1 / 60
プロローグ わたしと弟子の始まりの日
第1話 始まりの日
しおりを挟む
「お母様なんて大っ嫌い!」
15歳の春、わたしは失意のままに家を飛び出し、箒に乗って旅に出た。
魔法使いの名門貴族に生まれたわたしは、幼い頃から魔法の才能に恵まれなくて、王立魔法学園の入学試験を受験することすら叶わなかった。
一族の恥さらし……とまでは言われなかったけれど、お母様はわたしを見限ったんだと思う。魔法使いの道を諦めて、お見合いをしなさいと言ってきた。
魔法使いにならなくていい。あなたはあなたの幸せを見つけなさい。
お母様はそう言うけれど、わたしの幸せは魔法使いになることだ。
お母様みたいな最高に可憐で、最強に強い魔法使いになることだ。
家を飛び出したわたしは、魔法使いになるために大陸各地を訪れた。行く当てはなかったけれど、西に優秀な魔法使いが居ると聞けば教えを乞うために会いに行き、東にモンスターが出たと聞けば困っている人たちを助けるために退治しに行った。
そんな生活を続けて半年くらいが経った頃。
南のスークスという町に神童と呼ばれている子供が居るという噂を聞いた。何でもひとたび火の魔法を使えば町一つ燃やし尽くすほどの炎を出し、ひとたび水の魔法を使えば町一つ押し流すほどの水を出すとか。
噂だけでスークスの町が二回滅んじゃってる。
荒唐無稽な噂話だったけど、一流の魔法使いを目指す身としては確かめずには居られない。さっそく噂の出どころとなったスークスに〈転移〉の魔法で飛んで、その噂の神童くんに会いに行った。
片っ端から聞き込みをすると、スークスの人たちはみんな噂の神童くんを気味悪がっていた。王都からも少し離れた辺境の田舎町。住民のほとんどは魔法が使えないか、使えてもほんの些細な魔法だけ。
噂の神童くんは、この町の中では異物扱いされているらしい。
そんなに変な子なのかな……?
一抹の不安を感じつつ、集めた情報を元に神童くんを探す。彼はいつも広場の大きな木の下で本を読んでいるそうで、向かってみるとそれらしい子供が本を読んでいた。
よぅし、ここは大人のれでぃとしてカッコよく決めてやろう。
「君がスークスの神童くんね? 私は旅の魔女アリス。特別にあなたをわたしの弟子にしてあげる。さあ、わたしと一緒に魔法の深淵を目指しましょう?」
ふっ、決まったわ。
わたしが亜麻色の髪をファサーっとかきあげていると、神童くんは読んでいた本から顔を上げて、丸みを帯びた愛らしい深紅の瞳でわたしを見上げる。
あれっ……? 男の子にしては顔立ちがすごく可愛いような?
「お姉さん、魔法使いですか?」
まるでハチミツのように甘くとろけるような声。
「う、うんっ!」
全てを見透かすような真っ赤で澄んだ瞳に、思わず声が上ずってしまう。
な、なんなのこの子……っ! シルクのように艶やかな銀色の髪。肌はもちもちでキメ細かくて、唇は愛らしい桜色。だけど服装はボロ布を繋ぎ合わせたような薄汚いワンピースで……。
「というか、えっ? 女の子……?」
「そうですが。男の子に見えますか?」
ぜんぜん見えない。噂だけ聞いてたからてっきり糞生意気な男の子をイメージしちゃってたけど、実際は全然違う。小さくて愛らしい、それでいて物静かな女の子。
「あなたが本当にスークスの神童?」
「そう呼ぶ人も居るようですね。あんまり興味ないですが」
そう言って神童くん改め神童ちゃんは再び本へと視線を落とす。まさか女の子だったなんて思いもしなかったけど……、とにかくっ!
「ねえ、わたしにあなたの実力を見せてくれないかな?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……、うーん、わたしが見たいから……とか?」
「面倒臭そうなので嫌です」
だ、だよねー。いきなり見ず知らずのお姉さんに魔法見せてって言われて、見せてくれるわけないよねー……。
だけど、この程度で引き下がっちゃここに来た意味がない。
「ちょっと強引だけど、〈転移〉っ!」
わたしは神童ちゃんの腕を掴んで、杖を振るって〈転移〉の魔法を発動。スークスから少し離れた荒野に、一瞬で周囲の風景が切り替わる。
神童ちゃんは赤い瞳をパシパシと瞬かせた。
「ふっふーん。どうかな、〈転移〉の魔法は! 王都でも使える人がほとんど居ない凄い魔法なんだからね!」
「……なるほど、これが〈転移〉魔法ですか」
「その通り。お姉さんの実力はこれでわかってくれたかな? さあ、今度はあなたの番。スークスの神童の実力をお姉さんに――」
「〈転移〉」
しゅんっ、と。目の前から神童ちゃんの姿が消えた。
あ、あれぇ……?
どこ行ったんだろう? と周囲を探すも神童ちゃんの姿はどこにもない。まさか〈転移〉って声が聞こえた気がするけど、まさかねぇ……?
「〈転移〉っ!」
わたしが〈転移〉の魔法を使ってスークスの広場に戻ると、神童ちゃんは会った時と同じ体勢で本を読んでいた。
「ど、どうやったのっ!?」
「どうって、何がですか?」
「〈転移〉っ! 〈転移〉の魔法だよっ! 使える人はほとんどいない珍しい魔法なのに!」
「覚えました」
「覚えたっていつ!?」
「お姉さんの〈転移〉を見て」
「うっそだぁ!」
魔法を見ただけで覚えられるなんて、そんなのわたしの今までの苦労が馬鹿みたいだ。絶対に何かカラクリがあるに違いない……なんて疑いたくなる気持ちはあるけど、頭じゃとっくに理解している。
この子は間違いなく、本物だ。
「もういいですか? そろそろ家に戻って働かないと、またご飯を抜きにされちゃいます」
そう言って神童ちゃんは本を閉じて立ち上がって歩き出す。
その腕を、わたしは反射的に掴んでいた。
「まだ何か?」
枯れ木の枝のように細い腕。綺麗な銀色の髪はよく見れば所々くすんでいて手入れが行き届いていなくて、ボロボロのワンピースからはよく見れば痣や傷が見え隠れしている。
「ご飯、ちゃんと食べれてる?」
「死なない程度には」
「お風呂、ちゃんと入れてる?」
「ひと月に一度くらいなら」
「どうして、抵抗しないの……?」
「……したら、わたしは親殺しになってしまいます」
気づけばわたしは無意識に、その小さな女の子を抱きしめていた。華奢で、少しでも力を込めれば簡単に折れてしまいそうなくらい細い。どうしてぱっと見で気づけなかったんだろう。この子は神童である以前に、か弱い女の子だ。
「決めた。わたしは、何が何でもあなたをわたしの弟子にする」
「変な人ですね。わたしの方が絶対に現時点でお姉さんより魔法の才能は上です。普通、自分より才能のある弟子なんて取らないですよ」
「うん、そうだね。だけど、わたしの方があなたより絶対に強いと思うよ」
「どうしてですか?」
「だってわたしの方が、ずっとお姉さんだもん」
自分で言っていて答えになっているかよくわからない。
だけど神童ちゃんは「……そうかもしれませんね」と自嘲するように笑う。
「お姉さん、私をあなたの弟子にしてくれますか?」
「もちろん。これからよろしくね、我が弟子よ……っ!」
こうして神童ちゃんは、わたしの弟子になった。
15歳の春、わたしは失意のままに家を飛び出し、箒に乗って旅に出た。
魔法使いの名門貴族に生まれたわたしは、幼い頃から魔法の才能に恵まれなくて、王立魔法学園の入学試験を受験することすら叶わなかった。
一族の恥さらし……とまでは言われなかったけれど、お母様はわたしを見限ったんだと思う。魔法使いの道を諦めて、お見合いをしなさいと言ってきた。
魔法使いにならなくていい。あなたはあなたの幸せを見つけなさい。
お母様はそう言うけれど、わたしの幸せは魔法使いになることだ。
お母様みたいな最高に可憐で、最強に強い魔法使いになることだ。
家を飛び出したわたしは、魔法使いになるために大陸各地を訪れた。行く当てはなかったけれど、西に優秀な魔法使いが居ると聞けば教えを乞うために会いに行き、東にモンスターが出たと聞けば困っている人たちを助けるために退治しに行った。
そんな生活を続けて半年くらいが経った頃。
南のスークスという町に神童と呼ばれている子供が居るという噂を聞いた。何でもひとたび火の魔法を使えば町一つ燃やし尽くすほどの炎を出し、ひとたび水の魔法を使えば町一つ押し流すほどの水を出すとか。
噂だけでスークスの町が二回滅んじゃってる。
荒唐無稽な噂話だったけど、一流の魔法使いを目指す身としては確かめずには居られない。さっそく噂の出どころとなったスークスに〈転移〉の魔法で飛んで、その噂の神童くんに会いに行った。
片っ端から聞き込みをすると、スークスの人たちはみんな噂の神童くんを気味悪がっていた。王都からも少し離れた辺境の田舎町。住民のほとんどは魔法が使えないか、使えてもほんの些細な魔法だけ。
噂の神童くんは、この町の中では異物扱いされているらしい。
そんなに変な子なのかな……?
一抹の不安を感じつつ、集めた情報を元に神童くんを探す。彼はいつも広場の大きな木の下で本を読んでいるそうで、向かってみるとそれらしい子供が本を読んでいた。
よぅし、ここは大人のれでぃとしてカッコよく決めてやろう。
「君がスークスの神童くんね? 私は旅の魔女アリス。特別にあなたをわたしの弟子にしてあげる。さあ、わたしと一緒に魔法の深淵を目指しましょう?」
ふっ、決まったわ。
わたしが亜麻色の髪をファサーっとかきあげていると、神童くんは読んでいた本から顔を上げて、丸みを帯びた愛らしい深紅の瞳でわたしを見上げる。
あれっ……? 男の子にしては顔立ちがすごく可愛いような?
「お姉さん、魔法使いですか?」
まるでハチミツのように甘くとろけるような声。
「う、うんっ!」
全てを見透かすような真っ赤で澄んだ瞳に、思わず声が上ずってしまう。
な、なんなのこの子……っ! シルクのように艶やかな銀色の髪。肌はもちもちでキメ細かくて、唇は愛らしい桜色。だけど服装はボロ布を繋ぎ合わせたような薄汚いワンピースで……。
「というか、えっ? 女の子……?」
「そうですが。男の子に見えますか?」
ぜんぜん見えない。噂だけ聞いてたからてっきり糞生意気な男の子をイメージしちゃってたけど、実際は全然違う。小さくて愛らしい、それでいて物静かな女の子。
「あなたが本当にスークスの神童?」
「そう呼ぶ人も居るようですね。あんまり興味ないですが」
そう言って神童くん改め神童ちゃんは再び本へと視線を落とす。まさか女の子だったなんて思いもしなかったけど……、とにかくっ!
「ねえ、わたしにあなたの実力を見せてくれないかな?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……、うーん、わたしが見たいから……とか?」
「面倒臭そうなので嫌です」
だ、だよねー。いきなり見ず知らずのお姉さんに魔法見せてって言われて、見せてくれるわけないよねー……。
だけど、この程度で引き下がっちゃここに来た意味がない。
「ちょっと強引だけど、〈転移〉っ!」
わたしは神童ちゃんの腕を掴んで、杖を振るって〈転移〉の魔法を発動。スークスから少し離れた荒野に、一瞬で周囲の風景が切り替わる。
神童ちゃんは赤い瞳をパシパシと瞬かせた。
「ふっふーん。どうかな、〈転移〉の魔法は! 王都でも使える人がほとんど居ない凄い魔法なんだからね!」
「……なるほど、これが〈転移〉魔法ですか」
「その通り。お姉さんの実力はこれでわかってくれたかな? さあ、今度はあなたの番。スークスの神童の実力をお姉さんに――」
「〈転移〉」
しゅんっ、と。目の前から神童ちゃんの姿が消えた。
あ、あれぇ……?
どこ行ったんだろう? と周囲を探すも神童ちゃんの姿はどこにもない。まさか〈転移〉って声が聞こえた気がするけど、まさかねぇ……?
「〈転移〉っ!」
わたしが〈転移〉の魔法を使ってスークスの広場に戻ると、神童ちゃんは会った時と同じ体勢で本を読んでいた。
「ど、どうやったのっ!?」
「どうって、何がですか?」
「〈転移〉っ! 〈転移〉の魔法だよっ! 使える人はほとんどいない珍しい魔法なのに!」
「覚えました」
「覚えたっていつ!?」
「お姉さんの〈転移〉を見て」
「うっそだぁ!」
魔法を見ただけで覚えられるなんて、そんなのわたしの今までの苦労が馬鹿みたいだ。絶対に何かカラクリがあるに違いない……なんて疑いたくなる気持ちはあるけど、頭じゃとっくに理解している。
この子は間違いなく、本物だ。
「もういいですか? そろそろ家に戻って働かないと、またご飯を抜きにされちゃいます」
そう言って神童ちゃんは本を閉じて立ち上がって歩き出す。
その腕を、わたしは反射的に掴んでいた。
「まだ何か?」
枯れ木の枝のように細い腕。綺麗な銀色の髪はよく見れば所々くすんでいて手入れが行き届いていなくて、ボロボロのワンピースからはよく見れば痣や傷が見え隠れしている。
「ご飯、ちゃんと食べれてる?」
「死なない程度には」
「お風呂、ちゃんと入れてる?」
「ひと月に一度くらいなら」
「どうして、抵抗しないの……?」
「……したら、わたしは親殺しになってしまいます」
気づけばわたしは無意識に、その小さな女の子を抱きしめていた。華奢で、少しでも力を込めれば簡単に折れてしまいそうなくらい細い。どうしてぱっと見で気づけなかったんだろう。この子は神童である以前に、か弱い女の子だ。
「決めた。わたしは、何が何でもあなたをわたしの弟子にする」
「変な人ですね。わたしの方が絶対に現時点でお姉さんより魔法の才能は上です。普通、自分より才能のある弟子なんて取らないですよ」
「うん、そうだね。だけど、わたしの方があなたより絶対に強いと思うよ」
「どうしてですか?」
「だってわたしの方が、ずっとお姉さんだもん」
自分で言っていて答えになっているかよくわからない。
だけど神童ちゃんは「……そうかもしれませんね」と自嘲するように笑う。
「お姉さん、私をあなたの弟子にしてくれますか?」
「もちろん。これからよろしくね、我が弟子よ……っ!」
こうして神童ちゃんは、わたしの弟子になった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説


三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。


冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる