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16. 粗雑と失敗の訳
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お風呂は居住スペースの一番奥にあり、壁の向こうは裏庭になっている。そこに魔石が埋め込まれた大きなボイラーのような物が設置されている。それがお風呂にお湯を送っているのだ。
ガイは仕事上りにホールスタッフに注意され、返事もそこそこにして裏庭に来て、イライラを発散させるために魔法を放ったらしい。それがボイラーに命中し、魔石が砕け散った。爆発音はその時の音だった。
コンゴさんから状況報告を受けたオーナーはマスターと視線を交わす。軽く頷き合ってからオーナーが口を開いた。
「ガイ、お前は失敗もあるが調査員見習いとしては及第点だった。だがここに来てからはどうだ?酷いもんだろう?その自覚はあるのか?」
「は、はい」
「原因は分かるか?」
「…い、いえ、あの…」
音を聞きつけたスタッフたちが集まってくる。オーナーはため息を吐いてから続けた。
「…お前、酒場のスタッフの仕事、馬鹿にしてるだろう」
えっ・・・?馬鹿にしてる?
オーナーとマスター以外、皆あっけに取られる。
「自分のしている調査は役に立ってるし、合格した者しか出来ない。だが、ホールの仕事は誰でも出来る。だから俺の方が凄い。そう思ってるだろう?お前はそれを自覚出来ないほど鈍くはない」
ガイは俯いて返事をしない。
「自分の方が凄いはず。なのに酒場では叱られてばかりで面白くない。そうやっていじけてるからいつまでも失敗が減らない」
ああ、なるほど。私への当たりがキツイ訳が理解できた。回復中心で戦闘など出来るはずもない、白兎の私に抑え込まれた怒り。それに加え、格下だと思っている者たちに注意されて不満だったんだ。だから依頼も扱っているルイさんやコンゴさんには素直で、私や他のスタッフにはあの態度か。納得。
「…ガイ、俺はな、この世の全てのものに、そこに存在する意味があると考えている。どんな職業の者も、動物も、魔物も、盗賊さえも」
オーナーが目配せする。それを受けて今度はマスターが話す。
「酒場は、依頼や情報を扱うためだけの場所ではありませんよ。寧ろそちらが後付けです。本来は皆の癒しであり、楽しむ場であり、英気を養う場です。もしも酒場などの娯楽がなくなったら、唯々生きるために動く人形のような者たちで溢れ返るでしょうね。世は殺伐とし、争いが始まる。これは決して大げさな表現ではありません」
「仕事に上も下もない。収入の差はあるだろうが、それは多ければ多いほど、責任が重い。…お前はまず自分で考え、理解することからだな。それすらしないようなら……俺にも考えがある。俺は博愛主義じゃない」
皆、黙ってオーナーたちの話に耳を傾けていた。もちろん私も。
博愛主義じゃない。これに同感し、安心した私は冷たいと言われるかもしれない。でも。全てを救う!などと出来るかどうか分からない事を言う人より余程信用できる。そう思った。
それに。
全てのものに存在する意味がある。この言葉は私の心を震わせた。
ガイの俯いた顔は青ざめ、手は握ったまま微かに震えている。
レドモンドがわざわざ皆の前で言ったのは訳がある。数日間、部屋に呼んでレドモンドが何度も叱り、ルーカスも諭したが効果はなかった。その場では反省するものの、その気持ちが長続きしないのだ。荒療治かもしれないが大人になってからではもっと難しくなる。そう考えての事だった。
「さあ皆さん。お風呂は数日間使えません。入りたい者は公衆浴場へ行ってくださいね。…ルイ、明日、朝一で修理を頼んできてもらえますか?」
話は終了!とばかりにマスターが声を張る。
「はい、分かりました」
2人の会話を合図に皆それぞれ動き出す。ガイは走って部屋へ帰ってしまった。きっと皆色々思う事はあるだろうが、誰も何も言わなかった。
私どうしよう。もう夜中だし公衆浴場までは結構距離がある。今から一人で・・・は無理だろう。はあ・・・。今日は諦めて明日行こう・・休みだし。
そう考えて部屋へ戻ろうとするとオーナーに声を掛けられる。
「ソニア、お前は俺の風呂を使え」
「…え?」
俺の風呂?ってオーナーの私室のお風呂って事?そ、それはちょいとマズくないですか?
「私もそうした方が良いと思います。毎日公衆浴場まで通うのは大変でしょう?」
マスターまで進めるの?
「え…で、でも」
「じゃあ選ばせてやる。公衆浴場まで俺に送り迎えされるか、俺の風呂に入るか。どっちが良い」
「…その2択しかないんですか」
この街の広いストリートは安全だが、夜は女一人で歩いてる者などいない。それを考えると確かに毎日通うのはちょっと難しい。早番でも終わってからじゃ帰りはすっかり暗いのだ。遅番は論外。となると休みか遅番の仕事前しか行けない。・・・どうしよう。
迷う私に2人して追い打ちをかける。
「私も借りますよ」
「風呂上りのワインは美味いぞ?」
・・・マスターも一緒。・・・ワイン。
「…よろしくお願いします」
落とされました。ワタシ、お風呂と同じくらいワインとコーヒーがとっっても好きなんです。
ガイは仕事上りにホールスタッフに注意され、返事もそこそこにして裏庭に来て、イライラを発散させるために魔法を放ったらしい。それがボイラーに命中し、魔石が砕け散った。爆発音はその時の音だった。
コンゴさんから状況報告を受けたオーナーはマスターと視線を交わす。軽く頷き合ってからオーナーが口を開いた。
「ガイ、お前は失敗もあるが調査員見習いとしては及第点だった。だがここに来てからはどうだ?酷いもんだろう?その自覚はあるのか?」
「は、はい」
「原因は分かるか?」
「…い、いえ、あの…」
音を聞きつけたスタッフたちが集まってくる。オーナーはため息を吐いてから続けた。
「…お前、酒場のスタッフの仕事、馬鹿にしてるだろう」
えっ・・・?馬鹿にしてる?
オーナーとマスター以外、皆あっけに取られる。
「自分のしている調査は役に立ってるし、合格した者しか出来ない。だが、ホールの仕事は誰でも出来る。だから俺の方が凄い。そう思ってるだろう?お前はそれを自覚出来ないほど鈍くはない」
ガイは俯いて返事をしない。
「自分の方が凄いはず。なのに酒場では叱られてばかりで面白くない。そうやっていじけてるからいつまでも失敗が減らない」
ああ、なるほど。私への当たりがキツイ訳が理解できた。回復中心で戦闘など出来るはずもない、白兎の私に抑え込まれた怒り。それに加え、格下だと思っている者たちに注意されて不満だったんだ。だから依頼も扱っているルイさんやコンゴさんには素直で、私や他のスタッフにはあの態度か。納得。
「…ガイ、俺はな、この世の全てのものに、そこに存在する意味があると考えている。どんな職業の者も、動物も、魔物も、盗賊さえも」
オーナーが目配せする。それを受けて今度はマスターが話す。
「酒場は、依頼や情報を扱うためだけの場所ではありませんよ。寧ろそちらが後付けです。本来は皆の癒しであり、楽しむ場であり、英気を養う場です。もしも酒場などの娯楽がなくなったら、唯々生きるために動く人形のような者たちで溢れ返るでしょうね。世は殺伐とし、争いが始まる。これは決して大げさな表現ではありません」
「仕事に上も下もない。収入の差はあるだろうが、それは多ければ多いほど、責任が重い。…お前はまず自分で考え、理解することからだな。それすらしないようなら……俺にも考えがある。俺は博愛主義じゃない」
皆、黙ってオーナーたちの話に耳を傾けていた。もちろん私も。
博愛主義じゃない。これに同感し、安心した私は冷たいと言われるかもしれない。でも。全てを救う!などと出来るかどうか分からない事を言う人より余程信用できる。そう思った。
それに。
全てのものに存在する意味がある。この言葉は私の心を震わせた。
ガイの俯いた顔は青ざめ、手は握ったまま微かに震えている。
レドモンドがわざわざ皆の前で言ったのは訳がある。数日間、部屋に呼んでレドモンドが何度も叱り、ルーカスも諭したが効果はなかった。その場では反省するものの、その気持ちが長続きしないのだ。荒療治かもしれないが大人になってからではもっと難しくなる。そう考えての事だった。
「さあ皆さん。お風呂は数日間使えません。入りたい者は公衆浴場へ行ってくださいね。…ルイ、明日、朝一で修理を頼んできてもらえますか?」
話は終了!とばかりにマスターが声を張る。
「はい、分かりました」
2人の会話を合図に皆それぞれ動き出す。ガイは走って部屋へ帰ってしまった。きっと皆色々思う事はあるだろうが、誰も何も言わなかった。
私どうしよう。もう夜中だし公衆浴場までは結構距離がある。今から一人で・・・は無理だろう。はあ・・・。今日は諦めて明日行こう・・休みだし。
そう考えて部屋へ戻ろうとするとオーナーに声を掛けられる。
「ソニア、お前は俺の風呂を使え」
「…え?」
俺の風呂?ってオーナーの私室のお風呂って事?そ、それはちょいとマズくないですか?
「私もそうした方が良いと思います。毎日公衆浴場まで通うのは大変でしょう?」
マスターまで進めるの?
「え…で、でも」
「じゃあ選ばせてやる。公衆浴場まで俺に送り迎えされるか、俺の風呂に入るか。どっちが良い」
「…その2択しかないんですか」
この街の広いストリートは安全だが、夜は女一人で歩いてる者などいない。それを考えると確かに毎日通うのはちょっと難しい。早番でも終わってからじゃ帰りはすっかり暗いのだ。遅番は論外。となると休みか遅番の仕事前しか行けない。・・・どうしよう。
迷う私に2人して追い打ちをかける。
「私も借りますよ」
「風呂上りのワインは美味いぞ?」
・・・マスターも一緒。・・・ワイン。
「…よろしくお願いします」
落とされました。ワタシ、お風呂と同じくらいワインとコーヒーがとっっても好きなんです。
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