天狗と骨董屋

吉良鳥一

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束の間の出逢い

第三話

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 利音は金魚の妖怪だと言った。
 高橋にも伝わりやすいように言葉を選んで説明していた。
 か弱い妖なので悪さをすることはないと言う。
 ただそこに存在しているだけの儚い存在。

 高橋はその説明を聞いて柔らかく笑った。

「これを頂いたとき家内や娘はそんなガラクタと見向きもしませんでした。
それどころか邪魔だから捨てて欲しいとさえ……
無理もないでしょう、家族も私も誰もこんな綺麗な金魚を見ることが出来なかったのですから」

 高橋自身も見ることが出来なかったそれを最近になって見えるようになったと言う。
 そして彼はこんな話を切り出した。

「実は私、癌を患いましてね、あまり長くないんですよ」

「……っ」

 真尋は理解していた。
 彼の死期が近いことを。

 彼から出ている黒いモヤの正体。
 それは、死期が迫っていることを知らせるものだった。
 だから真尋は高橋を見て心が痛んだのだ。

「私が死んだあと、きっとこの金魚鉢は捨てられてしまう。
宗像さんならこれの価値を分かってくださると思いここへ持って来ました」

 誠に勝手ながら引き取っては下さいませんかと高橋は利音へ差し出した。

「いいですよ、引き取ります」

「本当ですか、ありがとうございます」

 引き取ってくれると言うと高橋はホッとしたように笑った。

「今日は本当にありがとうございました。
もしかしたらこれで今生の別れとなってしまうかもしれませんが、またどこかでお会い出来たらと思います」

「そんな……」

 真尋は掛ける言葉も浮かばず言葉に詰まった。
 そんな真尋をそんな顔をしないでと高橋が慰める。

「人は皆いつか死にます。
私はね、悲観などしていないのです。
きっと来世にまた素晴らしい人生が待っていると信じていますからね」

 そう前向きに彼は語った。
 真尋もその言葉に心が軽くなった気がする。

 輪廻転生。
 人は何度でも生まれ変わる。
 彼の今生での人生は分からない。
 しかしきっとまた人の世で幸せだったと言える人生を過ごすに違いないと、なんとなくそう思うのだった。
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