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ノ94 仙器の意志

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 普段の府刹那からは想像できぬ、か細く弱り切った声で呟く側へ、歩み寄った羅賦麻が腰を屈め倒れる老仙人の目をじっと睨む。

「貴様ら二人から仙人界の情報を聞き出したいところだったが、オレにはもはや時間的にも体力にも余力は無い。悪いが貴様を生かしておくわけにはいかぬ。せめて一思いに殺してやろう、目を閉じるがいい」

「...ふぅ...さっさと殺せ...」

 いよいよ間近で死の宣告を受けた府刹那は一つため息をつき、落ち着き払った表情で素直に目を閉じた。

「ゴギャッ!!!」

 魔王が何も言わぬまま府刹那の顔面へ
真っ直ぐ拳を打ちつけ、頭全体を脳味噌が飛び出てしまうほど粉々にしてしまった。

 ここに百戦錬磨の老仙人二名と、三大魔王羅賦麻との壮絶な戦いが集結したのである。

 敗れて命を失ったとはいえ、魔王をあと一歩で倒せるというところまで追い詰めた雅綾と府刹那の奮闘は、その根本的実力差からすれば見事なまでに「あっぱれ」であったと云えよう。

 羅賦麻がその二人の屍に視線を送り。

「...手土産に貰って帰るか...」

 そう言って府刹那の横に転がる天祥棍に手を伸ばし触れようとした瞬間!

「パチィン!!」

「くっ!?」

 或いは仙器、天祥棍の意思なのであろうか。
 まるで羅賦麻に触れられることを阻止するかのように近づける手は弾かれた。

「グァグァ、そうか、オレを拒むか...惜しいが諦めるしかなさそうだな。今のオレにはこの仙器を制する力など残ってはおらぬ」

 羅賦麻は心底疲弊していたのであろう。天祥棍を持ち帰るのをあっさりと諦め、立ち上がり湖の方へ歩き出した。

 湖の淵まで辿り着いても魔王の脚は止まらず、水に脚を浸け、そのまま水中へと入って行く。

 そもそも、羅賦麻は仙人界へ何処を通ってやって来たのであろうか。魔王当人が潜水し、泳ぎ進んだ先に答えがあった。

「ちと不安だが、あとは息子に任せるしかあるまい...」

 魔王はそう言って、己が創り出したブラックホールを彷彿させる黒い円形、己の創り出した魔界と仙人界の通り道の出入口へと消えていった。

 魔王の身体が完全に消えた途端に出入口もスッと消滅したものである...


 一方その頃。

「スタッ!」

 老仙人二人の屍がある静かになった戦場へ一人の仙女が空中から舞い降りた。

「...ちっ、やはりあの気配は只者ではなかったか。まさか天仙竺十権(てんせんじくじゅっけん)の雅綾と府刹那がやられてしまうとは...」

 遠方でただならぬ気配を感じ取り、急ぎ駆けつけるも間に合わず悔しがるは変人にして鬼神にして最強クラスの仙人、即蘭眉雲峡(そくらんびうんきょう)であった。
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