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第三章 わたしと弟子と魔導書盗難事件
第58話 アリスとミナリー(ミナリー視点)
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「〈使役《テイム》〉って動物やモンスターを手懐ける魔法のことだよね?
師匠も小首を傾げて私に尋ねてくる。
「クロウィエルは魔人だけど……」
「私が言った〈使役〉は動物や魔物を使役する魔法とは少し違います」
本来の〈使役〉の魔法は動物やモンスターの意思を魔力でコントロールする一種の洗脳のようなものです。洗脳対象の知能が低ければ低いほど成功しやすいため、使役魔法で人間や高い知能を持つ強力な魔物をテイムすることは出来ません。
クロウィエルは元人間だけあって高い知性を有しています。使役魔法でのテイムはほぼほぼ不可能と見ていいでしょう。
ならばどうするか。
「クロウィエルの体は魔力で作られているので、その魔力を掌握します。意思の自由を奪えなければ、体の自由を奪えばいいんです」
「お、お主は悪魔か……!?」
「魔人に言われたくないですね」
ちょうど、クロウィエルの体を形成する魔力には私の魔力が含まれています。この比率を100%にしてしまえば、クロウィエルの肉体は私が思うがまま動かせるというわけです。
「せっかくの機会です。使い魔として有効活用しましょう」
「お、思い上がるなよ、小娘! 儂をそう簡単に使役できると思ったら大間違いじゃぞ!?」
「出来ますよ」
「いや、じゃから出来な――」
「出来ます」
「む、無理じゃと――」
「ミナリーなら出来ると思うよ?」
「…………………………」
クロウィエルが這って逃げようとしたので〈風壁〉で閉じ込めました。
「小娘の使い魔なんぞいやじゃぁあああああああああ!! 誰か助けるのじゃぁあああああああああ!!!!」
ちなみに〈風壁〉内部には〈転移〉を妨害する結界も張ってあので、もはやクロウィエルに逃げ道はありません。
「ねえミナリー、魔力の掌握ってどうやるの?」
「まずはこうやって〈吸魔の書〉でクロウィエルから私以外の魔力を全て抜きます」
「ひぃいいいいい!? やめるのじゃ、儂から魔力を奪うでない! やめっ、あぁ……儂の魔力が奪われて行くのじゃぁ…………――」
「後は私の魔力を〈吸魔の書〉を通じてクロウィエルに流し込み、屈服させるだけです」
私の魔力のみで肉体を形成するクロウィエルと私の間には魔力的なパイプが出来上がるでしょう。それがいわゆる主従契約の代わりになります。私がクロウィエルに魔力を供給し続ける限り、彼女は私の魔力に縛られ続けることになるはずです。
作業はものの数秒で終わりました。〈吸魔の書〉を通じて私が送り込んだ魔力に身悶えていたクロウィエルは、ぜぇはぁと息を切らしながら地面に倒れこんでいます。
そんな彼女の体には、もはや私以外の魔力は存在していませんでした。
「クロウィエル。今日から私があなたのご主人さまです」
「屈辱じゃ……。こんな小娘に、小娘なんかに儂がぁ……」
クロウィエルの体が徐々に薄く透明になっていきます。〈吸魔の書〉を使わずに魔力の供給ができるようになったので、供給量を減らしたためです。やがて完全に魔力の供給量をゼロにすると、クロウィエルの姿は見えなくなってしまいました。
「クロウィエル消えちゃった……」
「魔力の供給を止めたので魂だけになったようですね」
「それって大丈夫なの?」
「魔力的なパイプは繋がったままなので問題ありません」
魔力さえ渡せばいつどこにでも呼び出せます。試しに魔力を供給してみると地べたに拳を打ち付けながらシクシク泣くクロウィエルの姿が。魔力供給を止めると姿が消え、また魔力を供給するとクロウィエルの姿が。
「遊ぶでないわぁーっ! 儂をそっとしておくのじゃぁああああああっ!!」
「しばらく魔力供給はしないであげようね、ミナリー?」
師匠に優しく諭されたのでクロウィエルへの魔力供給はしばらくの間しないことに決めました。本当はもう少しどのような事が出来るのか試したかったのですが、まあそれはまたの機会でもいいでしょう。
「終わりましたね、師匠」
「うん。…………あっ! 学園のほうは大丈夫だった!? アリシアとロザリィ様は!?」
「二人とも無事です。ドラコ・セプテンバーも殺さずに確保しました」
「そっか、よかった……」
師匠は安堵したように息を吐きます。
それからよいしょっと立ち上がって、師匠はわたしに手を差し伸べました。
「戻ろう、ミナリー! きっとみんなが待ってるよ!」
私はその差し伸べられた手を、思わずまじまじと見つめてしまいます。
不思議なものですね。思えば5年前、私はこの差し伸べられた手を取って外の世界へと踏み出しました。
それまでの私は、両親から虐待を受けていました。
両親ともに魔力を持たない、貧乏な平民の一般家庭。そこに生まれた異物が私です。幼い頃から自在に魔力を操ることが出来て、言葉を覚えるよりも先に魔法が使えるようになった私を母は化け物と呼びました。
今にして思えば10歳まで生きて来られたのは奇跡です。そして、師匠に出会えたこともまた……。私の人生は奇跡の連続で成り立っています。
「師匠。初めて会った日のことを覚えてくれていますか?」
「もちろん。忘れたことなんて一度もないよ」
「私もです。私が女の子だと知って驚いた師匠の顔は今でも思い出せますよ」
「そ、そんなことあったかなぁー?」
師匠は露骨に目を逸らして口笛を吹きます。
……まったくもぅ。
「師匠。私は時々、自分自身が怖くなります」
「え……?」
首を傾げる師匠から視線を逸らして、私は周囲に目を向けます。
私たちの周囲には焦土と化した荒野がありました。岩肌は削れ、木々は炭化し、地面はひび割れて草の根一本残っていません。クロウィエルの魔法の影響も多少ありますが、このほとんどが私の魔法によってもたらされたものです。
これがもし、王都の中心部だったら。そう考えると、私の胸はギュッと締め付けられるような痛みを発します。息が苦しくなって、視界がぼやけそうになります。
「……師匠は」
この光景を見て、どう思うんでしょうか。
私を怖いって、思わないんでしょうか。聞きたいけど、言葉が詰まります。
だって、その答えを知ってしまったら私たちの関係は――
「ミナリーはミナリーだよ。わたしの自慢の弟子で、わたしの大好きな超絶可愛い天才魔法使い」
「…………え?」
師匠のアメジスト色の瞳が私をじーっと見つめます。それから師匠のすべすべした手が私の頬に添えられて、そのまま私の頬をくいーっと引っ張りました。
「いひゃいです、しひょう」
「あははっ、ミナリーったら変な顔してる! うーん、この顔もなかなか。でも、笑ったミナリーのほうがもっと可愛いかな」
「な、なにがしたいんですか……?」
「わたしはね、ミナリー。ミナリーを怖いなんて思ったことは一度もないよ」
「どうして、ですか……?」
「今も昔も、これからも。わたしの方がミナリーよりずっと強いからね」
それって……。
5年前にも師匠は同じことを言っていました。
魔法の才能や魔力量で劣ると知りながら、私を弟子にすると言ってくれた師匠。私よりも自分の方が強いと言い切った師匠。
この人なら本当に私よりも強くなるんじゃないかって、もし私が自我を失って魔力を暴走させたとしても止めてくれるんじゃないかって。そう思ったから私は師匠の弟子になると決めたんです。
あれから5年。師匠は出会った頃からは信じられないほど魔法使いとして成長をしました。貪欲に、我武者羅に。日々弛まぬ努力を続けた師匠を私はずっと傍で見てきました。
「……師匠には、敵いませんね」
師匠を、私は心の底から尊敬しています。
そんな師匠の言葉だから、信じられます。
「師匠。これからも私を、師匠の弟子で居させてくれますか?」
「もちろん! これからもよろしくね、我が弟子よ!」
今度こそ、師匠が差し伸べてくれた手を掴みます。すべすべで温かい、大好きな師匠の手。指を絡ませて、私たちは王都への帰路に就いたのでした。
「ところでミナリー。箒で1時間の距離を歩くとどれくらいかかるんだろうね?」
「……師匠、色々と台無しです」
王都に張られた〈転移〉防止の大結界。その外周から王都まで箒で1時間の距離ですが、私たちの手元に箒はありません。夕暮れの平原を私たちはただひたすら歩き続けるしかないのです。
「旅をしてた頃を思い出すね、ミナリー」
「そうですね。久しぶりに思い出話でもしませんか? 時間ならいっぱいありますから」
「うん! やっぱり印象に残ってるのはミナリーがおしっこを――痛った!?」
「師匠、それ以上言うと張り倒しますよ」
「もう張ってる! 言葉よりも先に手が出てるよミナリー!?」
そんなこんな話しながら手を繋いで歩いた私と師匠は、翌朝になってようやく王都に辿り着いたのでした。
師匠も小首を傾げて私に尋ねてくる。
「クロウィエルは魔人だけど……」
「私が言った〈使役〉は動物や魔物を使役する魔法とは少し違います」
本来の〈使役〉の魔法は動物やモンスターの意思を魔力でコントロールする一種の洗脳のようなものです。洗脳対象の知能が低ければ低いほど成功しやすいため、使役魔法で人間や高い知能を持つ強力な魔物をテイムすることは出来ません。
クロウィエルは元人間だけあって高い知性を有しています。使役魔法でのテイムはほぼほぼ不可能と見ていいでしょう。
ならばどうするか。
「クロウィエルの体は魔力で作られているので、その魔力を掌握します。意思の自由を奪えなければ、体の自由を奪えばいいんです」
「お、お主は悪魔か……!?」
「魔人に言われたくないですね」
ちょうど、クロウィエルの体を形成する魔力には私の魔力が含まれています。この比率を100%にしてしまえば、クロウィエルの肉体は私が思うがまま動かせるというわけです。
「せっかくの機会です。使い魔として有効活用しましょう」
「お、思い上がるなよ、小娘! 儂をそう簡単に使役できると思ったら大間違いじゃぞ!?」
「出来ますよ」
「いや、じゃから出来な――」
「出来ます」
「む、無理じゃと――」
「ミナリーなら出来ると思うよ?」
「…………………………」
クロウィエルが這って逃げようとしたので〈風壁〉で閉じ込めました。
「小娘の使い魔なんぞいやじゃぁあああああああああ!! 誰か助けるのじゃぁあああああああああ!!!!」
ちなみに〈風壁〉内部には〈転移〉を妨害する結界も張ってあので、もはやクロウィエルに逃げ道はありません。
「ねえミナリー、魔力の掌握ってどうやるの?」
「まずはこうやって〈吸魔の書〉でクロウィエルから私以外の魔力を全て抜きます」
「ひぃいいいいい!? やめるのじゃ、儂から魔力を奪うでない! やめっ、あぁ……儂の魔力が奪われて行くのじゃぁ…………――」
「後は私の魔力を〈吸魔の書〉を通じてクロウィエルに流し込み、屈服させるだけです」
私の魔力のみで肉体を形成するクロウィエルと私の間には魔力的なパイプが出来上がるでしょう。それがいわゆる主従契約の代わりになります。私がクロウィエルに魔力を供給し続ける限り、彼女は私の魔力に縛られ続けることになるはずです。
作業はものの数秒で終わりました。〈吸魔の書〉を通じて私が送り込んだ魔力に身悶えていたクロウィエルは、ぜぇはぁと息を切らしながら地面に倒れこんでいます。
そんな彼女の体には、もはや私以外の魔力は存在していませんでした。
「クロウィエル。今日から私があなたのご主人さまです」
「屈辱じゃ……。こんな小娘に、小娘なんかに儂がぁ……」
クロウィエルの体が徐々に薄く透明になっていきます。〈吸魔の書〉を使わずに魔力の供給ができるようになったので、供給量を減らしたためです。やがて完全に魔力の供給量をゼロにすると、クロウィエルの姿は見えなくなってしまいました。
「クロウィエル消えちゃった……」
「魔力の供給を止めたので魂だけになったようですね」
「それって大丈夫なの?」
「魔力的なパイプは繋がったままなので問題ありません」
魔力さえ渡せばいつどこにでも呼び出せます。試しに魔力を供給してみると地べたに拳を打ち付けながらシクシク泣くクロウィエルの姿が。魔力供給を止めると姿が消え、また魔力を供給するとクロウィエルの姿が。
「遊ぶでないわぁーっ! 儂をそっとしておくのじゃぁああああああっ!!」
「しばらく魔力供給はしないであげようね、ミナリー?」
師匠に優しく諭されたのでクロウィエルへの魔力供給はしばらくの間しないことに決めました。本当はもう少しどのような事が出来るのか試したかったのですが、まあそれはまたの機会でもいいでしょう。
「終わりましたね、師匠」
「うん。…………あっ! 学園のほうは大丈夫だった!? アリシアとロザリィ様は!?」
「二人とも無事です。ドラコ・セプテンバーも殺さずに確保しました」
「そっか、よかった……」
師匠は安堵したように息を吐きます。
それからよいしょっと立ち上がって、師匠はわたしに手を差し伸べました。
「戻ろう、ミナリー! きっとみんなが待ってるよ!」
私はその差し伸べられた手を、思わずまじまじと見つめてしまいます。
不思議なものですね。思えば5年前、私はこの差し伸べられた手を取って外の世界へと踏み出しました。
それまでの私は、両親から虐待を受けていました。
両親ともに魔力を持たない、貧乏な平民の一般家庭。そこに生まれた異物が私です。幼い頃から自在に魔力を操ることが出来て、言葉を覚えるよりも先に魔法が使えるようになった私を母は化け物と呼びました。
今にして思えば10歳まで生きて来られたのは奇跡です。そして、師匠に出会えたこともまた……。私の人生は奇跡の連続で成り立っています。
「師匠。初めて会った日のことを覚えてくれていますか?」
「もちろん。忘れたことなんて一度もないよ」
「私もです。私が女の子だと知って驚いた師匠の顔は今でも思い出せますよ」
「そ、そんなことあったかなぁー?」
師匠は露骨に目を逸らして口笛を吹きます。
……まったくもぅ。
「師匠。私は時々、自分自身が怖くなります」
「え……?」
首を傾げる師匠から視線を逸らして、私は周囲に目を向けます。
私たちの周囲には焦土と化した荒野がありました。岩肌は削れ、木々は炭化し、地面はひび割れて草の根一本残っていません。クロウィエルの魔法の影響も多少ありますが、このほとんどが私の魔法によってもたらされたものです。
これがもし、王都の中心部だったら。そう考えると、私の胸はギュッと締め付けられるような痛みを発します。息が苦しくなって、視界がぼやけそうになります。
「……師匠は」
この光景を見て、どう思うんでしょうか。
私を怖いって、思わないんでしょうか。聞きたいけど、言葉が詰まります。
だって、その答えを知ってしまったら私たちの関係は――
「ミナリーはミナリーだよ。わたしの自慢の弟子で、わたしの大好きな超絶可愛い天才魔法使い」
「…………え?」
師匠のアメジスト色の瞳が私をじーっと見つめます。それから師匠のすべすべした手が私の頬に添えられて、そのまま私の頬をくいーっと引っ張りました。
「いひゃいです、しひょう」
「あははっ、ミナリーったら変な顔してる! うーん、この顔もなかなか。でも、笑ったミナリーのほうがもっと可愛いかな」
「な、なにがしたいんですか……?」
「わたしはね、ミナリー。ミナリーを怖いなんて思ったことは一度もないよ」
「どうして、ですか……?」
「今も昔も、これからも。わたしの方がミナリーよりずっと強いからね」
それって……。
5年前にも師匠は同じことを言っていました。
魔法の才能や魔力量で劣ると知りながら、私を弟子にすると言ってくれた師匠。私よりも自分の方が強いと言い切った師匠。
この人なら本当に私よりも強くなるんじゃないかって、もし私が自我を失って魔力を暴走させたとしても止めてくれるんじゃないかって。そう思ったから私は師匠の弟子になると決めたんです。
あれから5年。師匠は出会った頃からは信じられないほど魔法使いとして成長をしました。貪欲に、我武者羅に。日々弛まぬ努力を続けた師匠を私はずっと傍で見てきました。
「……師匠には、敵いませんね」
師匠を、私は心の底から尊敬しています。
そんな師匠の言葉だから、信じられます。
「師匠。これからも私を、師匠の弟子で居させてくれますか?」
「もちろん! これからもよろしくね、我が弟子よ!」
今度こそ、師匠が差し伸べてくれた手を掴みます。すべすべで温かい、大好きな師匠の手。指を絡ませて、私たちは王都への帰路に就いたのでした。
「ところでミナリー。箒で1時間の距離を歩くとどれくらいかかるんだろうね?」
「……師匠、色々と台無しです」
王都に張られた〈転移〉防止の大結界。その外周から王都まで箒で1時間の距離ですが、私たちの手元に箒はありません。夕暮れの平原を私たちはただひたすら歩き続けるしかないのです。
「旅をしてた頃を思い出すね、ミナリー」
「そうですね。久しぶりに思い出話でもしませんか? 時間ならいっぱいありますから」
「うん! やっぱり印象に残ってるのはミナリーがおしっこを――痛った!?」
「師匠、それ以上言うと張り倒しますよ」
「もう張ってる! 言葉よりも先に手が出てるよミナリー!?」
そんなこんな話しながら手を繋いで歩いた私と師匠は、翌朝になってようやく王都に辿り着いたのでした。
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