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第三章 わたしと弟子と魔導書盗難事件

第33話 幼児退行アリシア

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 事情聴取が終わったのはすっかり陽が昇った時間だった。重たい瞼を擦りながら、わたしとミナリーは寮の方へふらふらと歩いていく。そろそろ授業が始まる時間だけど、どうせ寝ちゃいそうだし、それなら午前中はベッドでぐっすり寝て昼から登校することにした。

「大変な目にあったねぇ、ミナリー」

「すみませんでした、師匠。わたしが巡回の警備員にもう少し早く気づいていれば……」

「いいよいいよ。どうせ見つかってなくても学園に説明する必要はあったからね」

 警備の人に見つかったわたしたちは、あの後すぐ警鐘を聞きつけて駆け付けた先生たちに事情を説明することになった……んだけど、

「まさかあれ程信じてもらえないとは思いませんでした。不愉快です」

 ミナリーが不快感を示すほどに、わたしたちの言い分はなかなか信じて貰えなかった。状況証拠からわたしたち以外の侵入者が居たことは明確だったものの、焦点はどうしてわたしたちがそこに居合わせたか。

 ミナリーが結界の揺らぎを感じたから様子を見に……、と言って信じてくれる先生は居なかった。

 特に酷かったのが教頭で、わたしたちが侵入者を手引きしたんじゃないかって食って掛かってきた挙句にわたしを無能令嬢なんて言い出したから、アリシアとミナリーが魔法で黙らせようとしてハチャメチャになりかけた。

 なんとか開放して貰えたけど、たぶんまだ疑われてるんだろうなぁ。

 アリシアは生徒会として今後の対応について学園側と協議する必要があるから、とまだ事情聴取が行われていた会議室に残っている。

「ミナリー、侵入した二人の魔力って覚えてる?」

「感覚で何となく……。ただ、王都を探し回って見つけられる自信はないです」

「そっかぁー」

 わたしたちで犯人を捕まえたら、あの教頭の鼻も明かせると思ったんだけどなぁ。でも、ミナリーに無理させちゃうのは嫌だから黙っておく。

「結局、彼らの目的はいったい何だったんでしょうか」

「魔導書だとは思うけど……、結局どうだったんだろう? そもそも魔導書って盗まれたのかなぁ?」

「わかりませんね……」

 わたしたちが見たのは窓から飛び出していく人影だけで、彼らが魔導書を持ち去ったかどうかまではわからなかった。先生たちが書庫を調査したはずだけど、盗まれたとしたらどんな魔導書が盗まれたんだろう?

 魔導書とは端的に言えば魔力を帯びた本のこと。その効果や材質に至るまで千差万別で、中には人皮装丁の禍々しい魔導書もあるとかないとか。本を持つだけで魔法が使えるようになる魔導書もあれば、中には魔導書が呪いを帯びていて読んだ人を死に至らしめることもあるらしい。

 もしも危ない魔導書が盗まれていたら学園だけの問題じゃ済まなそうだけど……。

「ふぁ~ぁあ……」

 難しいことを考えようとしたら欠伸が出ちゃった。一抹の不安を抱えつつ寮の自室に戻ったわたしは、ミナリーと一緒にベッドへ倒れこんだ。それからたっぷりお昼まで睡眠をとって、昼ご飯を食べに学食へと向かう。

 学食で合流したロザリィ様とニーナちゃんに一眠りして来たと言うと呆れられちゃった。

「大図書館に賊が入ったとは噂になっていましたけれど……」

「まさかミナリーさんと師匠さんがそれを目撃していたとは思いませんでした」

 昨晩の出来事を説明するとロザリィ様とニーナちゃんは目を丸くして驚いた。わたしたちが寝ている間に、学校内でも侵入者に関する噂は広がっていたようだ。先生たちはかん口令を敷くと言っていたけど人の噂に戸は立てられなかったみたい。

 それからしばらく四人で話していると、学食にふらふらとした足取りのアリシアが姿を見せた。アリシアはわたしたちを見つけると、こっちに足元が覚束ない様子で歩いてくる。

「ねぇさまぁ~」

 そして間の抜けた声でわたしを呼ぶと、そのままわたしの胸に顔を埋める様に飛び込んできた。

「わっ、っとと。ど、どうしたの、アリシア?」

「もぉーつかれたぁ~。ねぇさまぎゅ~ってして~」

「あー……うん。よしよし、頑張ったね」

 人目を憚らずに甘えてくるアリシアの髪を撫でてギュッとしてあげる。

 極度の疲労と眠気で幼児退行しちゃってるなぁ……。一眠りしたわたしたちと違って、アリシアは昨晩から今までずっと起きっぱなしだっただろうから、今がちょうど疲労と眠気のピークかも。

 生徒会長として毅然とした態度を普段からとっていたアリシアの豹変に、近くの席に座っていた子達が何事かと注目してくる。

「アリシアの黒歴史が増えない内にどこかで寝かせてあげた方がよさそうですわね」

「うん、そうだね……」

 手早く食事を済ませたわたしたちは、アリシアをひとまず保健室まで運ぶ。わたしにギュッと抱き着いていたアリシアは、保健室のベッドに寝転がった瞬間には安らかな寝息を立て始めた。

「ごめんね、アリシア。わたしが巻き込んじゃったから……」

「師匠のせいではないです」

「そうですわ。それに話を聞く限りでは、アリシアを連れて行った判断は正解ですわよ。そうでなければ、二人とも今頃拘束されていた可能性があります」

「えぇっ!? お二人ともただの目撃者なのにどうして拘束されちゃうんですか?」

「目撃者だからこそですわ、ニーナ。あなた、昨日の警鐘が鳴った時間なにをしていましたの?」

「え、えっと、鐘の音で起きるまでは寝てましたけど……」

「わたくしもです。消灯時間はとっくに過ぎていましたし、それ以降の寮からの外出がそもそも校則違反ですわ。それなのに賊の犯行に居合わせたというのは、教師からしてみれば疑わしいにも程がありますわよ。ミナリーの言う結界の揺らぎを感じたというのも、胡散臭さが増すだけですわね」

「ええっと……、それってミナリーさんと師匠さんが侵入を手引きしたと思われてるってことですか……?」

「そう思われても仕方がないという話ですわ。幸いなのが先程も言ったようにアリシアを同行させたことですわね。生徒会長として教師陣からも信頼の厚いアリシアが一緒だったから何とか信じて貰えているのが現状だと思いますわ」

 ですが、とロザリィ様は続ける。

「疑いを晴らすには不十分ですわね……。教頭はセプテンバー派の重鎮として有名なフロッグ家の出身ですし、オクトーバーに汚名を着せるためこのまま罪を擦り付ける可能性もありますわ」

「またそれですか……」

 ミナリーは辟易とした様子で呟く。わたしも慣れているとはいえ、溜息が出ちゃいそうだった。

「王都に居る限りは付きまとう問題ですわよ。……ですが、それを見越してわたくしたちは動く必要がありますわね」

「見越してですか? それは、えーっと。つまり……?」

「決まってますわ。わたくしたちで犯人を捕まえるんですわよ!」
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