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第29話 リアクション

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 男の視線が僕と未桜の顔を瞬時に流れる。

「ああ...そうだ。さっき村のラーメン屋に入って来た人達だね?」

「えっ!?」

 僕は男の言葉に合点がいかなかったので思わず声に出してしまった。

 昼食を摂ろうとラーメン屋の戸を僕が開け、ガラガラと大きな音が鳴ったことで男性が新たな来客に気付いたのは理解できる。
 だがこの男が僕達と同じ空間に居たのはほんの僅かな時間であり、その僅かなあいだ、入店した直後から彼のことが何故か気になっていた僕は注視こそしなかったものの、視界から外れぬようそれとなく拝観していたのだけれど、店内で彼の視線は一度もこちらには向かなかったのだ。

 だから彼が僕達の顔を見て思い出すようなことは無い筈なのだが......あっ!?

「そう、声だ」

 僕が答えに辿り着いた直後に男が自ら答えを口にした。
 確かに声で人を識別することは可能だが...
 男が僕の思考を妨げるように続ける。

「申し訳ない、いや、勝手に君達の会話が聴こえて来たのだから申し訳なくもないか。飲食店での他人の会話はラジオのようなものだからなぁ。そんなことはさて置き、俺はこういう者なんだが君達は何者なんだい?」

 渋めの顔の割によく喋るやつだ。

 初めに受けた彼のイメージが否応無くボロボロと音を立てて崩れ出す...

 彼が僕達に突きつけたのはスマホに映し出された画像であったけれど、僕の予想を超えて来なかったのでノーリアクションで対応させてもらった。

「......あの、スマホに映った警察手帳の画像を急に見せられた僕はどうリアクションするのが正解でしょうか?」

 ドラマや映画などではよく目にする警察手帳ではあるけれど、現実では平穏に暮らす一般人が警察手帳を目にすることなど極々稀なことであろう。
 実際のところ、僕も特殊職である探偵稼業でもやっていなければ、この歳で警察手帳を目にする経験などしていたかどうか...
 この人には申し訳ないが、否、この人に申し訳なくも無いが、僕は幸というか不幸というか仕事上で警察の方と接することも多く、警察手帳はなかなかの頻度で見せられていたのですっかり慣れっこなのである。

 ゆえに本物の警察手帳だったならまだしも、いくらでも加工が可能な画像を突きつけられも本当にリアクションに困るのだ...
 
「なるほど、やはり俺の見立て通りだったったようだな」

 あんたは僕の見立てと違ったけどな。

 それにこれだけのやり取りで僕の人間性を悟ったような口振りはやめてくれ。

 僕はこの人物の一方的な喋り方に少なからず苛立ちを覚えた...

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