こんな事レドにも相談できない。だって・・・相談するならどうしたって転生の事を話さなければならない。いつまでも記憶がない、では誤魔化せない。だけど、打ち明けても信じてもらえなかったら?幻滅されたら?レドを信じていない訳じゃない。好きだからこそ、怖い。
私はすっかり負のスパイラルに陥ってしまった。
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