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4. 目的地
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目を開くと見たことのない天井。まだぼんやりしている頭で考える。
あれ…私どうしたんだっけ…?え…と、確か声が聞こえて…行ってみたら…村と女の子が…
そこまでは思い出したが…それから記憶がないって事は、気を失ったとか…?あの女の子が助けてくれたのかな?首を巡らせて部屋の中を見る。古い木造の建物の1室。窓からは太陽の光が差し込んでいた。8畳ほどの部屋にベッドが2つと木のイス、サイドテーブルにロウソクがある。もう1つのベッドには誰もいない。…病室?
誰かに話を聞きたくて起き上がろうとした時、ドアが開いて女の子が入ってきた。その子は私を見て大きな目をまん丸にすると、
「ひょっ!」
と面白い声を出して驚いた。リスの耳と尻尾がびよょん!と飛び出る。ああ、この子だ。
「あの…」
「目が覚めたですか!お父さんを呼んできます!」
リスの子は私の掠れた声を遮って笑顔で言い、勢いよく駆けだした。
びたぁん!
転んだ。
「んぎゅん!…うぅ~、うぇ~ん…」
泣き声が遠ざかっていく。びっくりした…大丈夫かな。
◇
「そうですか、記憶が…では何故荒山にいたのかは分からないですか」
「はい。すみません…」
私は気が付いたら荒山(そう呼ぶらしい)にいてそれ以前の記憶がなく、一般常識的な事もあやふやにしか覚えていない。と説明した。本当の事など話す訳にはいかないし、これしか思いつかなかった。
今話をしているのは、私を助けてくれたリスの子のお父さんでハンクさん。夫婦で治癒院を経営している。
治癒院とは回復系の魔法が使える人が経営している施設。ここで料金を払って体力や状態異常を回復してもらうのだ。この世界ではこうやって自分の魔法を使って商売をするのが普通だ。
「いえ、いいんですよ。ただ荒山はその名の通り、何も採れない場所なので人はまず行きませんから…」
ハンクさんは少し逡巡してから続けた。
「…何かあったのかと思いまして」
何か…とは何だろう?私が首を傾げると話を聞いていたハンクさんの妻、リースさんが口を開いた。
「荒山は盗賊の根城になりやすいのです。そして…ソニアさんのように数が少なくて珍しい白兎族は狙われやすいんです」
「え…珍しい?」
私はリースさんの言葉に驚いた。
ゲーム内では兎族といえば大体が白兎で沢山いたはず…やはり違う箇所もあるようだ。気を付けないと。
「ええ、ですから耳は出来るだけ隠しておいた方がいいですよ」
私はハッとして自分の耳を触る。そういえばこのまま歩いてきた…危ない事してたんだ。引っ込めようと思ったら耳は簡単に消えたがやはり聴力は落ちた。
「あなたが白兎だという事は僕と妻、それに娘の3人しか知りません。僕たちは黙っていますから」
「ありがとうございます。すみません」
この世界の盗賊は大きな犯罪組織と化している。スリや盗みの他、時として極悪非道な犯罪も犯す。もちろん警察に似た組織が事件を追っているが、捕まるのは下っ端ばかりでボスまでは辿り着かない。
小さな村にとって盗賊は脅威だ。大きな街なら保安官もいるし力ある魔人が守っている場合もあるが、端の村までは目が届かないのが現状だ。もし私が白兎だと噂が広まって襲われでもしたら村は壊滅しかねない。なるべく早くここを離れる必要がある。
◇
次の日。
体調も全快に近い状態になったので、村で情報収集しながら旅支度をする。聞いたところ、街まではとても遠くて女の足では15日はかかるという。馬車に乗せてもらえばいいと言われたが、この村に馬車は1台しかないし今街へ行く用もないのだ。それを村人でもない私が長く使う訳にはいかない。
私は悩んだ末、歩く事に決めた。もちろんきちんと準備をしてだ。まずは雑貨屋へ行って地図、魔石鞄、テント、寝袋、ランタン、魔除香、魔石水筒、火石、ナイフ。他必要な物。次に服屋で数枚の着替え。そして武器・防具屋でダガー。最後に食材、保存食、調味料。
雑貨屋で買った地図を見てホッとする。ゴア村以外は知っている名だったからだ。特にシャハールはゲームで必ずお世話になる街。ここに行けば仕事もあるはずだから、目的地はシャハールに決定。
よし、では情報収集の仕上げに行こう。
来たのは村に1件しかないという酒場。昼間も開いているが客は1人だけだった。その客は奥のテーブルに突っ伏してイビキを掻いて眠っている。壁にあるメニューにコーヒーを見つけてホッとした。
この世界に冒険者ギルドなどはない。依頼は酒場に持ち込まれる。腕に覚えのある者はマスターから依頼を紹介してもらうのだ。内容は討伐から薬草集めまで色々で、当然ながら情報も集まる。マスターのもう1つの仕事が依頼の斡旋と情報の提供、管理なのだ。
「コーヒーください」
そう言ってカウンターに座り、銀貨と銅貨を数枚出す。
ここでは小銅貨1枚10リム、銅貨1枚100リム、銀貨1枚1,000リム、金貨1枚10,000リム、白金貨1枚100,000リムである。コーヒーは1杯300リムなので明らかに多い。年配のマスターが私を観察するように見る。
「シャハールに行くんです」
「…一人でかい?」
「はい、そうです」
「…」
私はドキドキしていた。マスターに認めてもらえなければ、酒場から情報を得られない。ベテランのマスターには煩く聞かず、目的だけを簡潔に伝えるのがコツ、のはずである…。
「…今の所危険な情報は無い。街道に沿って歩けば魔物にも殆ど遭わないで済む。旅の物資は途中のタラン村で調達できるから忘れるな。…情報が古くならないうちに発て」
無表情でそう言ってコーヒーを置く。
「ありがとうございます」
良かった…情報もらえた。無意識のうちに強張っていた身体から力を抜いてコーヒーに口をつけた。
夜、ハンクさん家族にお礼をし、次の日の夜明けと同時に村を出た。
「……」
少年がその後ろ姿を見つめていた。
あれ…私どうしたんだっけ…?え…と、確か声が聞こえて…行ってみたら…村と女の子が…
そこまでは思い出したが…それから記憶がないって事は、気を失ったとか…?あの女の子が助けてくれたのかな?首を巡らせて部屋の中を見る。古い木造の建物の1室。窓からは太陽の光が差し込んでいた。8畳ほどの部屋にベッドが2つと木のイス、サイドテーブルにロウソクがある。もう1つのベッドには誰もいない。…病室?
誰かに話を聞きたくて起き上がろうとした時、ドアが開いて女の子が入ってきた。その子は私を見て大きな目をまん丸にすると、
「ひょっ!」
と面白い声を出して驚いた。リスの耳と尻尾がびよょん!と飛び出る。ああ、この子だ。
「あの…」
「目が覚めたですか!お父さんを呼んできます!」
リスの子は私の掠れた声を遮って笑顔で言い、勢いよく駆けだした。
びたぁん!
転んだ。
「んぎゅん!…うぅ~、うぇ~ん…」
泣き声が遠ざかっていく。びっくりした…大丈夫かな。
◇
「そうですか、記憶が…では何故荒山にいたのかは分からないですか」
「はい。すみません…」
私は気が付いたら荒山(そう呼ぶらしい)にいてそれ以前の記憶がなく、一般常識的な事もあやふやにしか覚えていない。と説明した。本当の事など話す訳にはいかないし、これしか思いつかなかった。
今話をしているのは、私を助けてくれたリスの子のお父さんでハンクさん。夫婦で治癒院を経営している。
治癒院とは回復系の魔法が使える人が経営している施設。ここで料金を払って体力や状態異常を回復してもらうのだ。この世界ではこうやって自分の魔法を使って商売をするのが普通だ。
「いえ、いいんですよ。ただ荒山はその名の通り、何も採れない場所なので人はまず行きませんから…」
ハンクさんは少し逡巡してから続けた。
「…何かあったのかと思いまして」
何か…とは何だろう?私が首を傾げると話を聞いていたハンクさんの妻、リースさんが口を開いた。
「荒山は盗賊の根城になりやすいのです。そして…ソニアさんのように数が少なくて珍しい白兎族は狙われやすいんです」
「え…珍しい?」
私はリースさんの言葉に驚いた。
ゲーム内では兎族といえば大体が白兎で沢山いたはず…やはり違う箇所もあるようだ。気を付けないと。
「ええ、ですから耳は出来るだけ隠しておいた方がいいですよ」
私はハッとして自分の耳を触る。そういえばこのまま歩いてきた…危ない事してたんだ。引っ込めようと思ったら耳は簡単に消えたがやはり聴力は落ちた。
「あなたが白兎だという事は僕と妻、それに娘の3人しか知りません。僕たちは黙っていますから」
「ありがとうございます。すみません」
この世界の盗賊は大きな犯罪組織と化している。スリや盗みの他、時として極悪非道な犯罪も犯す。もちろん警察に似た組織が事件を追っているが、捕まるのは下っ端ばかりでボスまでは辿り着かない。
小さな村にとって盗賊は脅威だ。大きな街なら保安官もいるし力ある魔人が守っている場合もあるが、端の村までは目が届かないのが現状だ。もし私が白兎だと噂が広まって襲われでもしたら村は壊滅しかねない。なるべく早くここを離れる必要がある。
◇
次の日。
体調も全快に近い状態になったので、村で情報収集しながら旅支度をする。聞いたところ、街まではとても遠くて女の足では15日はかかるという。馬車に乗せてもらえばいいと言われたが、この村に馬車は1台しかないし今街へ行く用もないのだ。それを村人でもない私が長く使う訳にはいかない。
私は悩んだ末、歩く事に決めた。もちろんきちんと準備をしてだ。まずは雑貨屋へ行って地図、魔石鞄、テント、寝袋、ランタン、魔除香、魔石水筒、火石、ナイフ。他必要な物。次に服屋で数枚の着替え。そして武器・防具屋でダガー。最後に食材、保存食、調味料。
雑貨屋で買った地図を見てホッとする。ゴア村以外は知っている名だったからだ。特にシャハールはゲームで必ずお世話になる街。ここに行けば仕事もあるはずだから、目的地はシャハールに決定。
よし、では情報収集の仕上げに行こう。
来たのは村に1件しかないという酒場。昼間も開いているが客は1人だけだった。その客は奥のテーブルに突っ伏してイビキを掻いて眠っている。壁にあるメニューにコーヒーを見つけてホッとした。
この世界に冒険者ギルドなどはない。依頼は酒場に持ち込まれる。腕に覚えのある者はマスターから依頼を紹介してもらうのだ。内容は討伐から薬草集めまで色々で、当然ながら情報も集まる。マスターのもう1つの仕事が依頼の斡旋と情報の提供、管理なのだ。
「コーヒーください」
そう言ってカウンターに座り、銀貨と銅貨を数枚出す。
ここでは小銅貨1枚10リム、銅貨1枚100リム、銀貨1枚1,000リム、金貨1枚10,000リム、白金貨1枚100,000リムである。コーヒーは1杯300リムなので明らかに多い。年配のマスターが私を観察するように見る。
「シャハールに行くんです」
「…一人でかい?」
「はい、そうです」
「…」
私はドキドキしていた。マスターに認めてもらえなければ、酒場から情報を得られない。ベテランのマスターには煩く聞かず、目的だけを簡潔に伝えるのがコツ、のはずである…。
「…今の所危険な情報は無い。街道に沿って歩けば魔物にも殆ど遭わないで済む。旅の物資は途中のタラン村で調達できるから忘れるな。…情報が古くならないうちに発て」
無表情でそう言ってコーヒーを置く。
「ありがとうございます」
良かった…情報もらえた。無意識のうちに強張っていた身体から力を抜いてコーヒーに口をつけた。
夜、ハンクさん家族にお礼をし、次の日の夜明けと同時に村を出た。
「……」
少年がその後ろ姿を見つめていた。
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