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ノ46 別離

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 柱が腐り、いつ何時天井が落ちてきてもおかしくなかった里村家の住まいは、今や何処ぞの守護大名が持つような豪奢な屋敷へと変貌を遂げていた。

 又吉とトヨの二人の生活もすっかり様変わりし、自分らで農業の仕事に精を出すということも無くなり、人を雇って田畑を維持しながらの贅沢な生活を送っていた。

 二人がこんなにも優雅な生活を送れていられるのは紛れもなく全て、異様なほど働き者であった伊乃のお陰である。

 だが今の又吉とトヨには、至極真面目に働き娘想いだった面影は微塵も感じられず、伊乃への感謝の念などは何処へやら、「やれ働け、それ働け」と毎日捲し立てる始末であった。
 
 人間とは不思議なもので、自己を取り巻く環境がガラリと変わってしまうと人格まで変わってしまうことが多いらしい。単に元々あった本性を曝け出せる状況になり、潜んでいた本性が顕在化されただけとも考えられなくはないが...

 兎にも角にも変わってしまった二人と、立派な大人に成る手前まで育った伊乃の関係には大きな亀裂が入りつつあった。

 そんなギクシャクした親子の生活が繰り返されていた折、歩けば人の心を惹く美しき乙女となった伊乃を嫁にせんと、彼女の噂を聞きつけた男どもが毎日取っ替え引っ替え訪れては伊乃を「嫁に欲しい」と申し出たものである。

 武士の家柄や、大金持ちの名家、果てはこの時代に大きな力を持っていた守護大名などなど、伊乃と両親の三人は多くの者と面談したのだけれど、彼女の心を射止めるような者は一人も現れなかった。

 又吉とトヨからしてみれば、伊乃には名だたる金持ちの男と夫婦になって貰い、一生安泰な生活を望んでいたのが、彼女がそういった類の男には全く興味を示さないものだから、彼女にブツブツと文句を垂れる度に親子関係はますます悪くなっていった。

 伊乃はそんな両親への嫌悪感が酷くなり、本当は不本意だったかも知れないけれど、彼女はとうとう親を捨てて家を出て行くことを決意し、ある日の真夜中、両親には何も言わず置き手紙を一つだけ残して屋敷を出て行ったものである。

 翌朝、伊乃の置き手紙に気付いたトヨが開いた手紙にはこう記してあった。「昔のおっとうとおっかぁは大好きでした。でも今のおっとうとおっかぁは大嫌い。屋敷を出て新たな人生を歩みたく存じます。どうか探さないでくださいましね。いつまでもお元気で」

 読んだトヨが眉間に皺を寄せて呟く。

「親不孝者め...」

 どっちがだ!と云いたいところではあるけれど、決意を固めて屋敷を飛び出した伊乃はというと、吹っ切れた顔で嬉しそうに遠くの山道を歩いていた。
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