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37話 ダークホース
しおりを挟む翌朝、7の刻に目が覚めると広いベッドに1人だった。眠い目をこすりながら部屋を見回すがいない。イスにかけてあったシザーの服もない。先に目が覚めて朝食食べに行ったとか?朝食は8の刻までのはずだ。私も着替えなきゃ、と服を探そうとして思い出す。昨夜汚しちゃったんだっけ…。仕方なく枕元に置いてあったボックスから違う服を出す。
着替え終えて洗面も済ませ、さっぱりとしたところでシザーが帰ってきた。ロイさんも一緒だ。
「おはよう、ナッちゃん」
ニコニコ笑顔なのだが何か言いたそうだ。
「おはよう、ロイさん」
「起きたか。飯持ってきたぜ」
「…持ってきた?」
「ああ、よく寝てたからな」
そう言ってボックスからテーブルの上に朝食を出す。
「持ってきて大丈夫?」
「大丈夫だよ、ククリに言ってきたから」
ロイさんが答えてくれる。
「ほら」
シザーに促されてイスに座る。
「ありがとう」
私が食べ始めると2人も座る。
「珍しいよね~、ナッちゃんがシザーより遅く起きるなんてさ。…どんだけしつこく迫ったんだか」
最後の方は小声だったが聞こえてしまった。当然シザーにも。ぴくっと反応して食べる手が止まってしまう。ゆ、昨夜迫ったのは…。いや、知ってるはずないけど。
「…お前な、ナツメが食ってんだから変な事言うな」
ロイさんを睨む。
「ハイハイ、ごめんねナッちゃん。食べて」
「う、うん」
何とか食べ終えるとロイさんが聞く。
「いつもと違うことがあったんだ?」
「え!?」
「うるせえ」
「やっぱりね、バレバレだよ。だってシザーは凄く機嫌良いし、ナッちゃんは起きてこないし」
「何があったの?」
「言う訳ねえだろ!」
「え~!ケチ!」
「うるせえ!」
そ、そうだよね、言える訳ない。…じゃなくて!話を逸らそう!
「ね、ねえ!今日はどうするの?」
2人の間に入ろうと多少声を張って言う。
「そうだ、今日ギルドに来てくれってさ。今朝早くに使いが来たんだって」
「…それを先に言え」
「すぐ行く?」
「ナツメは大丈夫か?」
「急ぎかな?1刻くらい後でもいい?」
「ああ、いいぜ」
私は食器を下げに行きながらククリ君にお礼を言い、場所を借りて洗濯を終わらせた。ククリ君は何故か顔を赤くしていた。大丈夫かな?
そして1刻後、3人でギルドへ向かった。
☆
ギルドへ入るとまた視線を感じる。さわさわと何か噂されているようだが気にしないようにするしかない。シザーが受付のお姉さんに声をかけると、マスターの部屋へどうぞ、と言われて奥へ通される。
部屋にはヴァンダイクさん、シャモワさん、オリオンさんがいた。私達がソファーに座るとヴァンダイクさんが口を開く。
「盗賊の奴らは締め上げて吐かせた。リーダー、ダフニっつう奴なんだが、ありゃただの馬鹿だな。確かにレベルはそこそこだが、37だったからな。実質的なリーダーはガダルだ。ガダルの話だと、ダフニは敵にするとしつこくて面倒な相手だが存外単純で煽てておけば扱いやすい。そこで味方に引き入れてリーダーだと煽て、実権は自分が握るって方法を取った」
「やっぱりか。豚野郎はどう考えてもリーダーの器じゃなかったからな」
「そういや、たいして威圧してないのに足ブルブルさせてたね」
ヴァンダイクさんの言葉にシザーとロイさんが頷くとシャモワさんが続けた。
「でも~、そのやり方が原因で問題が起きちゃったのよ!死んでた男、豚が独断で最近仲間に入れたんだってさ。いくら馬鹿でも自分がリーダーとして見られてない、軽んじられてるって気が付いて強くて自分の味方になる奴を引き入れた。…ダークホースを使役してたあの男をね」
「…闇魔法か」
シザーがため息交じりに呟く。
スキルと同じく、魔法にもレベルがある。レベルは5段階、1、2が下級、3、4が上級、5が最上級だが、5までたどり着くのは僅かなエルフとハイエルフのみだと言われている。レベルは魔法で魔物を倒したり、効率は悪いが訓練でも上がる。ただやはり向き不向きがあって、人それぞれ属性によって上がるスピードも上限も違う。これは体のレベルでも同じで、種族、性別、年齢、全て一緒で同一の魔物を倒しても上がり方が違うのだ。
魔法は8属性あり、その内珍しいのは光と闇。この2つは他の属性に比べてレベルが上がりにくく、その為上級の光と闇の使い手は極端に少ない。死んだ男が使えたという魔物を使役する闇魔法は上級魔法だ。
「お前らももう知ってるだろうが、あの森は最近急に魔物の数が減った。数が減り始めた時期と死んだ男が仲間に入った時期、これがぴったり一致した。つまりダークホースの餌になったんだ」
「餌…」
ダークホース1体でそんなに食べるんだろうか?私の不思議そうな顔を見てシャモワさんが説明してくれる。
「闇魔法での使役はね、魔物に強制的に従属の魔法印を焼き付けて従わせるのよ。強い魔物ほど目を離すと逃れようとするから、目の届く範囲に置いておくものなんだけど死んだ男はそうしなかったのよ」
「どうしてですか?」
「豚がね、ダークホースを使役してる事を秘密にさせてたのよ。切り札にしたかったみたいね」
「あ~、本格的な馬鹿だね」
ロイさんはやれやれ、と首を振る。
「普通の魔物だったらただ逃げるくらいしかしないんだけど…ダークホースって強い上にとても頭が良くて、人語を解するのよ。長く生きたものは人語を話すとも言われてるわ。きっと知ってたのよ、主になった人が死ねば解放される事をね。だから魔物を食べて自分のレベルを上げてから襲ったのよ。闇魔法の使い手にダークホースの同属性の攻撃は通じにくいから」
「森の魔物の肉を食べてた自分たちまでが困るなんて事は考えなかったんだろう」
ヴァンダイクさんがそう言うとシザーが聞く。
「それでダークホースは暴走寸前か?」
「…本当に可愛くねえな、シザーは。その通り、短期間で魔力を取り込み過ぎたんだろう。奴がやられた時ダークホースは片目が赤かったそうだ。どこに行ったかはまだまるで分かってないし、出来れば殺したくない。しかし見つけた時、両目が赤かったら仕方がねえ。居所が掴めたら条件付きの依頼をギルドで出す」
「…一応考えておくが、俺らの本来の目的は復活したダンジョンだ。依頼を待っていられる訳じゃねえ」
「分かってる。だが今Aランクパーティーが出払っててな。依頼を気にしておいてくれ。まあ、いざとなりゃ俺かシャモワが行くがな。ガハハハ!」
☆
マスターの部屋を出た後、カウンターでダンジョンの情報を聞いてから公衆浴場の隣の食堂で昼食にした。そこで魔物の暴走の事を聞いてみる。
この世界に生きる生物には全て魔力がある。小さな生き物は魔力を取り過ぎると粉々になってしまう。牛や馬などの大きな動物になると魔物に変化してしまうものもいるというが、普通に世話をしていれば魔力の取り過ぎなんて滅多にない。問題は魔物だ。魔力が自分の許容量を超えると興奮状態になり片目が赤くなる。この段階ならある程度ダメージを与えれば元に戻れる事が多い。だが、両目が赤くなってしまうと瀕死状態になってもほとんどは戻らず死んでしまう。それが弱い魔物ならば問題ない、数が多いからだ。だが今回のように人語を解する、強くて数の少ない魔物は繁殖率も低い。たかが1体、されど1体、強ければ強いほどその魔物の死は生態系に影響を与えるのだ。その為ダークホースは討伐禁止魔物の中の1種類である。但し暴走状態を除いて。
「討伐禁止の魔物なんているんだ…」
「そんなに多種類じゃないけどね。筆頭は竜だよ」
「なるほど…」
「でさ、どうする?」
「1度使役されたって事は縄張りにも戻れねえはずだ。どこに行ったかなんて簡単には分からねえ」
「だよね!じゃあ、サクッとダンジョン済ませようよ!情報でも変わった事もないみたいだし、近いし、5、6日もあれば帰ってこれるんじゃない?」
「そうだな…ナツメはどうだ?」
「私は2人の判断に従うよ」
「そうか、なら明日出発だ」
昼食後は2手に分かれて買い出しや準備をする事になった。ロイさんは魔道具を見に、シザーと私は主に食材を見に行く。
食堂を出て大きな十字路を左に曲がる。城門から来ると真っ直ぐ進むことになる道だ。そこは石畳の道に煉瓦の建物が立ち並ぶ街のメインストリートで、貴金属店や魔道具店、ブティックのようなショップやレストラン、オープンカフェなど、絵本や物語の中にそっくりそのまま登場しそうな光景が広がっていた。
途中でロイさんと別れてメインストリートの1本奥にある通りに入る。そこは市場通りで、食材から本や雑貨、服、に至るまで多種多様な店が軒を連ねている。食堂もあるし屋台もたくさん出ていてカフェもあった。メインストリートがブランドショップなら、こちらはリーズナブルな店のようだ。石畳に煉瓦の建物は同じだがこちらの方が道が狭く、馬車は通らない。その分人が多く、賑わっていて活気があった。
何だかワクワクする。メインストリートは素敵だったけど、こっちの方が好きかも。
「私、こっちの方が好きだな」
呟くように言うとシザーが私を見る。
「やっぱりな、そうじゃねえかと思ってたぜ」
微笑んで続けた。
「買い出し済ませたら少し見て歩こうぜ」
「うん!」
ここは食材の種類も豊富みたいだから楽しみにしてたんだよね!新しい物が手に入るチャンス!
最初に見たのは卵や乳製品の店。何種類かあるチーズをの中にモッツアレラチーズを見つけた!マルゲリータが作れる!
次は隣にあった果物の店。そこにあった小さな赤い実に目が留まる。これどこかで見たような…店の人に許可を得て触らせてもらった。もちろんレシピ発想するためだ。
「!」
これ、コーヒーだ!確かに果実として食べられるって聞いたことあるけど…。店の人に食べ方を聞いてみるが、このまま以外にはないと変な顔をされた。飲み物としてのコーヒーは存在しないんだ。よし、買っていって育ててみよう。うまくいけばコーヒーが飲めるようになる。
その後、野菜や肉、魚も見ていくつか買った。
そして食材の最後は穀物屋だ。小麦粉とお米を買い足そうと思って寄ったのだが、そこで今日最大の発見があった。
大豆だ!大きな麻袋に入って目立つところに並べてある。
私は逸る気持ちを押さえて店のおじさんに確認する。
「あの、これ…」
「いらっしゃい、ああ、これ?大豆だよ」
やった!
「これはどうやって食べるのがいいですか?」
「ここじゃあ煮て食べるくらいしかしないよ。後は家畜の飼料だね」
じゃあ前の世界に比べるとあまり需要はないんだ。
「これ1袋でこの値段ですか?」
「ああ、そうさ」
やっぱり安い…
「これ4袋欲しいんですけど」
「え!4つもかい!?」
「もしかしてそんなに置いてませんか?」
需要が少ないなら仕入れる数も少ないはずだ。無くてもおかしくはないが…。
「い、いや、あるよ!でも持って行けるかい?」
「ボックスを持ってるから大丈夫だ」
後ろからシザーが言ってくれる。
「へえ!ボックス持ちかい!ならちょっと一緒に裏に来てくれるかい?」
「分かった」
おじさんと裏へ行くとそこには大量の大豆があった。
「…凄い量だな」
大豆が10袋はある。この店の大きさからするとこの量は相当多い気がする。
「いつも買ってもらってた牧場の親父さんが亡くなって、牧場を辞めることになったんでな」
「それでこんなに…」
「そうなんだ。普通の家で食べる大豆なんて少しだからね。いくら日持ちするとはいえ困ったもんだよ。…って、お客さんに変な事言っちまったな。4つも買ってくれて助かったよ。ありがとな」
…10袋くらいだったら消費出来るよね。ボックスに入れておけば傷まないし。
「シザー、これ全部買ってもいい?」
そう言って見上げると、フッと小さく笑う。
「使いきれるのか?」
「時間はかかるけどね」
「そうか。親父、これ全部貰ってく」
シザーの言葉におじさんはキョトン、とする。
「全部?」
「ああ」
「え、えぇ!本当ですか!?」
「はい、お願いします」
「…あ、ありがとうございます!」
いつの間にか敬語だ。おじさんに何度も頭を下げられ、店を出た。
穀物屋の少し先にあったカフェで一休みする。大豆を見つけた時から笑いが止まらない私を見てシザーが言う。
「豆がそんなに嬉しいか?」
「もちろん!出来るまでには何か月もかかるけど、完成したら私の故郷の料理をもっとたくさん作れるようになるの!お米に合う料理ばかりだからシザーも気に入ってくれるといいな」
まずは醤油と味噌の仕込みだよね。豆腐に油揚げ、厚揚げ、湯葉、がんもどきに高野豆腐、おからも出来るな~。納豆は上級者向けだよね、和食に慣れて来たら出してみようかな?
「ククッ、ナツメ、そろそろ戻ってこい」
シザーがテーブルに頬杖をついて可笑しそうに笑う。ハッ!またやってしまった…。って、このくだりも何回目だろう。
「うぅ…」
「落ち込む事ねえよ。俺も楽しみにしてるぜ、お前の故郷の料理」
「…うん、ありがと」
「行こうぜ、他も見るんだろ?」
「うん!」
2人で手を繋ぎながら、雑貨屋さんや服屋、本屋を見て回る。それはありきたりなデートだったけど、シザーと一緒に歩ける時刻はとても幸せであっという間だった。夕刻に宿に帰るまで、お互いその手を放す事はなかった。
いよいよ明日は念願のダンジョンへ向かう
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