夢中の少女 第一章

流川おるたな

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家事の対価

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 そこから午前中のあいだずっと張り付いて母を見ていたが、居間の押入れの整理などをしていただけで特にこれといって不審な動きもなく、失踪に関連しそうな予兆は全く感じられない。

 やはり母の失踪は自主的なものでは無いらしい。とすれば他人が絡んでいる可能性を考えるのが必然だが当時の警察の調べでは、証拠や形跡が見つからないため事件捜査には至らなかった...

 正午を迎えて母が台所で自分の昼食の準備をして一人で食べ始める。

 いつもであれば、仕事に二人で出ている時の昼食は外で手作り弁当を食べていたけれど、この日は父だけが仕事に行くということで早朝に弁当を作り渡していたらしい。

 因みにこの時間、特別な時間割だった小学校の昼食は給食では無く、生徒全員に市販の弁当が配られた。
 いつもと違う昼食だったので覚えているが、確かちょっと冷めた幕の内弁当だったような気がする。

「ご馳走様ぁ。ふぅ~、食べた食べた...夕食の下準備もしなきゃねぇ」

 母は早々と昼食を食べ終わり、食器を片付けたあと直ぐに夕食の下準備に移行して行った。

 余り経験する子供はいないと思うが、自分の親が家事をする姿をこんなに長く眺めたのはもちろん初めてである。

 いつだったか、主婦の家事の時給は概ね800円くらいと云う記事を何かの雑誌で読んだことがあり、そんなに大変なんだろうか?などと半信半疑だった感想を持った記憶があるが、午前中ずっと忙しく動く母を見ていて充分納得がいった。

 家事って大変なんだな...
 遊んでないでもっと手伝ってあげれば良かった...などと思う。

 テキパキと段取り良く料理の準備を進める母。

 あの日、せっせと下準備をしてくれた料理を家族の三人が顔を合わせて食べることは無かった。

 そう考えるとまた気持ちが凹んでしまう...本当に運命は変えられないのだろうか?
 僕はまた時間の無駄ともいえる自問自答を繰り返しそうになり、母から目を離すわけにはいかないと思い直した。

「夕食の下準備もこれで良し!っと~。ウフフ。二人は『美味しい』って言ってくれるかしらねぇ...」

 母が料理の下準備を済ませ、調理器具などのあと片付けを始める。

「...ごめん母さん。絶対に料理は美味しかったと思うんだけど、あの日食べた時の料理の味はあんまり覚えてないんだ...」

 料理の件に関しては伝える気持ちは無かったのだが、思っていたことが勝手に口から出てしまった。

 虚しくも、今までと全く変わりなく、僕の言葉に母の反応が見られることは無い...
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