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プロローグ わたしと弟子の始まりの日

第1話 始まりの日

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「お母様なんて大っ嫌い!」

 15歳の春、わたしは失意のままに家を飛び出し、箒に乗って旅に出た。

 魔法使いの名門貴族に生まれたわたしは、幼い頃から魔法の才能に恵まれなくて、王立魔法学園の入学試験を受験することすら叶わなかった。

 一族の恥さらし……とまでは言われなかったけれど、お母様はわたしを見限ったんだと思う。魔法使いの道を諦めて、お見合いをしなさいと言ってきた。

 魔法使いにならなくていい。あなたはあなたの幸せを見つけなさい。

 お母様はそう言うけれど、わたしの幸せは魔法使いになることだ。

 お母様みたいな最高に可憐で、最強に強い魔法使いになることだ。

 家を飛び出したわたしは、魔法使いになるために大陸各地を訪れた。行く当てはなかったけれど、西に優秀な魔法使いが居ると聞けば教えを乞うために会いに行き、東にモンスターが出たと聞けば困っている人たちを助けるために退治しに行った。

 そんな生活を続けて半年くらいが経った頃。

 南のスークスという町に神童と呼ばれている子供が居るという噂を聞いた。何でもひとたび火の魔法を使えば町一つ燃やし尽くすほどの炎を出し、ひとたび水の魔法を使えば町一つ押し流すほどの水を出すとか。

 噂だけでスークスの町が二回滅んじゃってる。

 荒唐無稽な噂話だったけど、一流の魔法使いを目指す身としては確かめずには居られない。さっそく噂の出どころとなったスークスに〈転移〉の魔法で飛んで、その噂の神童くんに会いに行った。

 片っ端から聞き込みをすると、スークスの人たちはみんな噂の神童くんを気味悪がっていた。王都からも少し離れた辺境の田舎町。住民のほとんどは魔法が使えないか、使えてもほんの些細な魔法だけ。

 噂の神童くんは、この町の中では異物扱いされているらしい。

 そんなに変な子なのかな……?

 一抹の不安を感じつつ、集めた情報を元に神童くんを探す。彼はいつも広場の大きな木の下で本を読んでいるそうで、向かってみるとそれらしい子供が本を読んでいた。

 よぅし、ここは大人のれでぃとしてカッコよく決めてやろう。

「君がスークスの神童くんね? 私は旅の魔女アリス。特別にあなたをわたしの弟子にしてあげる。さあ、わたしと一緒に魔法の深淵を目指しましょう?」

 ふっ、決まったわ。

 わたしが亜麻色の髪をファサーっとかきあげていると、神童くんは読んでいた本から顔を上げて、丸みを帯びた愛らしい深紅の瞳でわたしを見上げる。

 あれっ……? 男の子にしては顔立ちがすごく可愛いような?

「お姉さん、魔法使いですか?」

 まるでハチミツのように甘くとろけるような声。

「う、うんっ!」

 全てを見透かすような真っ赤で澄んだ瞳に、思わず声が上ずってしまう。

 な、なんなのこの子……っ! シルクのように艶やかな銀色の髪。肌はもちもちでキメ細かくて、唇は愛らしい桜色。だけど服装はボロ布を繋ぎ合わせたような薄汚いワンピースで……。

「というか、えっ? 女の子……?」

「そうですが。男の子に見えますか?」

 ぜんぜん見えない。噂だけ聞いてたからてっきり糞生意気な男の子をイメージしちゃってたけど、実際は全然違う。小さくて愛らしい、それでいて物静かな女の子。

「あなたが本当にスークスの神童?」

「そう呼ぶ人も居るようですね。あんまり興味ないですが」

 そう言って神童くん改め神童ちゃんは再び本へと視線を落とす。まさか女の子だったなんて思いもしなかったけど……、とにかくっ!

「ねえ、わたしにあなたの実力を見せてくれないかな?」

「どうしてですか?」

「どうしてって……、うーん、わたしが見たいから……とか?」

「面倒臭そうなので嫌です」

 だ、だよねー。いきなり見ず知らずのお姉さんに魔法見せてって言われて、見せてくれるわけないよねー……。

 だけど、この程度で引き下がっちゃここに来た意味がない。

「ちょっと強引だけど、〈転移〉っ!」

 わたしは神童ちゃんの腕を掴んで、杖を振るって〈転移〉の魔法を発動。スークスから少し離れた荒野に、一瞬で周囲の風景が切り替わる。

 神童ちゃんは赤い瞳をパシパシと瞬かせた。

「ふっふーん。どうかな、〈転移〉の魔法は! 王都でも使える人がほとんど居ない凄い魔法なんだからね!」

「……なるほど、これが〈転移〉魔法ですか」

「その通り。お姉さんの実力はこれでわかってくれたかな? さあ、今度はあなたの番。スークスの神童の実力をお姉さんに――」

「〈転移〉」

 しゅんっ、と。目の前から神童ちゃんの姿が消えた。

 あ、あれぇ……?

 どこ行ったんだろう? と周囲を探すも神童ちゃんの姿はどこにもない。まさか〈転移〉って声が聞こえた気がするけど、まさかねぇ……?

「〈転移〉っ!」

 わたしが〈転移〉の魔法を使ってスークスの広場に戻ると、神童ちゃんは会った時と同じ体勢で本を読んでいた。

「ど、どうやったのっ!?」

「どうって、何がですか?」

「〈転移〉っ! 〈転移〉の魔法だよっ! 使える人はほとんどいない珍しい魔法なのに!」

「覚えました」

「覚えたっていつ!?」

「お姉さんの〈転移〉を見て」

「うっそだぁ!」

 魔法を見ただけで覚えられるなんて、そんなのわたしの今までの苦労が馬鹿みたいだ。絶対に何かカラクリがあるに違いない……なんて疑いたくなる気持ちはあるけど、頭じゃとっくに理解している。

 この子は間違いなく、本物だ。

「もういいですか? そろそろ家に戻って働かないと、またご飯を抜きにされちゃいます」

 そう言って神童ちゃんは本を閉じて立ち上がって歩き出す。

 その腕を、わたしは反射的に掴んでいた。

「まだ何か?」

 枯れ木の枝のように細い腕。綺麗な銀色の髪はよく見れば所々くすんでいて手入れが行き届いていなくて、ボロボロのワンピースからはよく見れば痣や傷が見え隠れしている。

「ご飯、ちゃんと食べれてる?」

「死なない程度には」

「お風呂、ちゃんと入れてる?」

「ひと月に一度くらいなら」

「どうして、抵抗しないの……?」

「……したら、わたしは親殺しになってしまいます」

 気づけばわたしは無意識に、その小さな女の子を抱きしめていた。華奢で、少しでも力を込めれば簡単に折れてしまいそうなくらい細い。どうしてぱっと見で気づけなかったんだろう。この子は神童である以前に、か弱い女の子だ。

「決めた。わたしは、何が何でもあなたをわたしの弟子にする」

「変な人ですね。わたしの方が絶対に現時点でお姉さんより魔法の才能は上です。普通、自分より才能のある弟子なんて取らないですよ」

「うん、そうだね。だけど、わたしの方があなたより絶対に強いと思うよ」

「どうしてですか?」

「だってわたしの方が、ずっとお姉さんだもん」

 自分で言っていて答えになっているかよくわからない。

 だけど神童ちゃんは「……そうかもしれませんね」と自嘲するように笑う。

「お姉さん、私をあなたの弟子にしてくれますか?」

「もちろん。これからよろしくね、我が弟子よ……っ!」

 こうして神童ちゃんは、わたしの弟子になった。
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