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ノ96 大賢者

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 雅綾と府刹那に肉親と呼べる血の繋がった者は存在しなかったがゆえに、心の打ち解けた幼い雲峡はたいそう可愛がられたものである。

 しかも雲峡の仙術の師匠はまごうことなく彼らであり、二人の存在無くして今現在の雲峡の強さは無かったとすらいえよう...


 羅賦麻の手によって粉々に砕かれ見るも無残な姿となった府刹那の顔に、懐から取り出した布をそっと被せた雲峡の頬を一筋の涙が溢れる。

 鬼の眼にも涙、否、天上天下唯我独尊、超自己中心的で冷血な面も併せ持つ雲峡だけれど、彼女の性分の本質は情に厚く、極めて義理堅いところにあった。

 雲峡は涙を拭い、二度と動かぬ府刹那の身体へ向け語りかける...

「お主らの敵(かたき)は、この雲峡が必ず討ってやるぞ...だからその時は、あの世で笑ってくれると嬉しいなぁ...」

 年れからすれば当たり前なのだが、若々しくみずみずしい顔立ちの雲峡は既に立派な大人であり色香もなくはない。

 だが雅綾と府刹那の二人を追悼する姿は、まるで幼い子供のように小さく見えたものである...

「さて、敵を討つためにまずは手掛かり、だな...」

 雲峡は追悼の意から復讐の意へサッと気持ちを切り換え、辺りを見回し老仙人二人の命を奪った敵の手掛かりを探る。

「ん!?あれはなんだ?」

 彼女の眼力は殊の外鋭く、地面に落ちた不審な代物に秒で気付いたのだった。

 その不審物を手に取り様々な角度から検証する雲峡。

「...これはぁ...仙人界の物質でないことは確かだろうが...敵の身体の一部なのか.......ん~よし!一人で考えるよりも天宇(あまのう)に訊いた方が早いに決まってる。おっと、その前に...」

 彼女の呼び捨てにした天宇という人物は、実のところ誰もが軽々しく呼び捨てにできるような人物ではなく、最強クラスの実力者で怖いもの知らずな雲峡だからこであったのだが...
 フルネームは弥都波天宇(みつはあまのう)。仙人界最高峰の頭脳を持つ大賢者であり、年齢はなんと千五百歳を超えていると云われ、仙王の御意見番的存在でもあった。

 最高の頭脳に加え十五世紀以上の長生きなのだから、この不審物を見せればたちまち敵の正体を知れると考えたわけである。

 雲峡は天宇のいる場所へ赴く前に、湖の周囲で最も高い場所で仙術を使って墓を二つ作り、雅綾と府刹那の亡骸を丁寧に埋葬した。

 そして愛用する仙葉を呼び寄せ軽快に飛び乗ると、空中を颯爽と飛んで大賢者天宇のところへ向かったのだった...

 
 この雲峡の敵討ちが果たせたのか否か...いずれ語ることになるのであろうけれど、まだ、ずっとずっと先の話しである....
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