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ノ58 仙桃(せんとう)

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「...一度は死んだ身、仙人に成る試練、是非とも受けさせてください」

 雲峡の仙気溢れる雰囲気に流されたのか、それとも「新たな人生を送れる」という言葉に惹かれたのか、理由はどうあれ、ついさっきまで人生に絶望を感じて生きる気力すら失い、実際に行動を起こして死ぬ直前だった伊乃の口を突いた言葉は、意外なことに将来へ繋がるものとなった。

「うんうん♪気持ちの良い返事だねぇ♪んじゃぁ善は急げということで♪...」

 すっかりご機嫌となった雲峡が唇に指を当てて「ヒュウッ」と口笛を吹き、間も無くすると、人の背丈の二倍はあろうかという大きな葉っぱ、雲峡の愛犬ならぬ愛仙葉(あいせんよう)が、上空から二人の目の前へ空中を滑るように現れ、雲の如く地面スレスレにふわふわ浮いて留まる。

 勝手にと云うかついでに申しますと、仙人界でしか繁殖しないこの仙葉、属性的な意味ではもちろん植物に当てはまるのだけれど、伊乃の口笛に反応して側に寄って来たのは決してまぐれでなどではなく、まるで意思や本能を備えた動物のように音に反応して動いたのである。
 人間界のおいても植物に意思や本能があるか否かは諸説あるけれど、この特別な植物である仙葉に関して云えば、意思や意識レベルに届かずとも、動物の持つ本能的なものは確実に備わっていた。
 
 雲峡に召喚された霊獣の雷鳥羅狗佗共々、仙人界には人間界に存在せぬ多種多様で摩訶不思議な生物が存在するのである。

 などと説明染みた、否、がっつりと説明しているあいだに、雲峡と伊乃の二人は仙葉に乗り込み上空を浮遊していた。

 伊乃は女だてらに度胸があり高所恐怖症とは無縁の者であったが、地上から300mほど浮上するという初体験に若干の恐怖心が芽生えていた。

「あ、あの~、仙女、さま。何処に向かっているのか知らないけれど、も、もう少しだけ低い所を移動してもらえませんか?」

 寒い上に高所の恐怖から伊乃の声が上擦る。

 語り手はギリギリのところで思い出した...彼女が濡れた泥に塗れていたことを忘れてはならない。

 仙葉の進行方向へ顔を向ける雲峡の背に、母の背にがっしりしがみつく赤子のように抱きつく伊乃。
 
 そんな伊乃の様子を知ってか知らずか雲峡が長い黒髪を靡かせ後ろを振り返る。

「向かっているのは出雲国にある『迷いの森』~♪高いのは我慢してればそのうち慣れるというものさ♪それよりこれを食べて腹ごしらえしといた方が良いぞ~♪」

 雲峡がそう言って伊乃に手渡したモノとは、通常の桃の五倍はあろうかという大きさの『仙桃(せんとう)』と呼ばれる物であった。
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