異世界ライフは前途洋々

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154.クラーケン

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 Sランクの魔物、クラーケン。

 クラーケンは北方の海に生息する体長30mは降らない大蛸で、とにかくパワーが半端ない。巨木のような太さの足から繰り出される攻撃は小さな船なら一撃でこっぱ微塵にしてしまう。吸盤の粘着力も強力なので大型船でも海に沈められる。

 ただクラーケンをはじめとする海の魔物は雷や風の魔法、斬撃も効き目があるので対策次第では被害が少なくて済む。




 ドアを開けた途端叫んだのは船の若い男性乗組員。真っ青になりながら必死になって訴え、目の前のレオンに縋る。半ばパニック状態だ。

「この船の警備員だけじゃ倒せません!あなた方、Sランク冒険者ですよね!?た、助けてください!!」
「分かった、ちゃんと助けてやるから落ち着け!!」

 レオンにガシッと肩を掴まれながら叱咤され、漸く荒い息を吐いて黙る乗組員。私たちは素早く視線を交わして頷きあった。



 船には数名の警備員が乗っているが、対魔物ではなく船内の揉め事に対処する為という意味合いが大きい。それに彼らが皆強者かといえば実はそうでもない。小さな街には上級パーティーが居ない事からも分かる通り、強者を揃えて船の警備を頼むのは難しいのが実際のところ。故に、冒険者が乗船する場合は『強力な魔物に遭遇した時は討伐に強力すべし』という暗黙の了解がある。他大陸へと向かう冒険者は旅の許可を得た上級の者ばかりだから戦力として期待されているのだ。

 まあ大型船は大抵良い魔除け香を焚いているので、魔物に襲われるなんて事は滅多にないのだが。




「場所は」
「こ、後方甲板です!」
「よし、向かいながら話を聞かせてくれ」
「は、はい!」

 乗組員の声は緊迫しているがパニックは収まったようだ。レオンが足に纏わりついていたスレートを小脇に抱えて部屋を出る。私たちもそれに続いた。





⬛︎





 話を聞きながら途中でサニー・サックスとも合流した私たちは後方甲板に到着した。

 まず目に飛び込んできたのはクラーケンの姿。大蛸は甲板に足を叩きつけようとしているが次々に落ちる雷魔法がそれを何とか阻止していた。対峙している警備員は4人、これ以上の攻撃方法が無いのか防戦一方だ。

「サニー、サックス、スレートは後方待機。エヴァとキラは頭、スノウと俺は足だ」
「OK」
「うん」
(はいなの!)

 レオンの指示に皆が了解を示すと乗組員が警備員に向かって声を張り上げた。

「み、皆さん!助けを呼んできました!」
「「「!!」」」

 助け、という単語に反応する4人。その中の1人の男がチラッとこちらを振り向く。その瞬間、大蛸の足が男目掛けて振り上げられた。

「チッ!」

 それを目にして舌打ちしたレオンが身体強化をかけながらドンッ!と飛び出す。

「オレたちも行くよ!」
「うん!」
(とつげき~!)

 私たちはクラーケン目掛けて走り出した。




 警備員の男がクラーケンの攻撃に気が付いた時には、もう振り下ろされた足がすぐそこに迫っていた。男は戦闘中に気を逸らせた己の迂闊さを悔いることも、死が迫っていることを認識することもできず、ただ目の前の光景を見ていた。

 その時―――べチャッ…!

 たった今まで男を狙っていたクラーケンの足が甲板に落ちてきた。

「え…?」
「ボサッとしてんじゃねえ!ヤル気がねえなら下がってろ!」

 怒鳴ったのはレオハーヴェン。大蛸の太い足を一刀両断し、再び迫り来るもう1本の足に向かって跳ぶ。

 そこで男はやっと自分のミスと助けられた状況を理解し、サッと下がって場所を空ける。だがヤル気が無い訳では無い。男は魔法がメインなので後ろからでも攻撃出来ると考えたのだ。

「フッ!」

 レオハーヴェンが剣が足先を斬り落として着地すると下がった男が詠唱する。

「【大鎌鼬!】」

 放たれた大鎌は先端の無い足に命中した。斬り落とせはしなかったが、何度も攻撃を受けた痕もあり動かせば千切れそうだ。案の定、足は振り上げようとした途端に千切れて海に沈んだ。

「やるじゃねえか。その調子だぜ!」
「ハイッ!」

 調子を取り戻した男はレオハーヴェンに付いてクラーケンに立ち向かった。




(たこはからあげがおいしいの!)

 Sランクのクラーケンをただの食材呼ばわりしたスノウは、巨大な鞭のように振り回されている足を軽々と避けながら立て続けに風魔法を放つ。どデカイ風刃は普通の蛸に包丁を入れたみたいにアッサリと足を斬り落とした。

 それを見た警備員たちは、助かる喜びを感じつつも自分たちより強い小鳥の存在に複雑な心境になるのだった。




 そして、トドメを刺すエヴァントとキラの詠唱が甲板に響く。

「「【10万ボ◯ト!】」」

 薄暗い空から絡みあった2本の雷が降りそそぎーードォンッ!とクラーケンを直撃する。大蛸の頭は雷撃によって裂かれ、僅かに残っていた足も力を失った。




 ワッ!!

 戦っていた警備員や遠くから固唾をのんで見守っていた乗組員が一気に沸く。私たちも集まって無事を確かめ合った。もちろんサニー、サックス、スレートも一緒だ。

「皆無事だな?」

 レオンの言葉に全員が頷く。

「回収はどうする?」
「雑魚なら放っておくんだが、クラーケンだからな…」
「ボートとか出せないのかな?側に行けば…」
(スノウがいってくるの!)

 手が届く距離まで行ければインベントリに回収出来ると思って言ったのだが、スノウに遮られた。

「え?」
(スノウがかいしゅーしてくるの!)
「回収って…スノウだけ行っても…」

 エヴァの言葉にスノウがにゅっ、とまん丸の瞳を顰める。

(む!スノウだっていんべなんとかもってるの!いりくちがないだけなの!)
「「「…」」」

 初めて聞いた事実に驚いて一瞬沈黙してしまう。

「マジか…」
(はやくしないとからあげがしずむの!)

 確かに30mの巨体はゆっくりと海底に沈もうとしている。…まだ唐揚げじゃないけど。

「とにかくやらせてみるか」
「だね。えーと、なるべく小さいアイテムバック…商品用に作った巾着型が良いかも。キラ」
「う、うん」

 私は言われた通り巾着型のアイテムバック、その中でも小さい物を出してスノウの首に掛けた。

「1人で大丈夫?」
(だいじょぶなの!いってくるの!)

 言うが早いか、即飛び立って袋をはためかせながらクラーケンの元へ。私たちは船上から見守る。

 スノウは片っ端からちょん、ちょん、と足で触れていく。すると触れた部位は消え、アイテムバックも物が入った様子は無い。本当にインベントリを持っているようだ。私たちは思わず顔を見合わせた。

 後から聞いたのだが、何とインベントリは全ての魔物にあるという。ただそれを使える知力を持つものはごく僅かなのだとか。

「消えた…」
「お、おい…魔物ってインベントリ使えるのか…?」
「…いや、あの袋がすげえアイテムバックなのかも…」
「あ、質量ゼロのやつか…」
「それにしてもすげえよ…」

 周囲が驚きの感想を言い合う中、素早く回収を終えたスノウが戻ってくる。

(ぜんぶいれてきたの!)
「凄いよスノウ」
「流石だな」
「ありがとう、スノウ。とっても助かったよ」
(スノウすごい?えっへんなの!)

 褒められて胸を張る。可愛い。

 3人でくりくり撫でていると私たちを呼びに来た乗組員がきた。

「あの…ありがとうございました!」
「ああ。船の方は大丈夫だったのか?」
「今チェック中ですが大きな損傷はないと思われます!」
「そうか」

 そこへ警備員たちもやって来た。私たちは彼らと一緒にクラーケンの分配方法を相談することにした。


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