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21.市場通りへ
しおりを挟む翌朝。睡眠時間は充分だった筈なのに、何故か重い頭を洗顔で無理矢理スッキリさせる。小さいが洗面台が部屋にあって良かった。結局昨夜はどこも確認せずに眠ってしまった。広さ8畳ほどの部屋はハイミルと変わらない作りだ。
何だか食欲が無い。食事はもう少し後にして共同キッチンを見てこよう。私の部屋は3階、共同スペースは2階だ。
ダイニングとキッチンはカウンターを挟んで繋がっていた。結構な広さもあるし、欧風の学生食堂みたい。キッチンにあるのはコンロが4つとオーブンだけ。調理道具や食器は自前を使うのだろう。でもオーブンがあるのはありがたい、これの有り無しでメニューにかなり差が出る。早く醤油と味噌も手に入ると良いな。
その足でそのまま下へ降りてどんな依頼があるかチェック、はボード前が凄い人集りだから止めておこう。私は人の並んでいない窓口でこの辺りの事に関する本が無いか聞いて借り、部屋へ戻った。
まだお腹は空かないけどレオンさんたちと居る時に鳴ると恥ずかしい。おにぎりをお茶で流し込んで早めに身なりを整えた。後は時間まで本を読んでいるとノック音。
「俺だ」
「はい、今行きます」
本を仕舞ってドアを開ける。
「おはようございます」
「…」
あれ?無言。
「レオンさん?」
「……あ?ああ、行くぞ」
「?…はい」
一瞬固まったレオンさんはすぐに元に戻ったけど、何だったのかな?服、おかしく無いよね?一応ちらっと確かめる。
オフホワイトのカットソーに淡いピンクのロングスカート、ブーツ。腰にアイテムバッグ。この服はブラとショーツ含めて自分で作ったのでサイズもぴったりだし、デザインも街の女性と変わらない。
うん、大丈夫。
私は少し先を行く彼の後を追った。
■
1階にはエヴァさんも来ていて何故か私は2人に挟まれて真ん中に。まさに両手に花、ならぬ両手にイケメン状態。まあこれが目立つ目立つ。視線を集めまくってます。
徒歩でやって来たのは市場通り。食料に日用品、雑貨や本、服や靴など様々な店が軒を連ねている。ひとつひとつの店はそれ程大きく無いが活気に満ちていた。
買い物中レオンさんは興味がなさそうに品物を眺めているが、エヴァさんはどこに行っても親しげに声をかけられる。昨日話して思ったが、彼はとても人当たりが良くて聞き上手だ。凄~くモテそうなので、女性が次々やって来るのは当然といえば当然です。が、みなさん。私を睨んでから去って行くのはどうかと思いますよ。
「キラちゃん、ここだよ。コーヒーに関する物なら大抵揃ってる」
エヴァさんが店の扉を開けてくれる。中へ入ると、狭い店内はコーヒーの香りでいっぱいだった。正面のカウンター下には種類別に分けられた豆のケース、周囲の棚はコーヒーミルやカップの他布フィルターなどの道具が所狭しと並んでいた。
「良い香り…少し見て回っても良いですか?」
「もちろんだよ」
目的の物を探すがやはり結構な値段だ。迷っているとレオンさんに呼ばれた。
「キラ」
「はい?」
「これはどうだ?」
そう言って彼が示したのは少量ずつ挽ける小さなコーヒーミル。小さい分価格も手頃で、これくらいなら大丈夫そう。自分の分くらいしか淹れないのだからこれで充分だ。
「…これが良いです。ありがとうございます」
あまり売れないのか高い位置にあって私の目には入らなかった。言われなければ気が付かなかっただろう。お礼を言いながら見上げると、優しげに細められた金色の瞳と目が合った。その表情を見た途端心臓が跳ねて早鐘を打ち始める。一気に緊張して視線が剥がせなくなり、完全に次の物を探しに入るタイミングを逃してしまった。
「…他も見るんだろ?」
「…はい…」
ほっ、彼が促してくれたおかげで自然に視線を逸ら逸らせました・・・。
他に豆やフィルターなど必要な物も探してカウンターへ行くとエヴァさんと店の男性が話していた。
「欲しいのはあった?」
「はい、お待たせしてすみません」
「良いよ、そんな事気にしないで」
「お、この子が?」
「ああ、キラちゃんだ。キラちゃん、彼がここの店主でミック」
「よろしくお願いします」
ミックさんに会釈するが彼からの返事は無い。いや、正確には、口をパクパクさせるばかりで言葉が出てこない。
「……あ、や…その……よ、よろしく…」
「…?あの、これお願いします」
「は、はい…」
やっと挨拶が交わせたのでカウンターの上に選んだ品を出した。彼はこちらを気にしながら合計金額を出す。
「…せ、1,500ギルでいいよ」
「えっ…」
自分で計算していた金額よりも100ギル以上安い。端数を切り捨てるくらいなら分かるが、これはちょっと値引きし過ぎじゃないかな?
戸惑っているとミックさんが慌てて続けた。
「あ、いやその、ほら!お得意さんであるエヴァの紹介だし、初回だし、色々買ってもらったし、つ、次からはちゃんと貰うから!」
「キラちゃん、ここは甘えてあげて?」
「…良いんじゃねえか?店主が言ってんだから」
「…はい、では今回はお言葉に甘えます。ありがとうございます」
あんまり値引きされると却って悪いし次が買いにくいと思ったが、今更払いますとも言えないので甘えておく事にした。レオンさんとエヴァさんも勧めてくれたし。
「さてと…オレの方は終わったけど、キラちゃんは他に見たいのないの?」
店を出たところでエヴァさんがそう聞いてくれたが、もう充分案内してもらった。道順も覚えたし何が何処に売っているか大体分かった。
「いえ、充分です」
「本当に?遠慮してない?」
「はい」
「…なら帰るか」
「はい、今日はありがとうございました」
ここからギルドと彼らの家へ帰るのとでは道が違う。だからお礼を言って頭を下げたのだけど…2人して少し目を見開き、驚いている。
「…送る」
「え、あの、大丈夫ですよ?道順覚えましたし…ギルドに寄ると結構遠回りになります」
私の言葉を聞いて顔を見合わせ、レオンさんは呆れたようにため息を吐き、エヴァさんは苦笑いする。
「じゃあ、来た時とは別の道を帰ろう。教会の方は通った事ないよね?」
「教会…は無いです」
「教会の場所は覚えた方が良い。行くぞ」
「そうだね、ほら行こう?」
結局私は彼らに促されて一緒に教会の方へと向かうのだった。
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