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64.ダグラムの死
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コテージで作業を進めた翌日。完成したカトラリーを納めに商業ギルドを訪れると、中はざわざわと騒がしくいつもと違う雰囲気だった。其処彼処で同じ話をしているのが耳に入る。
「おい、聞いたか?ダグラムが…」
「ああ…屋敷にいた奴隷も皆殺しだっていうじゃないか…」
「部屋が荒らされてたって話だな」
「だが金目の物は手付かずだったそうだ」
「バチが当たったんだよ」
「喜ぶ奴は居ても悲しむ奴は居ないよな」
「…ダグラムが殺された?」
私たちが驚いて顔を見合わせた時、受付嬢から声が掛かってまたもや統括の元へ通された。
「来てくれて良かったよ。君たちの家へ使いを出そうと思っていたところだったのだ。ダグラムのことは聞いたかい?」
統括は相当忙しいらしく、顔に疲れが色濃く出ていた。
「ええ、下で噂を聞いた程度ですが」
「そうか…事が発覚したのは昨日の夕方だ。ザロがダグラムの奴隷である事が分かって兵士が屋敷へ行った。そして斬られて倒れているのを発見した。他の奴隷も皆殺され、中は血の海で酷い有り様だったらしい」
皆殺し、血の海…。自分だって魔物を斬って血溜まりを作った事があるのに、やられたのが人だと思うとゾッとする。膝の上に乗せていた手をぎゅっと握ると、レオンさんの大きな手が重ねられた。その暖かさに場所を忘れてホッとする。
「女性に聞かせる話じゃなかったな、気が付かなくてすまない」
「あ…いえ、大丈夫です。お話の途中ですみません、続けて下さい」
私の言葉に少し表情を緩めて続ける。
「何か持ち出された形跡はあるものの、それが何かは分からない。だが…おそらく闇商人が絡んでいる。そして闇商人が動いた切っ掛けはザロが捕まった事だろう。これまでにも奴らが絡んでいると思われる事件はあるが、いずれも黒い噂のあった人物が被害者だ。大丈夫だとは思うが君たちも関係者だ、充分注意してくれ」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
エヴァさんがお礼を言うと、頷いて息を吐く。
「…それで、今日はどうしたね?」
「ジャスティン様ご注文のカトラリーが完成したのでお持ちしました」
テーブルに木箱を出す。高級品などは桐の箱とかに入って布に包まれているイメージがあったので、私が提案してみたのだ。何せ相手は王子様、ただ布袋に入れて渡す訳にもいかない。
統括は木箱を手に取って興味深げに眺めてから開く。中には真っ白の布に包まれた銀のナイフやフォーク、スプーンなどが綺麗に並んでいる。動いて傷がつかないように固定してあるのだ。
「…美しい。これは見事な出来だ。それにこの木箱や布も品に傷がつかないようよく考えられているし見栄えも良い」
そう賛辞を口にし、感嘆の息を漏らしながら隅々まで観察している。
「…その品は統括から王子様に渡していただけるのですね?」
「…はっ!…失礼した。そうだな、責任をもって納品する。それで…設計図とこれの報酬だがな、もう大体の金額は決まっているがあと数日待ってくれ。まとめて渡そう」
「分かりました」
私たちは話を終えて統括室を出た。
■
その日の夜、ベッドルームでお酒を楽しみながらも昼間の話を思い出してしまう。現場を目にした訳ではないけれど、会ったことのある人が殺されたという事実はやはり衝撃だった。もちろん同情のドの字も無いが。ただ既に奴隷であるザロがどういう処分になるのか疑問に思った。
「…大丈夫か?」
「え?」
レオンさんが俯き気味だった私の顔を覗き込んで肩を抱く。
「統括と話してから偶に暗い顔してる」
エヴァさんも腰を抱きながら言う。心配かけてしまったみたいだ。
「ごめんね、心配かけて。初めての体験で…ねえ、元々奴隷のザロはどうなるの?」
「…統括の話ぶりだとおそらくザロは闇奴隷だ。特別収監されるだろうな」
「…闇奴隷?」
「ああ…」
犯罪を犯すと犯罪奴隷になる、くらいの事しか知らない私に2人が教えてくれる。
奴隷は借金と犯罪の2種類。犯罪は知っている通りで、借金奴隷はお金を返せない場合の他に口減らしとして売られる場合もある。奴隷は逆らう事が出来ないよう魔法によって体に印を刻まれ、主に対する奉仕の仕方などを教え込まれる。売られてしまえばあとは主の自由。良い主に当たれば幸運だがそうでない事も多々あり、酷い扱いを受ける奴隷も少なくない。
と、ここまでは普通の奴隷商人が扱っている奴隷。もう1種類、闇奴隷というのが存在する。
闇奴隷は闇商人と呼ばれる表立っては売れない品を取り引きしている者が扱っている。それぞれ殺しや盗み、諜報などのエキスパートになれるよう技術を叩き込まれ、欲する人の元へ売られる。そして普通の奴隷と最も違う点は、奴隷印の他に呪いを体に刻まれるという事だろう。それは闇商人に関する事を一切口に出来ない呪い。解く方法が無いわけでは無いが、かなりレアなスキルが必要になるので簡単には解けないのだ。そのため一度捕まった闇奴隷を普通の奴隷にするのは困難とされ、何処かにある施設に特別収監される。
その施設が何処にあるのか、どんな建物か、そこで何をさせるのか全ては極秘事項となっている。
「…そうなんだ」
確かにザロはまだ少年っぽさの残る顔立ちだった。でも犯罪者は奴隷落ちというのがここでの定石だし、なった理由も分からないのだ。奴隷で可哀想だとか、まだ18なのに、とか思って感傷的になっているわけじゃない。初めて間近で目にして実在する事を理解し、改めて前世との違いを感じたのだ。
2人の知人友人などが不当な理由で奴隷になった、とかなら話は別だが。
「…気になるか?」
「そういえばキラの故郷は奴隷制度のないところだったね」
「大丈夫」
まだ心配気な彼らに思っていたことを話すとホッとしてくれたようだ。
「なら良いが…」
「ありがとう、心配してくれて」
こうしてこの一件はダグラムの死によって一応の収束をみた。直接対峙出来なかったレオハーヴェンとエヴァントは少々不満だったが、こればかりは仕方がない。兵士らはこれから殺人犯探しに奔走するのだろうが、それはキラたちの関わる事ではなかった。
「おい、聞いたか?ダグラムが…」
「ああ…屋敷にいた奴隷も皆殺しだっていうじゃないか…」
「部屋が荒らされてたって話だな」
「だが金目の物は手付かずだったそうだ」
「バチが当たったんだよ」
「喜ぶ奴は居ても悲しむ奴は居ないよな」
「…ダグラムが殺された?」
私たちが驚いて顔を見合わせた時、受付嬢から声が掛かってまたもや統括の元へ通された。
「来てくれて良かったよ。君たちの家へ使いを出そうと思っていたところだったのだ。ダグラムのことは聞いたかい?」
統括は相当忙しいらしく、顔に疲れが色濃く出ていた。
「ええ、下で噂を聞いた程度ですが」
「そうか…事が発覚したのは昨日の夕方だ。ザロがダグラムの奴隷である事が分かって兵士が屋敷へ行った。そして斬られて倒れているのを発見した。他の奴隷も皆殺され、中は血の海で酷い有り様だったらしい」
皆殺し、血の海…。自分だって魔物を斬って血溜まりを作った事があるのに、やられたのが人だと思うとゾッとする。膝の上に乗せていた手をぎゅっと握ると、レオンさんの大きな手が重ねられた。その暖かさに場所を忘れてホッとする。
「女性に聞かせる話じゃなかったな、気が付かなくてすまない」
「あ…いえ、大丈夫です。お話の途中ですみません、続けて下さい」
私の言葉に少し表情を緩めて続ける。
「何か持ち出された形跡はあるものの、それが何かは分からない。だが…おそらく闇商人が絡んでいる。そして闇商人が動いた切っ掛けはザロが捕まった事だろう。これまでにも奴らが絡んでいると思われる事件はあるが、いずれも黒い噂のあった人物が被害者だ。大丈夫だとは思うが君たちも関係者だ、充分注意してくれ」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
エヴァさんがお礼を言うと、頷いて息を吐く。
「…それで、今日はどうしたね?」
「ジャスティン様ご注文のカトラリーが完成したのでお持ちしました」
テーブルに木箱を出す。高級品などは桐の箱とかに入って布に包まれているイメージがあったので、私が提案してみたのだ。何せ相手は王子様、ただ布袋に入れて渡す訳にもいかない。
統括は木箱を手に取って興味深げに眺めてから開く。中には真っ白の布に包まれた銀のナイフやフォーク、スプーンなどが綺麗に並んでいる。動いて傷がつかないように固定してあるのだ。
「…美しい。これは見事な出来だ。それにこの木箱や布も品に傷がつかないようよく考えられているし見栄えも良い」
そう賛辞を口にし、感嘆の息を漏らしながら隅々まで観察している。
「…その品は統括から王子様に渡していただけるのですね?」
「…はっ!…失礼した。そうだな、責任をもって納品する。それで…設計図とこれの報酬だがな、もう大体の金額は決まっているがあと数日待ってくれ。まとめて渡そう」
「分かりました」
私たちは話を終えて統括室を出た。
■
その日の夜、ベッドルームでお酒を楽しみながらも昼間の話を思い出してしまう。現場を目にした訳ではないけれど、会ったことのある人が殺されたという事実はやはり衝撃だった。もちろん同情のドの字も無いが。ただ既に奴隷であるザロがどういう処分になるのか疑問に思った。
「…大丈夫か?」
「え?」
レオンさんが俯き気味だった私の顔を覗き込んで肩を抱く。
「統括と話してから偶に暗い顔してる」
エヴァさんも腰を抱きながら言う。心配かけてしまったみたいだ。
「ごめんね、心配かけて。初めての体験で…ねえ、元々奴隷のザロはどうなるの?」
「…統括の話ぶりだとおそらくザロは闇奴隷だ。特別収監されるだろうな」
「…闇奴隷?」
「ああ…」
犯罪を犯すと犯罪奴隷になる、くらいの事しか知らない私に2人が教えてくれる。
奴隷は借金と犯罪の2種類。犯罪は知っている通りで、借金奴隷はお金を返せない場合の他に口減らしとして売られる場合もある。奴隷は逆らう事が出来ないよう魔法によって体に印を刻まれ、主に対する奉仕の仕方などを教え込まれる。売られてしまえばあとは主の自由。良い主に当たれば幸運だがそうでない事も多々あり、酷い扱いを受ける奴隷も少なくない。
と、ここまでは普通の奴隷商人が扱っている奴隷。もう1種類、闇奴隷というのが存在する。
闇奴隷は闇商人と呼ばれる表立っては売れない品を取り引きしている者が扱っている。それぞれ殺しや盗み、諜報などのエキスパートになれるよう技術を叩き込まれ、欲する人の元へ売られる。そして普通の奴隷と最も違う点は、奴隷印の他に呪いを体に刻まれるという事だろう。それは闇商人に関する事を一切口に出来ない呪い。解く方法が無いわけでは無いが、かなりレアなスキルが必要になるので簡単には解けないのだ。そのため一度捕まった闇奴隷を普通の奴隷にするのは困難とされ、何処かにある施設に特別収監される。
その施設が何処にあるのか、どんな建物か、そこで何をさせるのか全ては極秘事項となっている。
「…そうなんだ」
確かにザロはまだ少年っぽさの残る顔立ちだった。でも犯罪者は奴隷落ちというのがここでの定石だし、なった理由も分からないのだ。奴隷で可哀想だとか、まだ18なのに、とか思って感傷的になっているわけじゃない。初めて間近で目にして実在する事を理解し、改めて前世との違いを感じたのだ。
2人の知人友人などが不当な理由で奴隷になった、とかなら話は別だが。
「…気になるか?」
「そういえばキラの故郷は奴隷制度のないところだったね」
「大丈夫」
まだ心配気な彼らに思っていたことを話すとホッとしてくれたようだ。
「なら良いが…」
「ありがとう、心配してくれて」
こうしてこの一件はダグラムの死によって一応の収束をみた。直接対峙出来なかったレオハーヴェンとエヴァントは少々不満だったが、こればかりは仕方がない。兵士らはこれから殺人犯探しに奔走するのだろうが、それはキラたちの関わる事ではなかった。
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