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ノ44 備中鍬(びっちゅうぐわ)

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 畑仕事で大いに役立ち使用する鍬とて、木製の棒の先に付く鉄製の歯は、人の使いようによっては立派な凶器となり得る。
 トヨと父親の又吉(またきち)が日頃から仕事で愛用する鍬は、鉄の歯が四本に分かれており、歯の先端はなかなかに鋭利なものとなっていた。
 この型の鍬は、何百年ものあいだほとんど形を変えず人々に使用され、江戸時代には「備中鍬(びっちゅうぐわ)」などと名が付けられたらしい。

 そんな危険で重い鍬を五歳の娘に持たせ、万が一にでも怪我をしたなら後悔しても仕切れない、という想いでトヨは言ったのだが伊乃は食い下がって来る。

「オラはおとうとおっかぁを手伝いたいだけなんじゃぁ!なぁなぁおっかぁ鍬を貸してくんろ~!」

「全く今日はどうしたっていうんだい。困ったもんだねぇ」

 滅多に我儘を言ったことのない伊乃に困り果て、さらには鍬を奪おうとする娘から離れようと一苦労していた。

 その様子を横目で見ていた父親の又吉が畑を耕す手を止め、鍬を持ったまま二人の元へと歩いて近づく。

「ハハハ、珍しく二人で騒いでどうした?」

「ごめんなさいねぇ、あんた。この子が鍬を持って畑仕事を手伝いたいって言うもんだから、未だ早いって言い聞かせてたところなのよぉ」

 トヨは幼い伊乃が、自分達に優しい気持ちで手伝いを申し出たことはしっかりと理解していた。けれども伊乃を大事に想う母親としては、少しでも危険性のあることは避けたかったのである。

 親の心子知らずとでも云うべきだろうか、伊乃にはそんな母親の気持ちが通じず、むすっとしてそっぽを向いてしまい、今にも溢れそうな涙目になっていた。

 又吉が伊乃の頭に腕を伸ばしそっと撫でる。

「ハハハ、泣くことはあんめぇよ伊乃~。ほれ、おっとうの鍬をやるで、ちょっとばかり土を掘ってみろぉ」

 聞いたトヨが又吉に何か言おうとしたが、二人で様子を見ていれば万が一もあるまいと諦めた。

 雨模様だった伊乃の顔が太陽のように輝き、又吉が片手で差し出した鍬を両手で受け取った。

「ありがとな~♪おっと~♪」

 伊乃は受け取った鍬をさも嬉しそうに両手で軽々と頭の上に掲げた。

 娘の小さい身体では受け取った瞬間にふらふらしてしまうだろうと、両手を広げて支える準備をしていた夫婦が驚く。

「なぁなぁおっとう、おっかぁ。オラは力もちじゃろ~♪」

 自慢げに言う五歳の娘に対して、驚きを隠せないトヨが言う。

「す、凄いねぇ伊乃~。でももう危ないからおっとうに鍬は返しんさい」

 もちろん、やっと手にした鍬を易々と返すような伊乃ではなかった...
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